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🌸春
五歩目 子猫と長い道のり
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次の日の朝。
「いいか、マノル。狩りのコツはな、こうやってじっと待ってて――」
すんだ空の下、ドライトが真剣な顔で説明するのを、マノルはだまって聞いていました。狩りの特訓が始まったのです。
地面にふせたドライトは、マグロをとりに行くときと同じ目をしていました。
「相手がスキを見せた瞬間に――すかさず飛びつく!」
そうさけんだとたん、彼は目の前にある木の葉の山に向かって、目にもとまらぬ速さで走っていきます。走っていったというより、飛んでいったようでした。
冷たい風が勢いよく横を通り過ぎ、マノルはその強さに目を細めます。
ドライトのとがったツメで、もとよりさらに小さくなった木の葉のかけらが宙をまいました。マノルは、そのありさまをポカンと見つめることしかできません。
「何ボケッとしてんだよ。本番はこんなもんじゃないんだぞ」
遠くからしかるようにさけばれて、ビクッと体をふるわせます。なんだか、今日のドライトはいつもより少し怖く見えました。
「やってみろ」
また同じ場所に木の葉をつみ上げた彼が、マノルに指示します。
マノルはしかたなく、重い足を引きずって彼のとなりに座りました。その場にふせると、さっきの説明を頭の中でくり返します。
――まずはじっと待つ。
姿勢を整えながら、木の葉の山をまっすぐに見すえました。
――それで、相手がスキを見せた瞬間に……
と、ちょうどそのとき、ふいていた風がぴたりと止み、かすかにないでいた木の葉が動きを止めます。
――今だ!
マノルは全力でかけ出しました。そして木の葉の山に前足を伸ばすと、がむしゃらにかき回します。
でも、どうしてでしょう。何かが足りないのです。ドライトのように上手く動けているとは、とても思えませんでした。
ふわりと宙をまい、足もとに落ちてきた木の葉に目をやると、ほとんど最初の形のままです。
しょんぼりとそれをながめていると、
「うん。スジは悪くない」
後ろからドライトの声がしました。以前、父さんと母さんに同じことを言われた覚えがあります。
「基本はちゃんとできてる。お前に足りないのは、気合いと根性だ」
「コンジョウ……」
彼の言葉に、マノルはますます落ち込んでしまいます。すると、ドライトがこちらに走って来ました。
「そんなにしょげるなよ。これからもっと練習していけばいいんだから」
と、マノルをなぐさめます。
「ためらう気持ちも分かるが、食べなきゃオレたちも生きていけない。狩りで一番大切なことは、エモノをできる限り苦しめないことだとオレは思ってる」
彼はマノルを真剣な目で見つめました。マノルもじっと見つめ返します。
「中途半端に傷つけておどおどしてたら、相手はずっと苦しいままだろ? だから、それは優しさじゃないんだ」
優しさじゃない、という言葉が、マノルの心にすとんと落ちていきました。その通りです。自分は相手を思いやっているわけでなく、ただ怖がっているだけなのです。
「本当に申し訳ないと思うなら、一発でしとめて、きれいに食べてやれ」
そう言われて、マノルは苦笑します。自分でしとめたエモノで食事をするというのは、思った以上に大変なことのようです。
でも、強くならなくてはいけません。強くならなくては、ここでは生きていけないのです。
目指すは、ドライトみたいに立派なノラ猫です。
次の日から、本格的な狩りの特訓が始まりました。自然の中にいる虫やミミズをつかまえて、狩りの成功率を上げるのです。
最初のうち、とったエモノはドライトに食べてもらっていましたが、お腹がすいてくると、そんなこともしていられなくなってきました。思えば昨日も、木の葉の山をくずす特訓に明け暮れていたので、ろくなものを食べていません。
特訓二日目にして、マノルは早くも狩りを生活に生かすことになりました。エモノは、そばを歩いていたアリ。目をはなすとすぐに見失ってしまいそうなくらいの小ささです。
決意してツメを立て、口にふくんだとたん、とてつもない苦みと土くささがマノルをおそいました。あまりの気持ち悪さに、はき出しそうになったそのとき、
「おっ! ついに食ったのか!?」
ドライトが突然さけんでかけ寄ってきたので、びっくりしてのみこんでしまいました。良かったのか悪かったのか分かりません。
「……うん、まあ。ちっちゃいアリだけどね……」
消えない気持ち悪さに顔をゆがめながら、マノルは答えます。
ドライトは「がんばったな」と笑い、
「で、どうだったんだ? 味のほうは」
と、小声でたずねてきました。
「この顔見れば分かるでしょ? マグロが恋しいよ」
今すぐ水で口をゆすぎたい気分です。
「だろうな。まあそのうち慣れるさ」
これって、慣れるものなのでしょうか。マノルは首をかしげます。
「最初にマグロ食べさせちまったのが間違いだったかもな」
「そ、そんなことないもん!」
意地悪そうに笑われ、マノルは強気になって言いました。
「ウソだって。狩りがんばったら、また食べさせてやるよ」
ホッと胸をなで下ろすと、ドライトはいたずらな笑みをうかべました。
「だから、明日はもっとデカいの食え」
「えー!」
マノルは大声を出してうなだれます。彼はだれかをからかう天才かもしれません。
「だって、アリ一匹なんて腹の足しにもならないじゃないか」
彼のするどい一言に、ウッと言葉をつまらせました。それを言われると、何も返せなくなってしまいます。マノルは深いため息をつきました。
立派なノラへの道のりは、まだまだ長そうです。
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