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🌸春
二歩目 子猫と腹ぺこの一日
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子猫は、朝日のまぶしさで目を覚ましました。ドライトと体を寄せ合ってねむったはずですが、彼の姿がありません。
「ドライト……?」
ひとりぼっちの朝は初めてだったので不安になり、起き上がって辺りをきょろきょろと見回します。やはりいないようです。
さびしかったけれど、だからといってひとりでさがしに行く勇気もありません。子猫はしかたなく、その場で丸くなって彼が帰ってくるのを待つことにしました。
今日もいい天気です。
「母さんたち、どうしてるかなぁ……」
ぼんやりと空にうかぶ白い雲をながめていたら、家族のことを思い出しました。
子猫をからかった兄弟たちはどうなったのでしょう。あの後、父さんにきつくしかられたでしょうか。
母さんは、今ごろ子猫をさがして泣いているかもしれません。そう思うと、胸がチクリと痛みましたが、帰るつもりはありませんでした。
もう、自分の力で生きていくと決めたのです。
「おっ、起きたのか。ぼうず」
ふと、遠くから聞き覚えのある声がして、子猫はぱっと目をかがやかせました。灰色の猫がこちらに近づいてきます。
ドライトだ! と安心したのもつかの間、子猫はギャッとひめいを上げて飛び上がりました。なんと彼は、口にネズミをくわえていたのです。
「そ、それ……食べるの?」
おそるおそるたずねると、
「おう、今日の朝メシ」
彼はネズミをぽとりと地面に落として、得意げに答えました。ネズミの痛々しい姿に、思わず身ぶるいをします。
「なんだ、ビビってんのか? 今まで何食べてたんだよ」
「だってボク、昨日まで母さんの――」
言いかけて口をつぐみます。ミルクを飲んでいたなんて、なんだか恥ずかしくて言えません。
しかし、ドライトにはもう分かってしまったようです。
「お前、まだそんなチビだったのか。あんなところにひとりでいたから、てっきり、こういう生活に慣れてるんだと思ってたが……」
子猫は恥ずかしさで顔を赤くして「全然そんなことない」と小声で言いました。
「狩りはしたことあるのか?」
「練習はしてたよ。チョウチョとか、木の葉っぱとかで」
たずねられて、子猫はちょっぴりじまんげに答えます。狩りの腕前には自信がありました。
「まあ、狩りはまた今度教えてやるとして。今日はオレのを半分――って言ってもムリだよな」
ドライトは困ったように笑いました。どうやら、彼も初めから平気だったわけではないようです。
「どうすっかな~」
彼は目を閉じてしばらく考え、それから思いついたように「あっ!」と目を開けました。
「昨日オレと会った場所覚えてるか?」
子猫はコクリとうなずきます。
「じゃあ今からそこに行って、森のヤツらに食べられる木の実とか植物とかないか聞いてこいよ。味はイマイチかもしれないけど、何も食べないよりマシだろ? その間、オレはこれ食ってるからさ」
彼は言いながら、再びネズミをくわえると、後ろを向きました。どうやら、子猫に食べるところを見せまいとしてくれているようです。なんの考えもなしに見せびらかしてしまったことを、気にしているのでしょうか。
ひとりで行動することに不安はありましたが、しかたありません。
「分かった。行ってくるね」
子猫はそう言って、ドライトと出会った場所に向かいました。
ドライトに言われたとおりの質問をしてみると、リスは難しい顔をしました。
「もうちょっとすれば、野いちごがおいしい季節になるんだけど……今はキミが食べられそうなものはないかなぁ……」
鳥に聞いても、野ウサギに聞いても、返ってくる答えは同じでした。自然豊かな春先でも、猫がそのまま食べられるような野花や植物は、ほとんどないようです。
子猫はしょんぼりして、来た道を戻りました。自分でもさがしてみようと少し寄り道をしながら帰りましたが、何も見つけられませんでした。
見つけられないというより、分からないのです。何が食べられて、何が食べられないものなのか、まったく見当もつきません。一見食べられそうな植物を見つけても、においをかぐだけで口にする勇気はありませんでした。
「やっぱり、ドライトについてきてもらえばよかったかな……」
空腹とつかれでふらふらになりながら、子猫はつぶやきました。彼はこんなとき、どうしていたのでしょう。外で暮らすようになってずいぶん経つようですから、きっと子猫と同じような経験を何度もしてきたはずです。
「ドライトはボクとちがって強いからな」
朝から立派なネズミを一匹しとめてくるなんて、今の子猫にはとてもまねできません。
彼のそばにいれば、ボクもあんなふうになれるだろうか。小さな期待を胸にいだいて、子猫は自分をふるい立たせます。
結局、せめて水だけでもと思い、とちゅうにあった小川でのどをうるおして帰りました。
「お腹すいたー!」
子猫のさけび声が、夕暮れの空にこだまします。山のみねには燃えるように真っ赤な夕日がうかび、辺りをオレンジ色に染め上げていました。
「これくらいで音を上げててどうするんだ。オレがガキのころなんか、一週間まともなもの食えないことなんてしょっちゅうあったぞ?」
ドライトは、子猫をはげますように言いました。そのひとみの中で、夕日の光がおどっています。エメラルドのような緑色と混ざり合って、とってもきれいです。
「だって~」
ドライトにとっては当たり前なのかもしれませんが、子猫にとっては初めてのことです。思えば、家族のもとを飛び出していった日の朝に飲んだミルクが、最後の食事でした。もう、お腹と背中がくっつきそうです。
だらしなく草の上にねころんだ子猫のとなりで、彼はしかたないなという顔をしました。
「今日のところはガマンしろ。明日、街に連れてってやるから」
「え? 街!?」
ドライトの言葉に、子猫はすかさず飛び起きます。
「街ってさ、おいしい魚とか、くだものとか、いっぱいあるんでしょ?」
子猫も街には何度も行ってみたいと思いましたが、人間がたくさんいて危険だといって、両親が許してくれませんでした。だから、ずっとあこがれていたのです。
ドライトは、はしゃぐ子猫に小さく笑って、
「ああ。朝一番に行けば、海からあがったばっかりのとびきりうまい魚が食べられる。マグロだぞ、マグロ」
と、うれしそうに答えます。
マグロなんて食べるどころか、見たことすらありません。考えただけでわくわくして、よだれが出そうでした。
「ほんとは狩りでエモノがとれないときの最終手段みたいなもんだから、こんなに早く連れて行くつもりはなかったんだが。腹ぺこで練習しても集中できないだろうし」
子猫は、うん、うんと力強くうなずきました。そのとおりです。
「それに、困ったときに助けてくれる人間を見つけておくといい。狩りが上手くいかなかったら、エサをもらえるように」
人間からエサをもらう。これもまた、子猫には初めてのチャレンジでした。明日は楽しいことがたくさんありそうです。
「『腹が減っては戦ができぬ』だからな」
ドライトは大口を開けてガハハと笑い、それからとたんに真面目な顔になって、
「そのかわり、帰ったら狩りの特訓だ。いいな?」
子猫に言い聞かせるように言いました。
「はいっ!」
子猫は元気にはりきって答えます。
「いい返事だ」
そう言って目を細めたドライトの顔が父さんとよく似ていて、ちょっぴり泣きたくなったのは秘密です。
二匹は明日にそなえて早めにねむりました。
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