フツーさがしの旅

雨ノ川からもも

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⛄冬

十七歩目 子猫と本当のひとりぼっち

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 寒い。
 マノルは体をぶるっとふるわせて、うっすら目を開けました。目の前はけむりが立ちこめたように真っ白で、風がごうごう鳴いています。ぼんやりしながらも、なんとか目を開けてみると、けむりの正体は雪のつぶであることが分かりました。
 台風のごとくふきあれ、辺りをまたたく間に白く染め上げていく粉雪は、昨日と同じものだなんてまるで思えません。ほおに当たるつぶは痛いくらいに冷たく、そして乱暴です。桜の花のようなしとやかさは、魔法のような楽しさは、一体どこにいったのでしょう。
 そういえば、昨日はどんなふうにしてここに帰ってきたのでしょうか。よく覚えていません。もちろん、いつもの道をたどってきたのだと思いますが、記憶がすっぽり抜け落ちているのです。
 ナツキからあたたかいパンをもらい「お店には来ないんだ」というセリフを聞いた、そのあと。いつパンを食べ終わって、別れ際にナツキがどんな表情をしていたのか、まったく思い出せないのです。
 マノルはよろよろと立ち上がり、何かにあやつられるようにして地面をほり始めました。お腹はすいていないけれど、食べなくてはいけない気がしたのです。このふぶきを乗りこえるためには、そうしなければいけないと、体が教えてくれています。
 でも、ほっても、ほっても、雪が足先を冷やしていく一方で。アリ一匹どころか、茶色い土さえも顔を見せてくれません。
 つかれきったマノルは、あらく息をはきながら、どこまでも広がる雪の上にたおれこんでしまいます。きっとこのまま続けても、体力をうばわれるだけで何も狩ることはできないでしょう。でもだからといって、今日ばかりはナツキをたよることもできません。悪いことって、どうしてこんなふうに重なるのでしょうか。
 もういっそのこと、このままじっとしていたほうが――
「あなたの毛色、雪にそっくりだね」
 遠ざかっていく意識の中で、耳のかたすみに残ったナツキの声がこだまします。
 ほめ言葉であるはずの彼女の一言も、全然うれしくなんかありません。むしろ、にくらしいくらいです。昨日、この言葉をきちんと受け止めることができていれば、もっとステキにひびいたはずなのに。
「ボク、このまま死んじゃうのかな……」
 かすれた声でにび色の空に問いかけてみても、答えは返ってきません。
 もしも、ドライトのとなりに寄りそって体をあたため合えたなら、ドライトが「バカなこと言うなよ」なんて笑い飛ばしてくれたなら、きっとこの寒さにもたえられたでしょう。
 でも、彼は今、ここにいないのです。どうしたって、いないのです。今日までがんばって平気なフリをしてきたけれど、そろそろ限界でした。
 寒さと、悲しさと、さびしさがごちゃ混ぜになって押し寄せてきて、一度目を閉じてしまったら、もう永遠に起きられないような気さえするのです。
 ドライトと出会った反対の季節がめぐってきて、ようやくマノルは知りました。これが本当のひとりぼっちなのだと。
 会いたい。
「会いたいよ……ドライト」
 今の願いはただひとつ、それだけです。

「――ル」
 だれかが呼んでいます。でも、目にも、耳にも、うすくまくが張ったような感じで、その呼びかけに応えることができません。
「――ノル」
 なぜでしょう。ずっと聞きたかった声のような気がします。夢でも見ているのでしょうか。
「マノル!」
 しかりつけるような大声で呼ばれ、マノルはやっとの思いで目を開けました。いつの間にか訪れたらしい夜の暗やみの中で、だれかの緑色のひとみだけが光っています。
 ……だれ、だっけ?
 たしかに彼のことを知っているはずなのに、なんだかぼーっとしてしまって、頭がうまく働かないのです。体全体が冷えきって感覚がにぶっているようで、ふわりふわりと宙にういている気分でした。
 好きなだけ暴れ回って去っていったふぶきは、マノルの体温と思考力までうばってしまったのでしょう。
 彼は、マノルの意識が戻ったと分かると、
「よかった……」
 と、心の底から安心したような、優しさに満ちた声でつぶやき、マノルの冷たい体をくるむようにしてそばに寄りそいます。
 彼のぬくもりにつつまれたら、こおっていた心が少しずつ動き出しました。
「……ドライト?」
 ささやくようにたずねると、彼は切なげなほほ笑みをうかべます。
「ただいま。悪かったな、ひとりにして」
 ただいま。
 その一言で、はっとしました。――そうです。帰ってきたのです、ドライトが。
 あんなに会いたいと願っていたのに、どうして忘れていたのでしょう。
 そうと分かったらもう、笑顔を作る余裕なんてありませんでした。目じりがカーッと熱くなって視界がぼやけ、丸いつぶがポロポロこぼれます。「おかえり」と言おうとしても、情けないおえつに変わるばかりで、ちっとも声になりません。
 彼が名前をくれた夜と同じです。子猫は今もまだ、あふれ出してしまったなみだの止め方を知りませんでした。おえつはどんどん大きくなっていき――
 やがてマノルは、今までこらえていたものを全部はき出すように、声を張り上げて泣き始めます。ほおをつたう安心と喜びのしずくを、ドライトは何も言わず優しく、優しくなめ続けてくれました。
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