フツーさがしの旅

雨ノ森からもも

文字の大きさ
上 下
17 / 22
⛄冬

十六歩目 子猫と真っ白

しおりを挟む

 ドライトがいなくなって四日目の朝、ふと、冷たいものに鼻の先をつつかれ、マノルは小さなくしゃみをしました。なんだかふわふわしています。雨とは少しちがうようです。
 まだねむけの残る頭でなんだろうと思いながら目を開けると、白い花びらのようなものが、はらはらと辺りを降っていました。
「雪だ……」
 しずかに空からまい落ちてくるそれを、見るともなしに見ていたら、自然と感動の声がもれてしまいました。
 その小さな、小さなかけらは、まるで冬の桜です。でも、本物の花のように地面に落ちて残ることはなく、何かにふれた瞬間、とけて魔法のように消えていきます。
「わぁ……!」
 不思議な光景に楽しくなったマノルは、雪の中をかけ回り始めました。冬になると雪が降ることは知っていましたが、自分の目で見たのは今日が初めてです。こんなにきれいだなんて思ってもみませんでした。
「ねえ、見て! ドラ――」
 言いかけて、はっと気づきます。そうでした。彼は今、いないのです。そう思ったとたん、はしゃいでいた気持ちが空気の抜けた風船みたいにしぼんでいって、その場に立ちつくしてしまいました。
 そういえば、彼は出かける前「雪が降る前に引っこしたい」というようなことを言っていた気がしますが……
「……ちょっと、遅かったね」
 つぶやいてみても、答えが返ってくることはありません。分かっているはずなのに、切なくて、胸のおくがぎゅっと苦しくなって、うまく息ができなくなります。
 言葉にならないさびしさがなみだへと変わる前に、がむしゃらに首をふっておいはらいます。
 ダメです。
 ドライトはきっと命がけで戦っているのです。だからマノルも、弱い自分と戦わなければいけないのです。彼にとびきりの笑顔で「おかえり」と言うために。


 雪の中、マノルは今日も街のパン屋に向かいました。雪が降っているからでしょう。ドアが閉められていたので、軽くひっかいてみます。
「あっ、猫ちゃん。ちょっと待ってね」
 中からナツキの声がします。
 以前は鳴かないと気づいてくれなかったのに、最近はマノルがお店のドアをこうしてひっかくだけで来てくれるようになりました。もうすっかり常連さんです。
 しばらくすると、にぶい音を立てながらドアが開き、ナツキが姿を現しました。
「いらっしゃい。いよいよ降ってきちゃったね~」
 ニコニコ話しかけながら、マノルの向かい側にしゃがみこみます。
「はい」
 彼女がどこかほこらしげに差し出してきたパンのかけらは、いつもと正反対のものでした。なんだか、とってもやわらかそうなのです。
 これって――
 問うように上目づかいで見つめると、彼女はいたずらっぽい笑みをうかべ「シーッ」と桜色のくちびるの前に人差し指を立てます。
「今日、雪降ってて寒いから、あったかいほうがうれしいかなぁと思って」
 そう言って、
「ナイショよ? こっそり温め直すの大変だったんだから」 
 とウインクしました。
 どうやら、焼きたてというわけではないようです。売れ残りなのだから当たり前でしょう。
 それでも、ナツキの手のひらにのせられたパンに口を近づけると、初めてパンを食べたときのことを思い出しました。
 また、確認するように彼女を見つめます。すると、おかしそうにクスッと笑って答えてくれました。
「大丈夫。ちゃんと冷ましてあるから。ほどよく、ね」
 そうです。初めてパンを食べたとき、熱いと知らずに舌をやけどしそうになったのです。
 ナツキの言葉を信じて、ひとかけ食べてみます。
 ――おいしい。
 ほどよいあたたかさを残して口の中に広がるパンの味。ほかにはないふわふわとした優しい食感。味わいながら、なつかしい気持ちがこみあげてきます。
「このところ、毎日来てくれるね」
 パンをひとつひとつ、じっくりかみしめるマノルを見つめながら、ナツキが言います。そうなのです。マノルはこの四日間、毎日街に来ていました。
「ところで猫ちゃん、ちょっとやせたんじゃない? ちゃんと食べてる?」
 落ちてくる雪をはらうようにしてマノルの背中をなでながら、ナツキは心配そうにたずねました。
 その質問に対する答えは、いつだってノーです。いくら狩りをしてエモノをつかまえたって、ツメの先でしとめてしまえるようなアリやダンゴムシだけで、お腹が満たされるはずもありません。
 だから、ときどき人間をたよるのです。ノラ猫たちはみんなそうやって、なんとか命をつないでいます。
 事実、マノルが最近毎日ナツキのもとを訪れるのは、ドライトに会えないさびしさを埋めるためだけではありません。寒くなってから虫や鳥があまり姿を見せなくなり、狩りがうまくいかないからなのです。
 いくらドライトから許可をもらっているからといって、こんなふうに最終手段にたよりきるつもりはありませんでした。今は、ナツキがわけてくれるパンだけが、ゆいいつの食事なのです。
「あっ、そうそう」
 ナツキが突然、何かを思い出したように両手をたたきます。
「ごめんね。私、明日はバイトお休みなの」
 ……え?
 はかったようにそんなことを言い出すものだから、マノルはおどろきのあまりかたまってしまいました。
「家族で出かける用事があって。だからお店には来ないんだ」
 頭の中が真っ白になります。あんなにおいしかったはずのパンの味は、急に何がなんだか分からなくなってしまいました。ただパサパサしたものが、体中の水分をうばっていくばかりです。
「あなたの毛色、雪にそっくりだね」
 ほほ笑み交じりで語りかけてくれるナツキの声も、マノルの耳にはもうほとんど届いていませんでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

大好きだ!イケメンなのに彼女がいない弟が母親を抱く姿を目撃する私に起こる身の危険

白崎アイド
大衆娯楽
1差年下の弟はイケメンなのに、彼女ができたためしがない。 まさか、男にしか興味がないのかと思ったら、実の母親を抱く姿を見てしまった。 ショックと恐ろしさで私は逃げるようにして部屋に駆け込む。 すると、部屋に弟が入ってきて・・・

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

知ったかぶりのヤマネコと森の落としもの

あしたてレナ
児童書・童話
ある日、森で見つけた落としもの。 動物たちはそれがだれの落としものなのか話し合います。 さまざまな意見が出ましたが、きっとそれはお星さまの落としもの。 知ったかぶりのヤマネコとこわがりのネズミ、食いしんぼうのイノシシが、困難に立ち向かいながら星の元へと落としものをとどける旅に出ます。 全9話。 ※初めての児童文学となりますゆえ、温かく見守っていただけましたら幸いです。

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

処理中です...