フツーさがしの旅

雨ノ川からもも

文字の大きさ
上 下
13 / 22
🍁秋

十二歩目 子猫と街で

しおりを挟む

 *

 何をやっているのでしょう。
 ようやく雲のすき間からもれ始めたまぶしい光を見て、マノルは思いました。空から細く伸びた朝日は、まるで銀の糸のようです。
 こんな時間に街に来たところで、ナツキはいないと分かっているのに。
 昨日は彼女のことを気にかけながらねむったせいか、夢にまで出てきて、早くに目が覚めてしまったのです。辺りはまだもやにつつまれ、ドライトもまだとなりでねいきを立てていました。
 もう一度ねようにも、妙に頭がさえていて無理でした。このままぼーっとしていてもしかたないと思い、狩りをして朝食を済ませた後、さっそく街に出てきたのです。
 ドライトにきちんと声をかけてきませんでしたが、街へ行くということは昨日の夜に伝えておいたし、マノルの行動範囲はテリトリーから街の中までに限られています。きっと大丈夫でしょう。
 それにしても、早く来すぎてしまったでしょうか。そう思いながらもマノルは歩を進め、いつものパン屋の前に座りこみました。
 これから陽がかたむくまで、ずっとナツキを待っていなければなりません。こぼれそうになったため息をこらえるため、マノルはあわてて首を横にふりました。初めてひとりで街に来た日のことを考えればいいのです。あのときも、こうして彼女を待ち続けたではありませんか。
 体がとけてしまいそうなほど暑かった夏に比べれば、今はずいぶん過ごしやすくなっているはずです。だからこんなのへっちゃらです。
 自分にそう言い聞かせてしばらく胸を張っていたマノルでしたが、そのうち、まぶたが重くなってきました。さすがに早く起きすぎたようです。どうせナツキは夕方にならないと来ないのだし、ちょっとおひるねでもしましょう。
 マノルは、ひんやりとかたいコンクリートの上にうつぶせでねそべると、ゆっくりと目を閉じました。

 かん高くかわいらしい音が背後でひびきます。
 ――あれ? ボク、ねてたんだっけ?
 ねぼけ半分で音のしたほうをふり返ると、いつも見るくり毛のお兄さんが、お店の入り口に立ってマノルを不思議そうに見つめていました。ナツキが「テンチョウ」と呼んでいる人です。
「キミ、今までずっとここでねてたみたいだけど、またナツキちゃんにパンをもらいにきたのかい?」
 お兄さんの言葉に、またねすごしてしまったのかと空を見上げましたが、青をかくすようにひつじ雲がずらりと並んでいるだけでした。
「残念だけど、今日は来ないよ。ナツキちゃんだけじゃなくて、だれもね」
 お兄さんはお店の外に出てくると、かるく腰をかがめてマノルに言いました。両手に茶色のほうきとちりとりを持っています。
 だれも、来ない?
 マノルが首をかしげると、
「定休日だからね」
 ほうきで地面をはきながら、マノルの疑問に答えるようにお兄さんがつぶやきました。
「まあ、ボクは動いてないと何かとなまけちゃう性格だから、休みの日もこうやって出てきて色々やってるんだけどさ。一応店長だし」
 そういえば、今日のお兄さんはいつもの白い服を着ていません。白地に黒いよこしま模様が入った服に、ゴムのゆるそうなズボンをはいています。きっとお店がお休みだからでしょう。
「ナツキちゃん、今ごろカレシと手でもつなぎながら歩いてるんじゃないかな」
 お兄さんの重々しいため息と、ほうきをはく音が重なりました。小刻みな音とともに、風にふかれてダンスでもしているかのように地面をまっていたかれ葉たちが、ひとつの場所に集められていきます。
「……いいよね、かわいい女の子は。ボク、デートなんてもう何年してないだろう……」
 お兄さんの言っていることはよく分かりませんでしたが、ナツキが来ないのならここにいたってしかたありません。
「そういうことだからさ、エサがほしいなら他を当たってくれないかなぁ……」
 お兄さんはそう言って、集めたかれ葉をちりとりの中に収めると、また大きなため息をつきました。
 ええ、そうしますとも。そもそも今日は、パンをもらいにきたのではなく、ナツキに会いに来たのですから。
 マノルはお礼のつもりで、お兄さんを見つめながらひと鳴きしてみましたが、本人はまったく気づいていないようです。何をそんなに落ちこんでいるのでしょう。
 ヘンな人だなと思いながら、しょんぼりとうなだれる後ろ姿に背を向けて、マノルは再び秋の街を歩き出します。
 結局、時間のムダ使いになってしまいました。とりあえず今日は帰ろうと思います。意味もなく街に居続ける必要もないですし、お兄さんに起こされたせいで、まだねむけが残っていました。早く帰ってぐっすりねむりたい気分です。
 初めての再会のときみたいに、あきらめかけたころにひょっこりナツキが現れたりして。
 そんな小さな期待を心のすみでいだきながら歩くマノルの横を、一匹の黒猫が反対方向に通り過ぎていきました。
 ――――ハッとします。
「……ねえ!」
 気づいたら、後ろをふり返ってさけんでいました。
 大声で呼ばれ、足を止めて同じように後ろをふり返った黒猫は、マノルと目が合った瞬間、怖いものでも見たように全身を強ばらせます。
 やっぱりそうです。目の前にいる黒猫は――マノルの兄弟のひとりでした。目つきがあまりするどくないので、おそらく二番目の弟猫でしょう。
「もしかしてキミ――」
 話しかけようとしたそのとき、弟猫は一目散にかけ出しました。
「あっ、待って!」
 ここでくじけてはいけません。マノルも足に精いっぱいの力をこめ、アスファルトの上をすべるように走り出しました。
 ごめんね、と伝えるために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はるたんぽ

こぐまじゅんこ
児童書・童話
はるたんぽ ってなんだと思う? はるたんぽ は湯たんぽみたいなんですが、お湯を入れなくてもいいんです。 はるたんぽは……。

【完結】小さな大冒険

衿乃 光希(恋愛小説大賞参加しています)
絵本
動物の子供たちが、勇気を出して一歩を踏み出す、小さくても大きな冒険物語。主人公は毎回変わります。作者は絵を描けないので、あなたの中でお好きな絵を想像して読んでくださいね。漢字にルビは振っていません。絵本大賞にエントリーしています。

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

灰色のねこっち

ひさよし はじめ
児童書・童話
痩せっぽちでボロボロで使い古された雑巾のような毛色の猫の名前は「ねこっち」 気が弱くて弱虫で、いつも餌に困っていたねこっちはある人と出会う。 そして一匹と一人の共同生活が始まった。 そんなねこっちのノラ時代から飼い猫時代、そして天に召されるまでの驚きとハラハラと涙のお話。 最後まで懸命に生きた、一匹の猫の命の軌跡。 ※実話を猫視点から書いた童話風なお話です。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

月にんじん

笹 慎
絵本
サキチ少年とウサギのツネヨシは「月にんじん」を探しに宇宙船を作って月面旅行へ向かう!

虹の橋を渡った猫が教えてくれたこと

菊池まりな
児童書・童話
あけみが生まれた頃には愛猫のちゃおがいた。遊ぶ時も寝るときもずっと一緒。そんなある日、ちゃおが虹の橋を渡ってしまう。家族は悲しむが、あけみは不思議な夢を見るようになり…。

処理中です...