5 / 22
🌸春
四歩目 子猫と優しい夜
しおりを挟む*
遅くまで街ではしゃいでいたので、テリトリーに帰ってきたころにはすっかり日がしずみ、辺りは暗くなっていました。
「遅くなっちまったな。つかれただろうし、特訓は明日からにしてやるよ」
ドライトは言いながら草の上に座りこみ、ふーっとため息をつきます。子猫もとなりに寄りそいました。
今日の空はうす暗い色をしていましたが、まばらに星がかがやき、まん丸の月も顔を出しています。
二匹はしばらくだまって空を見上げていましたが、
「……なぁ、そろそろ、聞いてもいいか?」
やがて、ドライトがゆっくりと口を開きました。夜空に視線をそそいだままたずねてきた彼の横顔を、子猫はきょとんと見つめます。
「オレと初めて会った日、お前があんなところにいた理由」
つぶやくようなその問いかけに、子猫はとまどいました。
初めて会ったとき、当てもなく立ちさろうとする子猫に、彼は言いました。そっちは危険だ、何をされるか分からないと。
おそらく、子猫がまだ母さんのミルクを飲むほど幼いと知った日から、ずっと気になっていたのでしょう。ノラとして長く生きてきた彼でさえ行きたくないような場所に、生まれたばかりの子猫がひとりでいたのですから。
「……ドライトはさ、フツーってなんだと思う?」
しばらく迷って、子猫は言いました。そして彼にすべてを話しました。家族はみんな黒い毛色なのに、自分だけが白かったこと、目の色も左右でちがうこと、お前はフツーじゃないから出て行けと、兄弟たちにからかわれたことも。
「そうか。色々大変だったんだな、お前も」
ドライトは、子猫をなぐさめるように言って、
「オレはいいと思うけどな。その真っ白な毛」
と、はげましてくれました。
「でも、おじいちゃんのヒゲみたいだって……」
子猫は、あのときのくやしさを思い出して口ごもります。
「ッケ。くだらないヤツらだな」
でも、ドライトのたくましい言葉が、それをふき飛ばしてくれました。子猫は少しびっくりしつつも、彼をじっと見つめます。すると、彼も子猫のほうをふり返り、目が合いました。やっぱり優しい目です。
「そいつら、きっとお前に嫉妬したんだよ」
「シット?」
「ああ。お前の毛色がうらやましくなったのさ。だいたい、おじいちゃんのヒゲはこんなにきれいな白じゃない」
ドライトはついにこらえきれなくなったのか、大声を上げて笑い始めました。子猫もつられて笑いました。
「そんなの、ほっとけばいいんだよ、ほっとけば。気にしたっておもしろがられるだけだ」
笑いがおさまると、ドライトはなんでもないことのように言います。ぶしつけな言い方でしたが、不思議と元気をもらえました。
「うん。そうだね」
子猫はもう一度小さく笑ってから「でも、ヘンじゃない?」と続けます。
「前の日までは、なかよく遊んでくれてたんだよ?」
兄弟たちは、どうしてとたんに意地悪になってしまったのでしょう。
「たぶん、言葉で説明できるような理由なんかないんだと思う。心の中にたまってるものって、ほんのささいなきっかけでガマンできなくなることがあるんだよ」
ドライトはそう答えて、
「お前は気にしてるみたいだが……目の色だって、すごくきれいじゃないか」
子猫と目を合わせたまま、そんなことを言い出しました。突然のことに、胸がドキリとします。
「左目はオレたちが座ってる草原の色みたいだな。今は暗くて分かりづらいけど。右目は――そうだな、晴れた空にそっくりだ」
彼はそう言って小さく息をのんだ後、つつむような笑みをうかべました。
「笑ったり泣いたり、いそがしいな、お前は」
あれ? あれれ?
その言葉に、子猫は初めて自分が泣いていることに気がつきました。ひとみから丸いつぶがポロポロこぼれ、夜の草原をぬらします。
それは、家族とはなれてから今日まで、ずっとこらえていたものでした。ずっとガマンしていた、心の中にたまっていたものだったのです。
ドライトは、兄弟たちとはちがう毛色や目の色を、きれいだと言ってくれました。フツーじゃない子猫のことを、ほめてくれました。
彼の言葉ひとつひとつに、心がきゅっと苦しくなり、気づいたら、なみだがこぼれていたのです。
一度あふれ出してしまったら、もう止められませんでした。なみだの止め方なんて、子猫は知りません。
だけど、知っていることがあります。
何も言わず、ただとなりに寄りそって、泣きやむのを待ってくれている彼が、だれよりも優しいことを子猫は知っていました。
目つきがするどくたって、口が悪くたって、ドライトは優しく、そして強いのです。
どれほど、そうしていたでしょうか。
「お前が泣きやむのを待つ間、名前を考えてみた」
子猫が落ち着いてくると、ドライトがうれしそうに話しかけてきました。
「どんなの?」
子猫のひかえめな声は、まだ少し鼻にかかっています。
「『マノル』っていうのはどうだ?」
「マノル?」
変わった名前だったので、どうやって思いついたのか気になり、子猫は聞き返しました。
「『ふつう』っていう意味の言葉の中に『ノーマル』っていうのがある。それを縮めて並べかえただけだ」
話を聞きながら、子猫は少し切なくなりました。また鼻の奥がツンとなるのを感じて、ぎこちない笑顔を作ります。
「……気に入らなかったか?」
心配させまいと取った行動が、かえってドライトに気を使わせてしまったようです。彼のひとみに子猫の姿がうつります。そんなことをされたら、よけいに切なくなるではないですか。
「ううん。とってもうれしい」
子猫は、さりげなく夜空に目をそらして答えます。
「ただ――名前もらったから、もうお別れしなきゃいけないのかなって」
子猫の名前を決められなかった夜に、ドライトは「しばらくここにいればいい」と言ってくれました。だから、しばらくというのは、名前が決まるまでなのかな、と子猫は思っていたのです。
そう彼に伝えると、
「あぁ、ごめん。言い方が悪かったな。ずーっとここにいればいい。まだ狩りの特訓もしてないじゃないか」
と、言ってくれました。
「あらためてよろしくな、マノル」
初めて名前を呼ばれて、また視界がぐにゃりとゆがみます。
「バカ、もう泣くなって」
ドライトが、そっと、なみだのしずくをなめてくれます。マノルは泣きながら笑いました。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
ペンギン・イン・ザ・ライブラリー
深田くれと
児童書・童話
小学生のユイがペンギンとがんばるお話!
図書委員のユイは、見慣れた図書室の奥に黒い塊を見つけた。
それは別の世界を旅しているというジェンツーペンギンだった。
ペンギンが旅をする理由を知り、ユイは不思議なファンタジー世界に足を踏み入れることになる。
山姥(やまんば)
野松 彦秋
児童書・童話
小学校5年生の仲良し3人組の、テッカ(佐上哲也)、カッチ(野田克彦)、ナオケン(犬塚直哉)。
実は3人とも、同じクラスの女委員長の松本いずみに片思いをしている。
小学校の宿泊研修を楽しみにしていた4人。ある日、宿泊研修の目的地が3枚の御札の昔話が生まれた山である事が分かる。
しかも、10年前自分達の学校の先輩がその山で失踪していた事実がわかる。
行方不明者3名のうち、一人だけ帰って来た先輩がいるという事を知り、興味本位でその人に会いに行く事を思いつく3人。
3人の意中の女の子、委員長松本いずみもその計画に興味を持ち、4人はその先輩に会いに行く事にする。
それが、恐怖の夏休みの始まりであった。
山姥が実在し、4人に危険が迫る。
4人は、信頼する大人達に助けを求めるが、その結果大事な人を失う事に、状況はどんどん悪くなる。
山姥の執拗な追跡に、彼らは生き残る事が出来るのか!
悪魔図鑑~でこぼこ3兄妹とソロモンの指輪~
天咲 琴葉
児童書・童話
全ての悪魔を思い通りに操れる『ソロモンの指輪』。
ふとしたことから、その指輪を手に入れてしまった拝(おがみ)家の3兄妹は、家族やクラスメートを救うため、怪人や悪魔と戦うことになる!
妖精猫は千年経った今でも歌姫を想う
緋島礼桜
児童書・童話
ここは、人もエルフもドワーフも妖精も当たり前のように仲良く暮らすこの世界。
そんな世界のとある町の一角に、まあまあの大きさはある酒場があった。
そこには種族なんて関係なく、みんな思い思いに酒を楽しみ、料理を味わい、踊りや歌を披露しては酔いしれている。
そんな酒場のマスターをしているのは一匹の妖精猫——ケットシーだった。
彼は料理の腕もなければ配膳も得意ではない。
なのに酒場の常連客はみんな彼を慕っている。彼はみんなの憩いであり癒しであった。
だが、そんな妖精猫には悪いクセがあった。
今日も彼は常連客と共に酒をちょびちょび舐めながら。悪いくせ―――もう何万回目となるだろうとある思い出話を、延々と話していた。
長く感じるような短くも感じるような、彼が初めて知ったある歌姫への愛の物語を。
第1回きずな児童書大賞応募作品です。
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
ミズルチと〈竜骨の化石〉
珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。
一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。
ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。
カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる