フツーさがしの旅

雨ノ川からもも

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旅立つ前

子猫と決意

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 春の野原は心地が良くて、ついねむくなってしまいます。
 小鳥のさえずりを聞きながらウトウトしている子猫の鼻先を、黄色いチョウがくすぐりました。
「やったな、もう」
 ひるねのジャマをしたチョウは、からかうように頭の上を飛び回ります。子猫もねころがったまま前足を伸ばしてじゃれていると、
「おりゃー!」
 少しはなれたところから、大きな声が聞こえてきました。声のしたほうをふり返って、子猫は目を丸くします。
 兄弟猫がいきなり飛びかかってきたのです。しかも二匹同時に。子猫は三兄弟ですから、他の二匹が寄って集って突進してきたということです。遊び半分だとは思うけれど、たまったものではありません。
 突然のことだったので、心の準備も、取っ組み合う姿勢もできていませんでした。逃げる間もなく、二匹の勢いに押されて、子猫はチクチクする草の上を転がっていきます。
「危ないぞ!」
「気をつけるのよ!」
 父さん猫の低い声と母さん猫の高い声が、遠くで重なって聞こえました。
 三匹はもみ合いながら転がり続け、ずっと先にある川のほとりで、ようやく止まりました。起き上がってみると、父さんも母さんもゴマつぶのようにしか見えませんでした。
 あんまりです。こちらが構えてもいないうえ、一対二で勝負なんて不公平ではありませんか。
「何するんだよ!」
 頭にきた子猫が声を張り上げると、兄弟たちは謝るどころか、
「やっとオレの勝ちだな」
「だな」
 と口々に言い、二匹そろって、満足そうに意地悪な笑みをうかべました。
「お前、生意気なんだよ。母さんたちにほめられてばっかりで。末っ子のくせに」
「くせに」
 一番上の兄猫の語尾を、二番目の弟猫がしつこくくり返します。
 親猫たちは、子猫の狩りの腕前をよくほめてくれました。お前はスジがいい、と。どうやら、他の二匹はそれが気に入らなかったようです。
「それに」
 兄猫はおい打ちをかけるように続けます。
「毛の色もヘンだし」
 その言葉に思わず「えっ?」とおどろくと、兄弟たちはおかしそうにケラケラと笑い始めました。
「気づいてないのかよ。父さんも母さんも、オレたちだってみーんな真っ黒なのに、お前だけ白いんだぜ? そこの川で見てみろよ」
「見てみろよ」
 またも口々に言われ、子猫はおそるおそる川をのぞきこみます。
 ――息が、止まりそうでした。
 川の水面に映った自分の姿は、たしかに真っ白だったのです。兄弟たちの毛色とは、まるで正反対でした。
 それだけではありません。目の色もちがいます。左目は兄弟たちと同じような緑色でしたが、少し色がうすく、他の二匹のような力強さがありませんでした。そして右目は――見ていると悲しくなるような、あわい青色をしています。
 信じられませんでした。
「何、これ……」
 消えそうな声でつぶやくと、背中でまた兄弟たちが笑い出します。
「だから、お前だって言ってるだろー!」
「おじいちゃんのヒゲみたいな色しちゃってさぁ!」
 おじいちゃんのヒゲみたい、という弟猫の言葉がよほどおもしろかったのか、笑い声がどっと大きくなりました。
 川の中に映りこむ姿に泣きたくなったとき、初めて思いました。今まで、こんなふうに自分自身をしっかりと見つめたことがなかったと。だから、周りとの大きなちがいにも気づかないままだったのだと。
 ――いいえ、本当は分かっていたのかもしれません。兄弟猫と遊んでいると、ふとしたときに感じることがあったのです。
 何かおかしい、と。
 練習を始めたばかりの狩りは兄弟の中で一番上手いくらいだったし、取っ組み合いはだれにも負けません。けれど何かがちがう気がして。それがなんなのか分からなくて。分からないフリをしていたのです。
 風にふかれる毛の色がみんなと正反対であることも、左右の目の色がちがうことも、心のどこかで分かっていたから、無意識のうちに向き合うことを遠ざけてきたのでしょう。
「お前、フツーじゃないんだよ。おかしいんだよ。お前なんかと一緒にいたら、こっちまでヘンなヤツだと思われちまう」
「そうそう。早く出て行ってくれないかなぁ」
 次々と並べられる悪口に、体がぞくっとふるえます。
 そのうち兄弟たちは「でーてけ、でーてけ」と声をそろえてくり返し始めました。
「――いいよ」
 あふれ出しそうになるなみだをぐっとこらえて、兄弟たちのほうをふり返ります。負けてたまるか、というまなざしで。
「いいよ。そんなにジャマなら、ボク、ひとりで生きていくから」
 すると、二匹は何かの糸が切れたように、再び笑い転げます。
「『ひとりで生きていくから』だって! カッコいい~」
 兄猫が笑いながら言いました。からかっているのは、明らかです。
「でも、そんなんお前にできるわけ――」
 続けて弟猫が言いかけたとき、とたんに二匹が顔を強ばらせます。その視線をたどると、父さんと母さんがこちらにやって来るのが見えて、子猫は走り出しました。
 すぐにあわてたような足音が近づいてきましたが、ふりきって森のおくへと姿を消します。
「ねえ、待って!」
 母さんの精いっぱいのさけび声が、生いしげる木々の向こう側で聞こえました。
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