3 / 38
🌈First time 彼と、にわか雨
素直の代名詞
しおりを挟む*
「今日、どっちがどっちだっけ?」
「お兄ちゃんが上じゃない?」
栞奈にそう言われ、パジャマ姿の大和は、スマホを片手に、二段ベッドのはしごをのぼる。
ふたりが小学校にあがるとき、念願だった子供部屋を、両親が用意してくれた。当時、室内を彩る新品の家具たちの中でも、二段ベッドは異様な存在感を放っていたものである。
子供部屋で初めて眠る夜、このベッドの上段をめぐって、近所で仲良し兄妹の見本として知られるふたりが、めずらしく口論を繰り広げた。
「栞奈、寝相悪いでしょ? 上から落ちたら大変じゃん!」
「だって、下じゃ普通のベッドと変わらないもん!」
さんざん互いの意見を主張した末、この「日替わり交代制度」が作られたのだ。もうふたりともこんなことにこだわる年齢ではないのだが、何となく習慣になってしまった。
いつもより天井が近くなる感覚は、今でもちょっぴりワクワクするけれど。
ちなみに、栞奈が上段で寝るときは、両側の柵が必須である。
紙と紙がこすれ合うような乾いた音を背中で聞きながら、大和はスマホを起動させた。どうやら、栞奈が下段でファッション雑誌か何かをめくっているらしい。
慣れた手つきで無料通話アプリをタップし、
千夏の連絡先を選んでブロックしようとしたとき、
『じゃあ、明日からはお友だちに戻りましょう。』
手紙の最後の一文が脳裏をよぎって、手を止めた。
そうだ、千夏とは友だちに戻るだけ。特別な関係でなくなるからといって、彼女の存在自体を拒絶する必要はどこにもない。
横目で勉強机の引き出しを見やった。すぐに処分しろと言われたふたつの手紙が、あの奥に眠ったままになっている。
「そういえば、お兄ちゃんさー」
と、気の抜けた声で栞奈が話しかけてきた。心は雑誌に注がれたままのようだ。
「最近どうなの? なっちゃんと」
予想もしなかった質問に、大和はつと言葉を詰まらせる。「なっちゃん」というのは千夏のことだ。
「あー……」
――まさか、さっきの見られてたのか!? 相変わらず鋭いな……
動揺を必死に隠しながら、何と答えるべきか考える。
ここは、素直になっておいたほうがいいだろう。下手な嘘でこの場を逃れたところで、いずれはバレることである。
「……もう別れた」
「はぁ――――――!?」
答えた瞬間、怒気を含んだ大声が室内を突き抜けた。
「こら。こんな夜中に大声出すなよ」
大和はとっさに片耳を塞ぎ、眉間にしわを寄せてたしなめる。
もし今、彼女の目の前に机があったら、反射的に叩いて、
「ちょっと! どういうことなのか説明しなさい!」
なんて問いただされていたかもしれない。
女って生き物は、どうしてこうすぐ感情的になるのだろう。
「だって、だって! まだ一ヶ月も経ってないんじゃない?」
「うん。まあ、そうかもね」
いつから付き合い始めたかなんて、よく覚えていない。
今日で付き合って何ヶ月だとか、ちょっとした記念日だとかを、大切にしたいカップルもいるのだろう。けれど、大和も千夏も、そういうことにこだわる性分ではなかった。
こだわるほどの関係ではなかった、といったほうが正しいかもしれない。キスはおろか、手をつなぐことだって数えるほどしかしていないのだから。
「適当だなぁ。やっと訪れた春だったのに」
栞奈が落胆した声を出す。振られた本人よりも、彼女のほうが落ち込んでいるくらいだ。
「本当にいいの? このまま終わっちゃって」
「一ノ瀬が別れようって言ってきたんだし、僕はそれを尊重するよ。未練なんてない」
そう言ってから、下の名前さえ一度も呼んだことがなかったな、と気づく。同時に、とことん形だけのカップルだったのだと、痛感した。
「もう、そんなだからモテないんだよ。お兄ちゃんって、いつも優しさの無駄遣いしてるよね」
……返す言葉もない。
彼女の率直さには、生まれたその日から今日まで毎日をともにしてきた大和ですら、驚かされるほどだ。
彼女のこの態度は、家族だけに限った話ではない。
いつだって、確かな客観性を持って、自分が正しいと思うことを包み隠さず主張する。それでいて、周囲から嫌われることを恐れない。だからぐうの音も出なくなる。
他人の顔色ばかり気にして、つい保守的な方向に走ってしまいがちな自分には、とても真似できない。
「……うるさいよ」
栞奈の扱いは誰よりも心得ているつもりだけれど、こんなときばかりは戸惑ってしまう。
素直の代名詞と言っても過言ではないくらい、まっすぐな彼女を見ていると、自分の弱さを突きつけられているようで、目を背けたくなるのだ。
「そろそろ電気消すぞ」
「ほら、またすぐ逃げる」
即座に指摘し、栞奈はパタンと雑誌を閉じた。
大和もスマホの電源を落とすと、枕もとにあるリモコンを使って、電気を消す。控えめな電子音を合図に、室内が暗闇に包まれる。
「おやすみ」
「おやすみ、お兄ちゃん」
お互いの表情が見えない中、ふたりは同じ言葉を交わし、ゆっくりと眠りに落ちていった。
2
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-
未来屋 環
ライト文芸
――そう、その出逢いは私にとって、正に未知との遭遇でした。
或る会社の総務課で働く鈴木雪花(せつか)は、残業続きの毎日に嫌気が差していた。
そんな彼女に課長の浦河から告げられた提案は、何と火星人のマークを実習生として受け入れること!
勿論彼が火星人であるということは超機密事項。雪花はマークの指導員として仕事をこなそうとするが、日々色々なことが起こるもので……。
真面目で不器用な指導員雪花(地球人)と、優秀ながらも何かを抱えた実習生マーク(火星人)、そして二人を取り巻く人々が織りなすSF・お仕事・ラブストーリーです。
表紙イラスト制作:あき伽耶さん。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
地獄三番街
有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。
父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。
突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。
【8】Little by Little【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
高校一年生の岸野深雪(きしの みゆき)は、彼氏の佐野悠太(さの ゆうた)から「姉・真綾(まあや)のバレンタインチョコづくりを手伝ってほしい」と頼まれ、快諾する。
その一方、昔から仲が良くない妹・深月(みつき)との関係に悩んでいた……。
全五話/短編。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ八作目。(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の交差。
ゆーり。
ライト文芸
―――どうしてお前は・・・結黄賊でもないのに、そんなに俺の味方をするようになったんだろうな。
―――お前が俺の味方をしてくれるって言うんなら・・・俺も、伊達の味方でいなくちゃいけなくなるじゃんよ。
ある一人の少女に恋心を抱いていた少年、結人は、少女を追いかけ立川の高校へと進学した。
ここから桃色の生活が始まることにドキドキしていた主人公だったが、高校生になった途端に様々な事件が結人の周りに襲いかかる。
恋のライバルとも言える一見普通の優しそうな少年が現れたり、中学時代に遊びで作ったカラーセクト“結黄賊”が悪い噂を流され最悪なことに巻き込まれたり、
大切なチームである仲間が内部でも外部でも抗争を起こし、仲間の心がバラバラになりチーム崩壊へと陥ったり――――
そこから生まれる裏切りや別れ、涙や絆を描く少年たちの熱い青春物語がここに始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる