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🌞夏
七歩目 猫たちと後悔
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空がオレンジ色に染まるころ、約束通り噴水の広場へ戻ってみると、もうドライトが待っていました。
「ごめん、遅くなっちゃった」
急いでかけ寄っていくと、
「いや、お前が遅いんじゃなくて、オレが早かっただけだ。気にするな」
彼はそう言って立ち上がります。
「帰るぞ」
「うん」
二匹は肩を並べて、夕暮れの街を歩き出しました。空には雲が細くたなびき、カラスが間抜けな声をひびかせて飛んでいきます。
人間の姿は少なく、ところどころお店も閉められて、まるで街全体がひっそりと夜を待っているかのようです。
「楽しかったか?」
「うんっ!」
ドライトの問いかけに、マノルは満面の笑みをうかべてうなずきました。
「あのね、とちゅうで出会った女の子に『パン』もらったんだ」
「あぁ、あのふわふわしてるやつか」
どうやら彼も知っているようです。
「おいしかった! また会えるといいねって言ってくれた!」
声をはずませながら、とても楽しそうに話すマノルを見て、彼は「よかったな」と目を細めました。その表情は、いつものように優しげです。
「また、会えるかなぁ……」
遠くに黒くそびえる大きな山をながめて、マノルはつぶやきました。
もう一度、感じたいのです。ほっこりとあたたかいパンの味や、あの子のやわらかな笑顔を。彼女はマノルにとって、困ったときに助けてくれる人間になってくれるでしょうか。
「どうだろうな」
ドライトは短く相づちを打って、
「言っておくが、パンを食べたいからって狩りをサボるんじゃないぞ? あくまで最終手段だからな。よく覚えとけ。『働かざる者食うべからず』だ」
と、厳しく忠告します。
「分かってるよ、そんなこと」
不満げにほおをふくらませたとき、マノルはふと思いました。
「……なんか、ドライトって、いろんな言葉を知ってるよね」
たしか、マノルという名前も、ちょっと難しい言葉から考えてくれたはずです。
「前もさ、えっと……ハラ? 戦い? なんだっけ?」
「『腹が減っては戦ができぬ』か?」
「そう、それ!」
ピンときて思わず声を上げたマノルに、ドライトは小さく笑って、それから、古い記憶を思い起こすようにじっと夕日を見つめます。
「……会ったばっかりのころに話しただろ? 三ヶ月だけ人間に飼われてたことがあったって。そいつ、本が好きでさ。よくオレをひざの上にのせて『読んであげるね』って音読し始めたもんだから、自然といろんなことを覚えちまったのさ」
昔のことを話すときの彼は、なぜか決まってちょっぴり悲しげです。
「どうしてるかなぁ、あいつ」
しみじみとそう言った彼のひとみは、切なさの中に優しさを秘めたような、深い緑色をしていました。
青白い月明かりが照らす野原で、マノルはドライトに寄りそって丸くなり、ねいきを立てていました。
ウソです。
ねむろうとして目はつむっているけれど、ちっともねむくなんかありません。
「ねむれないのか?」
ふいに、ドライトが問いかけてきました。その声にゆっくりと目を開けると、彼がすぐそばで丸くなったままこちらを見つめています。
灰色の毛は月明かりを受けてかすかにきらめき、いつもは細くてするどい目も、なんだか今はくりくりして見えます。
「うん、ちょっとね」
マノルが答えると、彼は「ヘンなとこで気が合うな、オレもだ」とふくみ笑いをもらしました。
「なんか、いろいろ考えちゃってさ。これでよかったのかなって」
小さな虫たちの演奏と、カエルのしゃがれた声が、静かな夜をつつみこんでいます。
「……帰りたいのか? 家族のところに」
ドライトの低い声が、夜のやみに重くひびきました。ひとつひとつの言葉を確かめるように、おだやかな口調でした。
マノルは、ゆっくりと首を横にふります。
「ううん。そうは思ってないよ。どのみち、ずっと一緒にはいられなかったと思うし」
また目をつむって、兄弟たちの顔を思いうかべました。
「だけど……ちょっとだけ後悔はしてるかな」
ドライトがはっとしたように目を見開きます。まん丸のひとみがますます大きくなりました。
今にして思えば、マノルが我が家を飛び出したきっかけは、本当にささいなことでした。兄弟がいる子なら、だれもが一度は経験するであろう、くだらないケンカです。
ただ、突然明らかになった周りとのちがいと、兄弟たちの態度の変わりようにおどろいただけなのです。どうすればいいのか、分からなくなっただけなのです。
それなのにどうして「ひとりで生きていく」なんて言ってしまったのでしょう。
「ちゃんと話、すればよかったな……」
きちんとおたがいに思いを伝え合えば、今とはちがう未来が待っていたかもしれないのに。
ドライトは何も言わずにマノルの話を聞いていましたが、やがて大きく息を吸いこむと、
「お前、オレと同じだな」
と、泣きそうな顔で笑います。
その言葉と表情にどんな意味がかくされているのか、マノルにはなんとなく分かりました。だから、静かにほほ笑みを返すことしかできませんでした。
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