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🌈First time 彼と、にわか雨
素直の代名詞
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「今日、どっちがどっちだっけ?」
「お兄ちゃんが上じゃない?」
栞奈にそう言われ、パジャマ姿の大和は、スマホを片手に、二段ベッドのはしごをのぼる。
ふたりが小学校にあがるとき、念願だった子供部屋を、両親が用意してくれた。当時、室内を彩る新品の家具たちの中でも、二段ベッドは異様な存在感を放っていたものである。
子供部屋で初めて眠る夜、このベッドの上段をめぐって、近所で仲良し兄妹の見本として知られるふたりが、めずらしく口論を繰り広げた。
「栞奈、寝相悪いでしょ? 上から落ちたら大変じゃん!」
「だって、下じゃ普通のベッドと変わらないもん!」
さんざん互いの意見を主張した末、この「日替わり交代制度」が作られたのだ。もうふたりともこんなことにこだわる年齢ではないのだが、何となく習慣になってしまった。
いつもより天井が近くなる感覚は、今でもちょっぴりワクワクするけれど。
ちなみに、栞奈が上段で寝るときは、両側の柵が必須である。
紙と紙がこすれ合うような乾いた音を背中で聞きながら、大和はスマホを起動させた。どうやら、栞奈が下段でファッション雑誌か何かをめくっているらしい。
慣れた手つきで無料通話アプリをタップし、
千夏の連絡先を選んでブロックしようとしたとき、
『じゃあ、明日からはお友だちに戻りましょう。』
手紙の最後の一文が脳裏をよぎって、手を止めた。
そうだ、千夏とは友だちに戻るだけ。特別な関係でなくなるからといって、彼女の存在自体を拒絶する必要はどこにもない。
横目で勉強机の引き出しを見やった。すぐに処分しろと言われたふたつの手紙が、あの奥に眠ったままになっている。
「そういえば、お兄ちゃんさー」
と、気の抜けた声で栞奈が話しかけてきた。心は雑誌に注がれたままのようだ。
「最近どうなの? なっちゃんと」
予想もしなかった質問に、大和はつと言葉を詰まらせる。「なっちゃん」というのは千夏のことだ。
「あー……」
――まさか、さっきの見られてたのか!? 相変わらず鋭いな……
動揺を必死に隠しながら、何と答えるべきか考える。
ここは、素直になっておいたほうがいいだろう。下手な嘘でこの場を逃れたところで、いずれはバレることである。
「……もう別れた」
「はぁ――――――!?」
答えた瞬間、怒気を含んだ大声が室内を突き抜けた。
「こら。こんな夜中に大声出すなよ」
大和はとっさに片耳を塞ぎ、眉間にしわを寄せてたしなめる。
もし今、彼女の目の前に机があったら、反射的に叩いて、
「ちょっと! どういうことなのか説明しなさい!」
なんて問いただされていたかもしれない。
女って生き物は、どうしてこうすぐ感情的になるのだろう。
「だって、だって! まだ一ヶ月も経ってないんじゃない?」
「うん。まあ、そうかもね」
いつから付き合い始めたかなんて、よく覚えていない。
今日で付き合って何ヶ月だとか、ちょっとした記念日だとかを、大切にしたいカップルもいるのだろう。けれど、大和も千夏も、そういうことにこだわる性分ではなかった。
こだわるほどの関係ではなかった、といったほうが正しいかもしれない。キスはおろか、手をつなぐことだって数えるほどしかしていないのだから。
「適当だなぁ。やっと訪れた春だったのに」
栞奈が落胆した声を出す。振られた本人よりも、彼女のほうが落ち込んでいるくらいだ。
「本当にいいの? このまま終わっちゃって」
「一ノ瀬が別れようって言ってきたんだし、僕はそれを尊重するよ。未練なんてない」
そう言ってから、下の名前さえ一度も呼んだことがなかったな、と気づく。同時に、とことん形だけのカップルだったのだと、痛感した。
「もう、そんなだからモテないんだよ。お兄ちゃんって、いつも優しさの無駄遣いしてるよね」
……返す言葉もない。
彼女の率直さには、生まれたその日から今日まで毎日をともにしてきた大和ですら、驚かされるほどだ。
彼女のこの態度は、家族だけに限った話ではない。
いつだって、確かな客観性を持って、自分が正しいと思うことを包み隠さず主張する。それでいて、周囲から嫌われることを恐れない。だからぐうの音も出なくなる。
他人の顔色ばかり気にして、つい保守的な方向に走ってしまいがちな自分には、とても真似できない。
「……うるさいよ」
栞奈の扱いは誰よりも心得ているつもりだけれど、こんなときばかりは戸惑ってしまう。
素直の代名詞と言っても過言ではないくらい、まっすぐな彼女を見ていると、自分の弱さを突きつけられているようで、目を背けたくなるのだ。
「そろそろ電気消すぞ」
「ほら、またすぐ逃げる」
即座に指摘し、栞奈はパタンと雑誌を閉じた。
大和もスマホの電源を落とすと、枕もとにあるリモコンを使って、電気を消す。控えめな電子音を合図に、室内が暗闇に包まれる。
「おやすみ」
「おやすみ、お兄ちゃん」
お互いの表情が見えない中、ふたりは同じ言葉を交わし、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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