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🌸春
四歩目 子猫と優しい夜
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遅くまで街ではしゃいでいたので、テリトリーに帰ってきたころにはすっかり日がしずみ、辺りは暗くなっていました。
「遅くなっちまったな。つかれただろうし、特訓は明日からにしてやるよ」
ドライトは言いながら草の上に座りこみ、ふーっとため息をつきます。子猫もとなりに寄りそいました。
今日の空はうす暗い色をしていましたが、まばらに星がかがやき、まん丸の月も顔を出しています。
二匹はしばらくだまって空を見上げていましたが、
「……なぁ、そろそろ、聞いてもいいか?」
やがて、ドライトがゆっくりと口を開きました。夜空に視線をそそいだままたずねてきた彼の横顔を、子猫はきょとんと見つめます。
「オレと初めて会った日、お前があんなところにいた理由」
つぶやくようなその問いかけに、子猫はとまどいました。
初めて会ったとき、当てもなく立ちさろうとする子猫に、彼は言いました。そっちは危険だ、何をされるか分からないと。
おそらく、子猫がまだ母さんのミルクを飲むほど幼いと知った日から、ずっと気になっていたのでしょう。ノラとして長く生きてきた彼でさえ行きたくないような場所に、生まれたばかりの子猫がひとりでいたのですから。
「……ドライトはさ、フツーってなんだと思う?」
しばらく迷って、子猫は言いました。そして彼にすべてを話しました。家族はみんな黒い毛色なのに、自分だけが白かったこと、目の色も左右でちがうこと、お前はフツーじゃないから出て行けと、兄弟たちにからかわれたことも。
「そうか。色々大変だったんだな、お前も」
ドライトは、子猫をなぐさめるように言って、
「オレはいいと思うけどな。その真っ白な毛」
と、はげましてくれました。
「でも、おじいちゃんのヒゲみたいだって……」
子猫は、あのときのくやしさを思い出して口ごもります。
「ッケ。くだらないヤツらだな」
でも、ドライトのたくましい言葉が、それをふき飛ばしてくれました。子猫は少しびっくりしつつも、彼をじっと見つめます。すると、彼も子猫のほうをふり返り、目が合いました。やっぱり優しい目です。
「そいつら、きっとお前に嫉妬したんだよ」
「シット?」
「ああ。お前の毛色がうらやましくなったのさ。だいたい、おじいちゃんのヒゲはこんなにきれいな白じゃない」
ドライトはついにこらえきれなくなったのか、大声を上げて笑い始めました。子猫もつられて笑いました。
「そんなの、ほっとけばいいんだよ、ほっとけば。気にしたっておもしろがられるだけだ」
笑いがおさまると、ドライトはなんでもないことのように言います。ぶしつけな言い方でしたが、不思議と元気をもらえました。
「うん。そうだね」
子猫はもう一度小さく笑ってから「でも、ヘンじゃない?」と続けます。
「前の日までは、なかよく遊んでくれてたんだよ?」
兄弟たちは、どうしてとたんに意地悪になってしまったのでしょう。
「たぶん、言葉で説明できるような理由なんかないんだと思う。心の中にたまってるものって、ほんのささいなきっかけでガマンできなくなることがあるんだよ」
ドライトはそう答えて、
「お前は気にしてるみたいだが……目の色だって、すごくきれいじゃないか」
子猫と目を合わせたまま、そんなことを言い出しました。突然のことに、胸がドキリとします。
「左目はオレたちが座ってる草原の色みたいだな。今は暗くて分かりづらいけど。右目は――そうだな、晴れた空にそっくりだ」
彼はそう言って小さく息をのんだ後、つつむような笑みをうかべました。
「笑ったり泣いたり、いそがしいな、お前は」
あれ? あれれ?
その言葉に、子猫は初めて自分が泣いていることに気がつきました。ひとみから丸いつぶがポロポロこぼれ、夜の草原をぬらします。
それは、家族とはなれてから今日まで、ずっとこらえていたものでした。ずっとガマンしていた、心の中にたまっていたものだったのです。
ドライトは、兄弟たちとはちがう毛色や目の色を、きれいだと言ってくれました。フツーじゃない子猫のことを、ほめてくれました。
彼の言葉ひとつひとつに、心がきゅっと苦しくなり、気づいたら、なみだがこぼれていたのです。
一度あふれ出してしまったら、もう止められませんでした。なみだの止め方なんて、子猫は知りません。
だけど、知っていることがあります。
何も言わず、ただとなりに寄りそって、泣きやむのを待ってくれている彼が、だれよりも優しいことを子猫は知っていました。
目つきがするどくたって、口が悪くたって、ドライトは優しく、そして強いのです。
どれほど、そうしていたでしょうか。
「お前が泣きやむのを待つ間、名前を考えてみた」
子猫が落ち着いてくると、ドライトがうれしそうに話しかけてきました。
「どんなの?」
子猫のひかえめな声は、まだ少し鼻にかかっています。
「『マノル』っていうのはどうだ?」
「マノル?」
変わった名前だったので、どうやって思いついたのか気になり、子猫は聞き返しました。
「『ふつう』っていう意味の言葉の中に『ノーマル』っていうのがある。それを縮めて並べかえただけだ」
話を聞きながら、子猫は少し切なくなりました。また鼻の奥がツンとなるのを感じて、ぎこちない笑顔を作ります。
「……気に入らなかったか?」
心配させまいと取った行動が、かえってドライトに気を使わせてしまったようです。彼のひとみに子猫の姿がうつります。そんなことをされたら、よけいに切なくなるではないですか。
「ううん。とってもうれしい」
子猫は、さりげなく夜空に目をそらして答えます。
「ただ――名前もらったから、もうお別れしなきゃいけないのかなって」
子猫の名前を決められなかった夜に、ドライトは「しばらくここにいればいい」と言ってくれました。だから、しばらくというのは、名前が決まるまでなのかな、と子猫は思っていたのです。
そう彼に伝えると、
「あぁ、ごめん。言い方が悪かったな。ずーっとここにいればいい。まだ狩りの特訓もしてないじゃないか」
と、言ってくれました。
「あらためてよろしくな、マノル」
初めて名前を呼ばれて、また視界がぐにゃりとゆがみます。
「バカ、もう泣くなって」
ドライトが、そっと、なみだのしずくをなめてくれます。マノルは泣きながら笑いました。
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