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⛄冬
十九歩目 子猫と決断の時
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たしかなぬくもりにつつまれて目覚める朝は、やっぱり幸せでした。
マノルの小さな頭は、灰色の背中をまくら代わりにしたままです。ドライトが戦いに出た日のように、チクチクした草の上にねころんでいることはありませんでした。
大好きな背中にもふっと顔をうずめれば、トクン、トクンとかすかな命の音がします。
うれしくなって、くすっと笑ったとき、耳元で大きなあくびが聞こえました。
「なんだよ、うれしそうな顔して」
まだねむそうにつぶやいたドライトと、目が合います。
「ううん、なんでもないよ。おはよう、ドライト」
マノルはいたずらっぽく笑ってみせました。
「おう、おはよ」
彼も笑ってあいさつを返してくれましたが、その顔色はすぐれません。がんばって作った笑顔の裏に、つかれや苦しさがかくれている気がしました。
「おっ、晴れてる晴れてる」
ドライトの何気ない一言にはっとして、マノルは空を見上げます。彼の言うとおり、頭の上にはさわやかな青が果てなく続いていて、みけんにしわを寄せました。毛並みを乱す風は冷たいけれど、晴れています。どうやら、天は味方してくれなかったようです。
「絶好の引っこし日和じゃないか」
ことさらに明るくしたような、ドライトの声。言葉にできないむなしさが、マノルの胸のおくでふくらみます。
「さて、朝ごはんにしよ」
そんな気持ちをふりきるため、マノルは狩りを始めました。昨日一日何も食べていないので、お腹がぺこぺこです。
目の前にエモノになりそうなものは見当たりませんでしたが、しばらく地面をほっているとミミズが姿を現しました。小さめではあるけれど、死をかくごしたふぶきを乗りこえてから初めての食事です。なんだか心がおどります。
ミミズをくわえてドライトのとなりに戻り、ひとくちかじりました。彼はぼんやりと青空を見つめたまま、動こうとしません。
「ねえ――」
「ちょっと長旅になるからな。しっかり食っとけよ」
見事にさえぎられてしまいました。彼も本当は分かっているのでしょう。体は正直です。
しかたありません。神様もだれも助けてくれないのなら、自分でなんとかするしかなさそうです。マノルは決意を新たにすると、ミミズを平らげて、すくっと立ち上がります。
「で、引っこすって、どこに?」
ふいにたずねられ、ドライトは少しおどろいたような顔つきになりましたが、すぐに「あぁ、」と言って、同じように立ち上がりました。一瞬、足もとがふらついて見えたのは、気のせいではないはずです。
「街まではいつもの道のりだ。オレが案内するから安心しろ」
じゃあ行くか、とうながされて、マノルはドライトの後ろについて歩き出します。
彼の足取りは、一歩一歩確かめるように、ひどくゆっくりでした。ふたりで何度も通ったルートです。こんなに通い慣れた道、ふだんのドライトなら、小走りでかけ抜けたっておかしくないのに。
彼と出会った場所を通り過ぎます。いつも見送ってくれる動物たちは、冬眠してしまったのか、姿がありませんでした。不気味なくらい静まりかえった道を進み、うす暗い森の中へと入っていきます。ふぶきの後の森はしんと冷たく、ところどころ綿をつけたように白く染まっていました。
メルヘンでステキなその光景を眺めながら歩を進めていると、前から苦しそうな息づかいが聞こえてきます。寒さのためか、彼の息も湯気のように白くうかびあがっていました。
――限界かもしれないな。
そう思ったとき、ドライトの体がふらりと右側にかたむきました。すかさずとなりに入りこみ、おさえるようにして支えます。考えるより先に、足が動いていました。
「マノル……お前――」
何か言おうとするドライトに、マノルはだまってうなずきます。
「分かってる。分かってるけど、街の噴水までがんばって。ボクじゃくわえて運んであげられないから」
歩幅を合わせてゆっくり進みながら、はげますように言うと、ドライトは「参ったな……」と力なく笑いました。ふれ合う体は、少し熱い気がします。
「大丈夫だよ。ボクが助けるから」
二匹は寒空の下、白い息をはきながら、街へと急ぎました。
噴水にたどり着くと、ドライトは深く息をはいて、コンクリートの上にへなへなとたおれこみました。座っているのもつらいようで、まるで人間みたいに横になってねころび、ハアハアとあえいでいます。
「無茶するからだよ、もう」
困り顔で言いながら、マノルはドライトのそばに腰を下ろすと、彼の背中をさするようにして上から下へなめてあげます。前に風邪を引いたとき、母さんがこうしてくれたことを思い出したのです。
灰色の背中で、一か所だけ生々しいピンクが存在を主張しています。やっぱり痛々しいそれは、昨日よりも少しはれているように見えました。
マノルは傷にふれないよう気をつけながら背中をなめつつ、街の様子を観察します。人間たちは皆ふかふかの服を着て、帽子やマフラーで寒さをしのいでいました。
そして西の空は、はちみつをとかしたような黄金色です。歩くスピードがかなりゆっくりだったおかげで、すでに日が暮れ始めていました。
マノルは立ち上がると、苦しそうな呼吸をくり返すドライトと、遠くの山にかがやく夕日を順に見比べます。
大丈夫です。ドライトはきっと――いいえ、絶対に、こんなことで死んだりしません。彼の強さを、マノルはだれよりも知っています。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
そう言ったとたん、ドライトのひとみが不安げにゆれました。
「い、行くって……どこに……」
必死にうったえかけるそのまなざしは、まるで幼い子供のようで、胸がきゅっとしめつけられます。
「心配ないよ。当てがあるんだ」
彼女なら、問うまでもなくドライトを助けてくれるでしょう。
「すぐ戻るから、そこで休んでて」
そう言って、ドライトにほほ笑みを向けると、はやてのごとく街の中をかけ抜けていきます。
早く、一秒でも早く行かなくてはなりません。
大切なものを守るために。
ナツキのところへ。
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