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🌞夏
十歩目 猫と選んだ道
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ねむる前、二匹はいつものように体を丸めて寄りそい合います。
雨はだいぶ小降りになってきましたが、空にはまだ雲がかかり、月を半分ほどかくしてしまっていました。ときどき、遠くでかみなりも鳴っています。
「傷、痛くない?」
マノルが心配そうにつぶやくと、ドライトはだまってうなずきました。
キジ猫のように大きなものではありませんが、彼も体のあちこちにすり傷や切り傷を作っていました。
「こんなの、二,三日すれば治るさ。あいつに負わせた傷に比べりゃ、へでもねぇよ」
彼は、キジ猫が残していった赤いあとを見て、かわいた笑いをもらします。痛ましいそれも、雨がずいぶん洗い流してくれました。明日にはきれいさっぱり消えていることを願うばかりです。
「その、なんだ……悪かったな、血なまぐさいもの見せて」
歯切れ悪く謝ってきたドライトに、マノルは弱々しくほほ笑みました。
「ううん、ドライトのせいじゃないよ」
彼が体を張って守ってくれなければ、マノルはどうなっていたか分かりません。
「それまで仲良くしてたヤツらが急に冷たくなるなんて、よく考えてみればおかしな話だよな」
ドライトはくやしそうにつぶやきました。きっと、マノルと兄弟たちのことでしょう。すべてはキジ猫のたくらみだと気づけなかった自分を恥じているのです。
「もういいんだ」
なみだを流した夜に彼がくれた言葉が、うそだとは思いません。兄弟たちの心には、マノルに対する不満やうらやましさがたまっていたのです。もしも、さっきの話が本当だったとしても、キジ猫が引き金を引いてしまった。ただそれだけのことです。
それに、あの日の出来事がなければ、きっとドライトにも会えないままでした。
「……聞いてもいい?」
そう言って、マノルは緑色のひとみを見つめます。そこには、いつもの優しさがかえってきていました。
「『戻ってくる』って、どういうこと?」
ケンカになる前、キジ猫は彼にたずねました。戻ってくる気はないか、と。
「あぁ」
マノルの問いかけの意味を、彼はすぐに分かってくれたようです。雲にかくれた月に目をやって、話し始めます。
「……お前と初めて会った日、オレ、逃げようとするお前を止めただろ? 『そっちに行くのはオススメしない』って」
マノルは思わずクスッと笑ってしまいました。よく覚えています。
「あいつはさ、そっから来たヤツなんだよ。あの道の先に、ノラのたまり場があって、みんなで一緒に狩りをしたり、集会をしたりしてる。オレも昔、そこにいたんだ」
マノルはちょっとおどろきました。気が強いドライトのことだから、人間に飼われたとき以外、マノルと出会うまではずっとひとりで暮らしてきたと思っていたのです。
「でも、なんだろうな。自分たちさえ幸せならそれでいい、みたいな、なりふり構わないやりかたが気にくわなくて。ボスだったあいつを見捨てて、オレはひとりでここに出てきたってわけだ」
つまり彼は、自分で生きる道を選んだのです。その覚悟と意志の強さを育てるまでに、いったいどれほどの時間がかかったのでしょう。マノルにもいつか、分かる日が来るのでしょうか。
「あいつ、下っぱをいいように使って、自分じゃろくに狩りもしてないんだろうな。体が相当にぶってやがった」
マノルは、キジ猫の体つきを思い出します。太くて大きいかたまりは、マノルなんていとも簡単にふみつぶしてしまいそうでした。
「毎日マグロ食べてるのかな」
何気なくつぶやくと、ドライトはハハッと笑います。
「そうかもな」
あのキジ猫を前にして、彼はひるみもせず立ち向かったのです。たがいに傷つけ合いながらも。
「やっぱり、ドライトはすごいや」
マノルがしみじみそう言うと「なんだよ、急に」と彼はまたおかしそうに笑いました。
「そういうお前だって、ひとりで生きるって決めて、ちゃんとここまでやってきたんじゃないか」
彼のほめ言葉が、チクリと胸にささります。
「ボクは、なんていうか……勢いで飛び出してきちゃっただけだし」
ドライトのように、しっかりとした決意があったわけではありません。自分なりに決意したつもりでいたけれど、本当はちがいました。だって、今でも家族のことを考えると、どうしようもないほど切なくなってしまうのですから。
たとえだれかを守るためであろうと、一度ともに過ごした仲間を傷つけることも、自分が傷つくことも、マノルにはできません。
「それに、ひとりじゃないよ」
今、マノルのそばにはドライトがいるのです。泣き出せば落ち着くまで何も言わずに待ってくれて、怖さにふるえていれば、大丈夫だと寄りそってくれる彼がいます。ドライトという存在に、今まで何度助けられたことでしょう。
「オレにだって、後悔してることくらいあるんだぜ?」
ドライトがふいに言いました。
切なげな声に、あの記憶がよみがえります。月夜の晩に彼が見せた、泣きそうな笑顔が、マノルの頭にポッとうかんで消えていきました。
「命の恩人を、置いてきちまったからなぁ……」
あの晩はマノルの想像でしかなかった答えを、彼が今、教えてくれました。
「強くならなきゃいけないね」
マノルは、ドライトの目をまっすぐ見つめながらつぶやきます。
「そうだな」
そう言った彼の表情は、やっぱりほんの少しだけ悲しげでした。
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