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出発
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ギルドから本部の人間に会いにラドニアンの支部へ行くようにと指示された日程が近づいていた。
あのチュートリアル強制終了の日から90日ほどたった。今の僕の日課は、野草収集の依頼を受け、ある程度の草を袋に詰め込んだ後で人目に付かない場所での特訓だ。
この世界で確かに僕は生きている、そう実感した日から僕は自分でも驚くほどに慎重になっていた。いや臆病というべきだろうか。
「今日もやってたの? 飽きないわね」
宿に戻った僕に呆れたような表情で話しかけてきたのはノルンだ。あの後も「今更態度を変えるほうが無理よ」と相変わらずの態度で接してきている。不幸にも秘密の共有者である彼女とは二人になることが多く、僕とノルンの恋人説は「明けの空」内では誤解が解けていたが、その噂は「黄金の獅子亭」の職員、ポノなどギルド職員から支部長のゴルック、副支部長サリウス、そしてヴァイエットの街いる冒険者に広まっていた。一部の僕の性別を勘違いしている方々の「少女達の禁断の愛」を応援したいという視線が熱い。
「やりすぎってことはない。完全に仕上げてから挑みたいんだ……」
「だからって毎日毎日バカみたいな量の魔力を使って逃げる練習はないでしょう」
毎日のように僕が特訓していたのは、ドーピングアイテム「乙女の純血」を使用して全力を引き出し、その力の全てを使って安全且つ確実に退避する特訓。要するに全力で逃げる特訓をしていたのだ。
「乙女の純血」がこの世界で補充できるかどうかわからない、しかしこの訓練はそれを使う必要のあるほどの特訓なのだ。アレはいつ起こるかわからない、怠けている暇などないのだ。
「何度も言ってるけれどそんなものこないわよ」
「いや起こる! チュートリアルが終わったら絶対に来るんだ、負けイベが!」
ノルンからすれば毎日街はずれから感じる計測できないほどの魔力を考えればイヴリアが何かに負けるということは冗談以外のなにものでもなかった。
しかし目の前にいる美少女のような男は真剣な顔で大真面目に言っている。
「負けイベは絶対に来る、お約束なんだ」
「それよりもあなたもうじき出発でしょ? 同行者は決めたの?」
付き合いきれないと判断したノルンが無理やり話題を変えた。
ノルンの言う同行者とは、僕がラドニアンに向かう時のものでカイトが自分とツキヨ以外のメンバーから二名まで連れて行って構わないと許可が出ていたのだ。
ギルドからは副支部長のサリウスが僕とギルド本部の人と会う場所に立ち会うために同行するのだが、僕がインテリタイプのサリウスと二人で旅など考えたくもなかったのでカイトにお願いしたのだ。
「それならハンガンとビリオンにお願いしたよ」
理由は二人とも頑丈だからだ。ハーフオーガのハンガンとドワーフと牛獣人の混血のビリオンは、どちらも防御を自らの生まれ持った打たれ強さだけに任せて武器を振り回す脳筋スタイル。
もし一緒にいるときに負けイベが起きても、彼らなら僕が数日前に編み出したドーピングアイテムを使った僕が全力でぶん投げて避難させる新技「緊急離脱」の反動に耐えられるはずだ。
「あら? 私を誘ってくれないのね。ダーリンは長い時間会えなくても平気なの?」
作った口調でそう問いかけてくるノルンの顔はニヤニヤしていた。
僕をこの世界に呼んだ神様が作ったアバターで、完全に自我があり役目などにも縛られず行動できるノルン。その固有能力を知って僕は愕然とした。
能力名「チャイルドプランク」。どんな事をしても悪戯で許されるという神の与えた能力は、起こした行動が絶対に大事に発展しないことと、能力所持者の任意で自然に罪を擦り付けられるという馬鹿げた追加能力が付属されていた。
「使命以外で乱用はしてないわよ?」とノルンは言った。つまり乱用しないだけで使っているのだ。そんな危険物と行動を共にする勇気がある人間がいれば教えてほしい。
だから僕は笑顔を作り、見た目少女のエルフにこう言った。
「ババァノーセンキュー」
「何度も言っているけれど私はまだ52歳よ」
◆ ◆ ◆
ラドニアンに出発する当日。ヴァイエットの街の門の前には「明けの空」のメンバーと副支部長サリウス、サリウスを見送りに来たギルドの職員数名がいる。
僕はすでに明けの空のメンバーと話しを終え、サリウスに近づいて行った。
「恋人との別れはすませましたか?」
「悪い冗談ですね」
「やはり職員達の話は出鱈目でしたか……どうかしましたか?」
サリウスが「やはり」と言ったことがこの上なく嬉しかった僕は気が付くと彼の手を両手で掴み上下に激しく振っていた。
「しかし本当に歩きなんですね」
激しい握手を振り払われた僕は話題を変えるためにそう切り出した。
馬車での移動を予定していたはずだが、急遽徒歩での移動に変わった。馬が病気になったのではしょうがないと僕は納得していたが、共通の話題もないのでその話題を選んだのだ。
「仕方ないのですよ。事前にギルドの方で手配していた馬車の馬が病気、変えの馬も用意できなかったのですから」
ヴァイエットの街では馬だけでなく家畜やペット、人間にも体調を崩す人が急増しているらしい。原因はストレスだそうだ。
「ここ最近毎日のようにあり得ないほどの魔力の波が街に押し寄せてきてるじゃないですか? あれが原因なんですけど、あの魔力の調査はギルドとしても二の足を踏んでいる現状で」
いらない補足を入れてくれたのはサリウスの見送りに来ていたポノだった。
そして何かを察知したようにすぐそばまで来ていたノルンがニヤニヤとしてポノに近づくとこちらを一度チラリと見てからポノに話しかける。
「ならしばらくは安心ね」
「えっ? どうして――」
「ハニー見送りありがとう。なるべく早く戻れるようにするから! それじゃあ」
ノルンの頭を乱暴に撫でながらそう言って、僕は歩き出した。
急に歩き出した僕の背中を慌てて追いかけるビリオン。その後ろをゆっくりと一度肩を竦めてから歩き出すハンガン。なんとなく状況を理解し職員達に「留守は任せた」と告げ歩き出したサリウス。
男四人のむさくるしい旅が今始まるのだった。
「そう言えば騎乗ペット召喚で麒麟なら出せるけど――」
「大騒動になるんでやめてくださいっす」
あのチュートリアル強制終了の日から90日ほどたった。今の僕の日課は、野草収集の依頼を受け、ある程度の草を袋に詰め込んだ後で人目に付かない場所での特訓だ。
この世界で確かに僕は生きている、そう実感した日から僕は自分でも驚くほどに慎重になっていた。いや臆病というべきだろうか。
「今日もやってたの? 飽きないわね」
宿に戻った僕に呆れたような表情で話しかけてきたのはノルンだ。あの後も「今更態度を変えるほうが無理よ」と相変わらずの態度で接してきている。不幸にも秘密の共有者である彼女とは二人になることが多く、僕とノルンの恋人説は「明けの空」内では誤解が解けていたが、その噂は「黄金の獅子亭」の職員、ポノなどギルド職員から支部長のゴルック、副支部長サリウス、そしてヴァイエットの街いる冒険者に広まっていた。一部の僕の性別を勘違いしている方々の「少女達の禁断の愛」を応援したいという視線が熱い。
「やりすぎってことはない。完全に仕上げてから挑みたいんだ……」
「だからって毎日毎日バカみたいな量の魔力を使って逃げる練習はないでしょう」
毎日のように僕が特訓していたのは、ドーピングアイテム「乙女の純血」を使用して全力を引き出し、その力の全てを使って安全且つ確実に退避する特訓。要するに全力で逃げる特訓をしていたのだ。
「乙女の純血」がこの世界で補充できるかどうかわからない、しかしこの訓練はそれを使う必要のあるほどの特訓なのだ。アレはいつ起こるかわからない、怠けている暇などないのだ。
「何度も言ってるけれどそんなものこないわよ」
「いや起こる! チュートリアルが終わったら絶対に来るんだ、負けイベが!」
ノルンからすれば毎日街はずれから感じる計測できないほどの魔力を考えればイヴリアが何かに負けるということは冗談以外のなにものでもなかった。
しかし目の前にいる美少女のような男は真剣な顔で大真面目に言っている。
「負けイベは絶対に来る、お約束なんだ」
「それよりもあなたもうじき出発でしょ? 同行者は決めたの?」
付き合いきれないと判断したノルンが無理やり話題を変えた。
ノルンの言う同行者とは、僕がラドニアンに向かう時のものでカイトが自分とツキヨ以外のメンバーから二名まで連れて行って構わないと許可が出ていたのだ。
ギルドからは副支部長のサリウスが僕とギルド本部の人と会う場所に立ち会うために同行するのだが、僕がインテリタイプのサリウスと二人で旅など考えたくもなかったのでカイトにお願いしたのだ。
「それならハンガンとビリオンにお願いしたよ」
理由は二人とも頑丈だからだ。ハーフオーガのハンガンとドワーフと牛獣人の混血のビリオンは、どちらも防御を自らの生まれ持った打たれ強さだけに任せて武器を振り回す脳筋スタイル。
もし一緒にいるときに負けイベが起きても、彼らなら僕が数日前に編み出したドーピングアイテムを使った僕が全力でぶん投げて避難させる新技「緊急離脱」の反動に耐えられるはずだ。
「あら? 私を誘ってくれないのね。ダーリンは長い時間会えなくても平気なの?」
作った口調でそう問いかけてくるノルンの顔はニヤニヤしていた。
僕をこの世界に呼んだ神様が作ったアバターで、完全に自我があり役目などにも縛られず行動できるノルン。その固有能力を知って僕は愕然とした。
能力名「チャイルドプランク」。どんな事をしても悪戯で許されるという神の与えた能力は、起こした行動が絶対に大事に発展しないことと、能力所持者の任意で自然に罪を擦り付けられるという馬鹿げた追加能力が付属されていた。
「使命以外で乱用はしてないわよ?」とノルンは言った。つまり乱用しないだけで使っているのだ。そんな危険物と行動を共にする勇気がある人間がいれば教えてほしい。
だから僕は笑顔を作り、見た目少女のエルフにこう言った。
「ババァノーセンキュー」
「何度も言っているけれど私はまだ52歳よ」
◆ ◆ ◆
ラドニアンに出発する当日。ヴァイエットの街の門の前には「明けの空」のメンバーと副支部長サリウス、サリウスを見送りに来たギルドの職員数名がいる。
僕はすでに明けの空のメンバーと話しを終え、サリウスに近づいて行った。
「恋人との別れはすませましたか?」
「悪い冗談ですね」
「やはり職員達の話は出鱈目でしたか……どうかしましたか?」
サリウスが「やはり」と言ったことがこの上なく嬉しかった僕は気が付くと彼の手を両手で掴み上下に激しく振っていた。
「しかし本当に歩きなんですね」
激しい握手を振り払われた僕は話題を変えるためにそう切り出した。
馬車での移動を予定していたはずだが、急遽徒歩での移動に変わった。馬が病気になったのではしょうがないと僕は納得していたが、共通の話題もないのでその話題を選んだのだ。
「仕方ないのですよ。事前にギルドの方で手配していた馬車の馬が病気、変えの馬も用意できなかったのですから」
ヴァイエットの街では馬だけでなく家畜やペット、人間にも体調を崩す人が急増しているらしい。原因はストレスだそうだ。
「ここ最近毎日のようにあり得ないほどの魔力の波が街に押し寄せてきてるじゃないですか? あれが原因なんですけど、あの魔力の調査はギルドとしても二の足を踏んでいる現状で」
いらない補足を入れてくれたのはサリウスの見送りに来ていたポノだった。
そして何かを察知したようにすぐそばまで来ていたノルンがニヤニヤとしてポノに近づくとこちらを一度チラリと見てからポノに話しかける。
「ならしばらくは安心ね」
「えっ? どうして――」
「ハニー見送りありがとう。なるべく早く戻れるようにするから! それじゃあ」
ノルンの頭を乱暴に撫でながらそう言って、僕は歩き出した。
急に歩き出した僕の背中を慌てて追いかけるビリオン。その後ろをゆっくりと一度肩を竦めてから歩き出すハンガン。なんとなく状況を理解し職員達に「留守は任せた」と告げ歩き出したサリウス。
男四人のむさくるしい旅が今始まるのだった。
「そう言えば騎乗ペット召喚で麒麟なら出せるけど――」
「大騒動になるんでやめてくださいっす」
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