18 / 38
🌈2nd time 開花予報、のち
彼女の選択
しおりを挟む*
『明日だけでいいんです。私と一緒に帰ってくれませんか?』
昨日の夜、彼女から送られてきたよそよそしい一文が、今の状況を作りだした。
大和は夕暮れに照らされながら、ぎこちない様子で隣を歩く千夏を見やる。
頭の後ろでひとつに結ばれた長い髪は、やはり真っ黒だ。
「そういえば、髪染めるの、やめたんだね」
黙っているのも何だか気まずくて、そう言うと、千夏は短く「あっ、うん」と答えた。
照れ隠しなのか、さっきから右サイドの後れ毛を人差し指にくるくる巻きつけている。
「シマウマは、シマウマらしく生きることにしたの」
言葉の意味するところが分からず、きょとんと首をかしげたら、なぜかプッと噴き出された。
詮索するのもいかがなものかと思い、小刻みに肩を震わせる彼女に、
「似合ってるよ、黒髪」
と声をかける。
すると、彼女はピタリと笑うのをやめ、「ありがと」と控えめな笑みを返してくれた。
「私ね、ものすごく弱い人間なんだ。いじめられても、ただ黙ってることしかできないような」
彼女は、夕焼け空を見上げ、昔を思い起こすように、ゆったりと話し始める。
「小学生のとき、栞奈に話したことがあるの。この世界をサバンナに例えるなら、自分は隅っこで草食べてるシマウマみたいなものだから、ライオンに食べられないようにおとなしくしてなきゃいけないって」
なるほど、と先ほどの言葉に納得しつつ、今度は大和が笑ってしまった。相変わらず発想がユニークだ。
「そしたら栞奈、不思議がるどころか、『じゃあ私は?』なんて言って目キラキラさせて」
「で、なんて答えたの?」
楽しそうな横顔に尋ねると、彼女はこちらに目を向け、「キリン」と一言。これはまた意外な動物が出てきた。
「基本的に優しいけど、怒ると怖いくらい強いから。普段は穏やかに見えるキリンが、襲いかかってくるライオンを蹴落とすみたいに」
傍から聞けばちょっと引いてしまうような理由かもしれないが、大和には何となく分かった。ふっと胸をかすめた懐かしさに、口もとが優しく緩む。たしかに栞奈は、そんなふうに正義感の強い女の子だった。
「中学になって栞奈とクラスが離れてから、独りになりたくないなって思ってるうちに、面倒な女子グループに引きずり込まれちゃってさ。離れたくなったときには、もう手遅れで」
初めて耳にする事実に、ふと、いつか千夏を激昂させた三人組が脳裏をかすめる。
あのときのただならぬ雰囲気には、部外者であるはずの大和も背筋が凍る思いだった。
彼女たちの間に、何かしらの確執があったことは間違いないだろう。
千夏はそこで再び夕空を見上げ、「でも、栞奈が助けてくれた」と切なげに呟く。
「付き合ってた頃、こうやって大和と一緒に帰れたのも、栞奈が私の身代わりをしてくれてたからなんだよ」
けっして届かない空に向かって話し続ける彼女に、大和は何も言わず微笑みを返した。
詳しい事情は分からない。けれどきっと、彼女にとって栞奈は、戦隊もののヒロインのような、憧れの存在だったのだと思う。
「約束したばっかりだったのにな、あの日。自分に正直に生きようねって」
あの日という言葉が、小さなとげになって胸の奥を痛めつけた。栞奈が、突然遠くにいってしまった日、彼女たちは、一体どんな言葉を交わしたのだろうか。
「私、栞奈みたいな人になる」
千夏は、自分の中でくすぶっている何かを吐き出すように、清々しく断言した。
「栞奈みたいに、いつも誰かのために優しくて、誰かのために強い人」
その宣言に、またふっと笑みを漏らしたとき、彼女の家が見えてきた。ほんのわずかな期間、恋人らしく手をつないで送り届けた家。
「着いたよ」
足を止めて告げる。と、隣の彼女が、小さく息を呑んだ気がした。
そして、こちらをじっと見つめたかと思うと、淡い紅色の唇が開き――そのまま閉じてしまう。まるで何かをためらうように。
でも、
「……ここでいい?」
戸惑いを隠しながら口にした問いかけに、彼女は強く、潔くうなずいた。
――僕の予感は、思い過ごしだったのだろうか。いや、
「じゃあ……また」
大和は短くこぼし、家の前に立ち尽くす千夏を残したまま、自宅に向かって歩きだす。
数歩進んだところで、ふいに思い出して腕を見てみる。けれど、いつもと同じ肌色が西日に照らされているだけだった。
家に帰ると、大和はスクールバッグをおろすことも忘れ、足早に子供部屋へ向かった。
いつもはダイブするベッドを素通りして勉強机の前に立ち、引き出しを開けると、一冊のノートの下を探る。
姿を見せたのは、しわくちゃになったふたつの手紙。
――元カノちゃん、大事な話があるみたいよ?
昨夜、志歩から送られてきた、からかうようなメッセージ。
その数分後に送られてきた、よそよそしく、緊張の滲んだ文章。
水玉模様の薄い紙に残された、丸っこい文字をあらためて追いながら、大和は考える。
勘違いなら恥ずかしい話だが、事の流れから推測するに、千夏には、自分に伝えたい想いがあった。けれど最終的に、伝えないという選択をしたのだ。
別れ際の、ひどく思い詰めた表情が、彼女の葛藤を物語っていた。
ベッドの中で何度も練習した、ありふれた台詞は、幸いにも出番がなかったということだ。
もしかすると彼女は、この胸の中にある本当の想いに、とうの昔に気づいていたのかもしれない。だから、不毛な恋に自らピリオドを打った。
今からでもいいから、情けない彼氏で悪かったと、謝るべきだろうか。
違う。
彼女が望んでいるのは、そんなことじゃない。ここに書いてあるではないか。
「……僕も、変わらないと」
大和はスクールバックを床におろしながら、自身に言い聞かせるように呟く。そして、便箋をそれぞれの封筒に戻し、そのひとつを片手に、部屋の隅に置かれたごみ箱の前へ立った。
封筒の端に指の力を集中させ、縦に引くと、鈍い音とともに亀裂が入る。
長い間引き出しの奥に眠っていたそれは、しわくちゃなのに、まるで彼女の意思のようにしっかりとしていて、とてもかたかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-
未来屋 環
ライト文芸
――そう、その出逢いは私にとって、正に未知との遭遇でした。
或る会社の総務課で働く鈴木雪花(せつか)は、残業続きの毎日に嫌気が差していた。
そんな彼女に課長の浦河から告げられた提案は、何と火星人のマークを実習生として受け入れること!
勿論彼が火星人であるということは超機密事項。雪花はマークの指導員として仕事をこなそうとするが、日々色々なことが起こるもので……。
真面目で不器用な指導員雪花(地球人)と、優秀ながらも何かを抱えた実習生マーク(火星人)、そして二人を取り巻く人々が織りなすSF・お仕事・ラブストーリーです。
表紙イラスト制作:あき伽耶さん。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

僕の目の前の魔法少女がつかまえられません!
兵藤晴佳
ライト文芸
「ああ、君、魔法使いだったんだっけ?」というのが結構当たり前になっている日本で、その割合が他所より多い所に引っ越してきた佐々四十三(さっさ しとみ)17歳。
ところ変われば品も水も変わるもので、魔法使いたちとの付き合い方もちょっと違う。
不思議な力を持っているけど、デリケートにできていて、しかも妙にプライドが高い人々は、独自の文化と学校生活を持っていた。
魔法高校と普通高校の間には、見えない溝がある。それを埋めようと努力する人々もいるというのに、表に出てこない人々の心ない行動は、危機のレベルをどんどん上げていく……。
(『小説家になろう』様『魔法少女が学園探偵の相棒になります!』、『カクヨム』様の同名小説との重複掲載です)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
有涯おわすれもの市
竹原 穂
ライト文芸
突然未亡人になり、家や仕事を追われた30歳の日置志穂(ひおき・しほ)は、10年ぶりに帰ってきた故郷の商店街で『有涯おわすれもの市』と看板の掲げられた店に引き寄せられる。
そこは、『有涯(うがい)……生まれてから死ぬまで』の中で、人々が忘れてしまったものが詰まる市場だった。
訪れる資格があるのは死人のみ。
生きながらにして市にたどり着いてしまった志穂は、店主代理の高校生、有涯ハツカに気に入られてしばらく『有涯おわすれもの市』の手伝いをすることになる。
「もしかしたら、志穂さん自身が誰かの御忘物なのかもしれないね。ここで待ってたら、誰かが取りに来てくれるかもしれないよ。たとえば、亡くなった旦那さんとかさ」
あなたの人生、なにか、おわすれもの、していませんか?
限りある生涯、果てのある人生、この世の中で忘れてしまったものを、御忘物市まで取りにきてください。
不登校の金髪女子高生と30歳の薄幸未亡人。
二人が見つめる、有涯の御忘物。
登場人物
■日置志穂(ひおき・しほ)
30歳の未亡人。職なし家なし家族なし。
■有涯ハツカ(うがい・はつか)
不登校の女子高生。金髪は生まれつき。
有涯御忘物市店主代理
■有涯ナユタ(うがい・なゆた)
ハツカの祖母。店主代理補佐。
かつての店主だった。現在は現役を退いている。
■日置一志(ひおき・かずし)
故人。志穂の夫だった。
表紙はあままつさん(@ama_mt_)のフリーアイコンをお借りしました。ありがとうございます。
「第4回ほっこり・じんわり大賞」にて奨励賞をいただきました!
ありがとうございます!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる