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🌞夏
八歩目 子猫と再会
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太陽がジリジリと照りつけ、青い空には立派な入道雲が立ちのぼり、セミたちが短い命を精いっぱい生きようと声をからしています。
マノルが次に街を訪れたのは、そんな夏真っ盛りのある日でした。なんと! 今回はひとりです。日がしずむ前には戻るとかたく約束したら、ついにドライトがお許しをくれたのです。
今日の目的は、食事をとることではありません。あの女の子に会うことです。だから、今朝はきちんと狩りをして、朝ごはんを済ませてから街にやって来ました。これで何時間でも女の子を待ち続けていられる気がします。
街は今日もたくさんの人々でにぎわっています。強い日差しにやけた人間たちの肌が、女の子にもらったパンの色にちょっと似ているな、と思いながら、マノルは足を進めます。目指すは、あのパン屋です。
今日もあの子が同じパン屋を通りかかるとは限らないし、そもそも街に来ているかどうかも分かりません。でも、マノルと女の子をつなぐものは、そこしかありませんでした。むやみに動いてさがし回るよりも、初めて出会った場所で待っていたほうがいい気がします。
パン屋にたどり着くと、マノルは、ドアの前に立てられた看板のかたわらにちょこんと座りこみます。お店の中から、またあの香ばしいにおいがただよってきました。
道行く人間たちに目をやると、噴水の近くでキャッキャと声を上げて遊ぶ子どもや、乳母車に乗せられて気持ちよさそうにねむる赤ちゃんが見えます。乳母車を押して歩く女の人は、晴れているのにレースのついた真っ白な傘を差していました。
ヘンなの、と思ったとき、ねっとりとした生ぬるい風がふき抜けていきました。マノルは思わず顔をしかめます。
このごろになって初夏のすがすがしさはうそのように消え去り、焼けるように暑い日が多くなりました。こうしてじっとしているだけでも、ドロドロにとけてしまいそうです。
でも負けません。今日は時間の許す限り、ここで女の子を待ち続けるのです。
ずっと。
ずっと。
ずーっと。
ぼやけた視界の中に、見覚えのあるオレンジ色の光が差しこんできた気がして、マノルはぱっと目を開けます。
まさか、と思って空を見上げると、やはり辺りが黄金色につつまれていました。これは――
「やっちゃったな……」
苦笑いしてつぶやきます。いつの間にか、ねむってしまったようです。
まだまだ待っていたいところですが、そろそろ帰らなくてはいけません。日が暮れれば、ドライトとの約束を破ることになります。
「しかたないや。今日は運が悪かったんだ」
自分にそう言い聞かせ、マノルは立ち上がります。やりきれない気持ちをぐっとこらえて、歩き出そうとしたそのとき――
「あれ? あなたこの前の……」
ふと聞こえたやわらかな声に、自然と耳が動きます。無意識のうちにしょんぼりとうなだれてしまっていた顔を上げると、
「やっぱり! あのときの猫ちゃんね!」
ずっと会いたかったあの子が、目の前に立っていました。暑さからか、それともうれしさからなのか、ほおがほんのりと赤く染まっています。ふわりとカールした長い髪も、服装も、全部あのときのままでした。まちがいなく、パンをくれた女の子です。
マノルはたまらなくなって、大きな声でひとつ鳴きました。そして女の子に近づき、足にすり寄って何度も鳴きます。会いたかった、会いたかったよ、と。
「よしよし」
女の子はしゃがみこみ、そう言ってマノルの頭をなでてくれます。やわらかい指先がとても心地よくて、うっとりとしてしまいます。
「私ね、最近このパン屋でバイト始めたのよ」
マノルの頭をなでていた手を、ゆっくり体のほうにまで動かしながら、女の子は言いました。
「学校帰りのシフトだけだから、この時間に来てくれたら、また会えるかもね」
バイト? シフト? よく分からない言葉が出てきたけれど、たぶん働くということでしょう。そんなことよりも、マノルは「また会える」という一言に目をかがやかせました。
うれしくてもう一度鳴いたとき、
「おっ、ナツキちゃん。待ってたよ」
お店の窓のほうから明るい声がします。見ると、白い服を着たお兄さんが何か大きな荷物をかかえて立っていました。大きくてたてに長い帽子のすき間から、くり色の髪がぴょこぴょこはねています。
「店長、今行きます!」
女の子が、窓に向かって少し大きな声で返事をしました。どうやら、この子の名前は「ナツキ」と言うようです。
お兄さんが軽くうなずいて窓からはなれていくと、ナツキはそっとマノルに耳打ちしました。
「また来てね。パン、こっそりわけてあげるから」
ちょっといたずらっぽくささやかれた言葉が、またマノルの心をくすぐります。
本当!?
期待のこもったまなざしで彼女を見つめると、かわいらしいウインクが返ってきました。
「さて、そろそろ行かないと」
ナツキはマノルの背中をもう一度だけ優しくなでると、スカートについたホコリをはらいながら立ち上がり、
「じゃあまたね、猫ちゃん」
小さく手をふって、店の中に入っていきます。
彼女がドアを閉めたとき、取りつけられたベルの音色が、とても楽しげにひびきました。
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