18 / 22
⛄冬
十七歩目 子猫と本当のひとりぼっち
しおりを挟む*
寒い。
マノルは体をぶるっとふるわせて、うっすら目を開けました。目の前はけむりが立ちこめたように真っ白で、風がごうごう鳴いています。ぼんやりしながらも、なんとか目を開けてみると、けむりの正体は雪のつぶであることが分かりました。
台風のごとくふきあれ、辺りをまたたく間に白く染め上げていく粉雪は、昨日と同じものだなんてまるで思えません。ほおに当たるつぶは痛いくらいに冷たく、そして乱暴です。桜の花のようなしとやかさは、魔法のような楽しさは、一体どこにいったのでしょう。
そういえば、昨日はどんなふうにしてここに帰ってきたのでしょうか。よく覚えていません。もちろん、いつもの道をたどってきたのだと思いますが、記憶がすっぽり抜け落ちているのです。
ナツキからあたたかいパンをもらい「お店には来ないんだ」というセリフを聞いた、そのあと。いつパンを食べ終わって、別れ際にナツキがどんな表情をしていたのか、まったく思い出せないのです。
マノルはよろよろと立ち上がり、何かにあやつられるようにして地面をほり始めました。お腹はすいていないけれど、食べなくてはいけない気がしたのです。このふぶきを乗りこえるためには、そうしなければいけないと、体が教えてくれています。
でも、ほっても、ほっても、雪が足先を冷やしていく一方で。アリ一匹どころか、茶色い土さえも顔を見せてくれません。
つかれきったマノルは、あらく息をはきながら、どこまでも広がる雪の上にたおれこんでしまいます。きっとこのまま続けても、体力をうばわれるだけで何も狩ることはできないでしょう。でもだからといって、今日ばかりはナツキをたよることもできません。悪いことって、どうしてこんなふうに重なるのでしょうか。
もういっそのこと、このままじっとしていたほうが――
「あなたの毛色、雪にそっくりだね」
遠ざかっていく意識の中で、耳のかたすみに残ったナツキの声がこだまします。
ほめ言葉であるはずの彼女の一言も、全然うれしくなんかありません。むしろ、にくらしいくらいです。昨日、この言葉をきちんと受け止めることができていれば、もっとステキにひびいたはずなのに。
「ボク、このまま死んじゃうのかな……」
かすれた声でにび色の空に問いかけてみても、答えは返ってきません。
もしも、ドライトのとなりに寄りそって体をあたため合えたなら、ドライトが「バカなこと言うなよ」なんて笑い飛ばしてくれたなら、きっとこの寒さにもたえられたでしょう。
でも、彼は今、ここにいないのです。どうしたって、いないのです。今日までがんばって平気なフリをしてきたけれど、そろそろ限界でした。
寒さと、悲しさと、さびしさがごちゃ混ぜになって押し寄せてきて、一度目を閉じてしまったら、もう永遠に起きられないような気さえするのです。
ドライトと出会った反対の季節がめぐってきて、ようやくマノルは知りました。これが本当のひとりぼっちなのだと。
会いたい。
「会いたいよ……ドライト」
今の願いはただひとつ、それだけです。
「――ル」
だれかが呼んでいます。でも、目にも、耳にも、うすくまくが張ったような感じで、その呼びかけに応えることができません。
「――ノル」
なぜでしょう。ずっと聞きたかった声のような気がします。夢でも見ているのでしょうか。
「マノル!」
しかりつけるような大声で呼ばれ、マノルはやっとの思いで目を開けました。いつの間にか訪れたらしい夜の暗やみの中で、だれかの緑色のひとみだけが光っています。
……だれ、だっけ?
たしかに彼のことを知っているはずなのに、なんだかぼーっとしてしまって、頭がうまく働かないのです。体全体が冷えきって感覚がにぶっているようで、ふわりふわりと宙にういている気分でした。
好きなだけ暴れ回って去っていったふぶきは、マノルの体温と思考力までうばってしまったのでしょう。
彼は、マノルの意識が戻ったと分かると、
「よかった……」
と、心の底から安心したような、優しさに満ちた声でつぶやき、マノルの冷たい体をくるむようにしてそばに寄りそいます。
彼のぬくもりにつつまれたら、こおっていた心が少しずつ動き出しました。
「……ドライト?」
ささやくようにたずねると、彼は切なげなほほ笑みをうかべます。
「ただいま。悪かったな、ひとりにして」
ただいま。
その一言で、はっとしました。――そうです。帰ってきたのです、ドライトが。
あんなに会いたいと願っていたのに、どうして忘れていたのでしょう。
そうと分かったらもう、笑顔を作る余裕なんてありませんでした。目じりがカーッと熱くなって視界がぼやけ、丸いつぶがポロポロこぼれます。「おかえり」と言おうとしても、情けないおえつに変わるばかりで、ちっとも声になりません。
彼が名前をくれた夜と同じです。子猫は今もまだ、あふれ出してしまったなみだの止め方を知りませんでした。おえつはどんどん大きくなっていき――
やがてマノルは、今までこらえていたものを全部はき出すように、声を張り上げて泣き始めます。ほおをつたう安心と喜びのしずくを、ドライトは何も言わず優しく、優しくなめ続けてくれました。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
ボクはスライム
バナナ男さん
絵本
こんな感じだったら楽しいなと書いてみたので載せてみましたઽ( ´ω`)ઽ
凄く簡単に読める仕様でサクッと読めますのでよかったら暇つぶしに読んでみて下さいませ〜・:*。・:*三( ⊃'ω')⊃
せかいのこどもたち
hosimure
絵本
さくらはにほんのしょうがっこうにかよっているおんなのこ。
あるひ、【せかいのこどもたち】があつまるパーティのしょうたいじょうがとどきます。
さくらはパーティかいじょうにいくと……。
☆使用しているイラストは「かわいいフリー素材集いらすとや」様のをお借りしています。
無断で転載することはお止めください。
しずかのうみで
村井なお
児童書・童話
小学五年生の双子姉弟がつむぐ神道系ファンタジー。
春休みの始まる前の日、息長しずかは神気を見る力に目覚めた。 しずかは双子の弟・のどかと二人、琵琶湖のほとりに立つ姫神神社へと連れて行かれる。 そして叔母・息長みちるのもと、二人は神仕えとしての修行を始めることになるのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/children_book.png?id=95b13a1c459348cd18a1)
じいじのあかとんぼ
Shigeko T
児童書・童話
「じいじは総理大臣よりすごいんやぞ!」
いつもじいじはこう言っている。
「何言うてんねん、ただの百姓やろ。」
僕がこう言うと、じいじは黒光りした顔でにこっと笑うだけだ。
「お米や野菜では、なーんも儲けにならんのにって、いつもお母さん言うてるよ。」
「ほやのう、米や野菜売るだけでは儲けにはならんのう。けどじいじは、金にならん大事なもんをたーくさん作ってるんや。」
金にならん大事なもんをたーくさん作ってる?僕の頭の中はクエスチョンマークだらけや。
春の田植えが済んだころ、田んぼにはオタマジャクシやゲンゴロウ、メダカもいっぱいあらわれる。最近はドジョウも戻ってきたってじいじが言うとった。どこにおったんやろうこんなにいっぱいと思うくらい。するとじいじは、
「おっ!今年もおるな。」とメダカに話しかける。
「何でメダカに話しかけたん?」と僕が聞くと、
「このメダカは日本にしかおらん、絶滅危惧種って言われてるめだかなんやぞ。」と教えてくれた。
「田んぼの中の生き物がいっぱいになってきたから、コウノトリもいっぱい飛んでくるようになったんやぞ。」
「うん、それは学校で教えてもろた。コウノトリは自然界の頂点にいる生き物で、コウノトリが棲めるってことはすべての生き物が住みやすいんだって。」まだよくわからんけど、とにかくすごいことなんやろうなっていうことは僕にもなんとなく分かった。
じいじにトマトの畑手伝ってくれんかと言われて行ったとき、ハチがいっぱい飛んでいて、「わあー、こわいよー!」って言ったらじいじは、
「そりゃあ、大変じゃ。でもミツバチがおらんようになったら、実が実らん。人類は食べるもんがなくなって、滅びるんやぞ。」
今年の夏祭りの日は、夕方になってもまだ西からお天とうさまの陽がまだ暑い暑い日だった。そこにふいに、すーっと涼しい風が吹いてきたとき、じいじが言った。
「おっ! じいじが作った涼しい風が吹いてきたな。」
「えっ?じいじが作った涼しい風?」
「そうさ、じいじが作っている田んぼの上を吹いてくる風は涼しいんやぞ!」
「へえー。田んぼッてすごいんやな。」
稲刈りの時期が近付くと、あかとんぼがいっぱい飛び始めた。じいじはまた、
「おっ! じいじが育てたあかとんぼが今年もたくさん飛んでるわい。」
「え!?じいじが育てた? うそだーい。」
「あかとんぼの子どもヤゴは、田んぼでしか育たんのやぞ。ほやから田んぼを作ってるじいじが育てたのと一緒や!」
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる