上 下
12 / 20

出発 

しおりを挟む
 ギルドから本部の人間に会いにラドニアンの支部へ行くようにと指示された日程が近づいていた。
 あのチュートリアル強制終了の日から90日ほどたった。今の僕の日課は、野草収集の依頼を受け、ある程度の草を袋に詰め込んだ後で人目に付かない場所での特訓だ。
 この世界で確かに僕は生きている、そう実感した日から僕は自分でも驚くほどに慎重になっていた。いや臆病というべきだろうか。

「今日もやってたの? 飽きないわね」

 宿に戻った僕に呆れたような表情で話しかけてきたのはノルンだ。あの後も「今更態度を変えるほうが無理よ」と相変わらずの態度で接してきている。不幸にも秘密の共有者である彼女とは二人になることが多く、僕とノルンの恋人説は「明けの空」内では誤解が解けていたが、その噂は「黄金の獅子亭」の職員、ポノなどギルド職員から支部長のゴルック、副支部長サリウス、そしてヴァイエットの街いる冒険者に広まっていた。一部の僕の性別を勘違いしている方々の「少女達の禁断の愛」を応援したいという視線が熱い。

「やりすぎってことはない。完全に仕上げてから挑みたいんだ……」
「だからって毎日毎日バカみたいな量の魔力を使って逃げる練習はないでしょう」

 毎日のように僕が特訓していたのは、ドーピングアイテム「乙女の純血」を使用して全力を引き出し、その力の全てを使って安全且つ確実に退避する特訓。要するに全力で逃げる特訓をしていたのだ。
 「乙女の純血」がこの世界で補充できるかどうかわからない、しかしこの訓練はそれを使う必要のあるほどの特訓なのだ。アレはいつ起こるかわからない、怠けている暇などないのだ。

「何度も言ってるけれどそんなものこないわよ」
「いや起こる! チュートリアルが終わったら絶対に来るんだ、負けイベが!」

 ノルンからすれば毎日街はずれから感じる計測できないほどの魔力を考えればイヴリアが何かに負けるということは冗談以外のなにものでもなかった。
 しかし目の前にいる美少女のような男は真剣な顔で大真面目に言っている。

「負けイベは絶対に来る、お約束なんだ」
「それよりもあなたもうじき出発でしょ? 同行者は決めたの?」

 付き合いきれないと判断したノルンが無理やり話題を変えた。

 ノルンの言う同行者とは、僕がラドニアンに向かう時のものでカイトが自分とツキヨ以外のメンバーから二名まで連れて行って構わないと許可が出ていたのだ。
 ギルドからは副支部長のサリウスが僕とギルド本部の人と会う場所に立ち会うために同行するのだが、僕がインテリタイプのサリウスと二人で旅など考えたくもなかったのでカイトにお願いしたのだ。

「それならハンガンとビリオンにお願いしたよ」

 理由は二人とも頑丈だからだ。ハーフオーガのハンガンとドワーフと牛獣人の混血のビリオンは、どちらも防御を自らの生まれ持った打たれ強さだけに任せて武器を振り回す脳筋スタイル。
 もし一緒にいるときに負けイベが起きても、彼らなら僕が数日前に編み出したドーピングアイテムを使った僕が全力でぶん投げて避難させる新技「緊急離脱」の反動に耐えられるはずだ。

「あら? 私を誘ってくれないのね。ダーリンは長い時間会えなくても平気なの?」

 作った口調でそう問いかけてくるノルンの顔はニヤニヤしていた。
 僕をこの世界に呼んだ神様が作ったアバターで、完全に自我があり役目などにも縛られず行動できるノルン。その固有能力を知って僕は愕然とした。
 能力名「チャイルドプランク」。どんな事をしても悪戯で許されるという神の与えた能力は、起こした行動が絶対に大事に発展しないことと、能力所持者の任意で自然に罪を擦り付けられるという馬鹿げた追加能力が付属されていた。
 「使命以外で乱用はしてないわよ?」とノルンは言った。つまり乱用しないだけで使っているのだ。そんな危険物と行動を共にする勇気がある人間がいれば教えてほしい。
 だから僕は笑顔を作り、見た目少女のエルフにこう言った。

「ババァノーセンキュー」
「何度も言っているけれど私はまだ52歳よ」

 ◆ ◆ ◆

 ラドニアンに出発する当日。ヴァイエットの街の門の前には「明けの空」のメンバーと副支部長サリウス、サリウスを見送りに来たギルドの職員数名がいる。
 僕はすでに明けの空のメンバーと話しを終え、サリウスに近づいて行った。

「恋人との別れはすませましたか?」
「悪い冗談ですね」
「やはり職員達の話は出鱈目でしたか……どうかしましたか?」

 サリウスが「やはり」と言ったことがこの上なく嬉しかった僕は気が付くと彼の手を両手で掴み上下に激しく振っていた。

「しかし本当に歩きなんですね」

 激しい握手を振り払われた僕は話題を変えるためにそう切り出した。
 馬車での移動を予定していたはずだが、急遽徒歩での移動に変わった。馬が病気になったのではしょうがないと僕は納得していたが、共通の話題もないのでその話題を選んだのだ。

「仕方ないのですよ。事前にギルドの方で手配していた馬車の馬が病気、変えの馬も用意できなかったのですから」

 ヴァイエットの街では馬だけでなく家畜やペット、人間にも体調を崩す人が急増しているらしい。原因はストレスだそうだ。

「ここ最近毎日のようにあり得ないほどの魔力の波が街に押し寄せてきてるじゃないですか? あれが原因なんですけど、あの魔力の調査はギルドとしても二の足を踏んでいる現状で」

 いらない補足を入れてくれたのはサリウスの見送りに来ていたポノだった。
 そして何かを察知したようにすぐそばまで来ていたノルンがニヤニヤとしてポノに近づくとこちらを一度チラリと見てからポノに話しかける。

「ならしばらくは安心ね」
「えっ? どうして――」
「ハニー見送りありがとう。なるべく早く戻れるようにするから! それじゃあ」

 ノルンの頭を乱暴に撫でながらそう言って、僕は歩き出した。
 急に歩き出した僕の背中を慌てて追いかけるビリオン。その後ろをゆっくりと一度肩を竦めてから歩き出すハンガン。なんとなく状況を理解し職員達に「留守は任せた」と告げ歩き出したサリウス。

 男四人のむさくるしい旅が今始まるのだった。

「そう言えば騎乗ペット召喚で麒麟なら出せるけど――」
「大騒動になるんでやめてくださいっす」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

過去と現在を結ぶ異世界ストーリー

なつきいろ
ファンタジー
ある日クラスごと転移に巻き込まれた白兎雄司。クラス全体が混乱する中、彼にはある秘密があった。神から与えられたチートを引っ提げ、異世界にて自由きままに暮らしていくことになる。主人公は基本女たらしですが、自分の中の明確な基準を設けています。チート、ハーレム、恋愛、無双、ほのぼのなどなどおりなすストーリー。戦いのシーンより、女の子とのいちゃいちゃを優先しています。処女作な為読みづらいです。 12/8 お気に入り100人達成!ありがとうございます! 12/10 お気に入り200人達成!ありがとうございます! ※こちらは不定期更新となります ※なかなか展開が進まないことが多々あります。 ※小説家になろうサイトでも同名にて活動しています。 https://ncode.syosetu.com/n8221eh/

転生無双の金属支配者《メタルマスター》

芍薬甘草湯
ファンタジー
 異世界【エウロパ】の少年アウルムは辺境の村の少年だったが、とある事件をきっかけに前世の記憶が蘇る。蘇った記憶とは現代日本の記憶。それと共に新しいスキル【金属支配】に目覚める。  成長したアウルムは冒険の旅へ。  そこで巻き起こる田舎者特有の非常識な勘違いと現代日本の記憶とスキルで多方面に無双するテンプレファンタジーです。 (ハーレム展開はありません、と以前は記載しましたがご指摘があり様々なご意見を伺ったところ当作品はハーレムに該当するようです。申し訳ありませんでした)  お時間ありましたら読んでやってください。  感想や誤字報告なんかも気軽に送っていただけるとありがたいです。 同作者の完結作品「転生の水神様〜使える魔法は水属性のみだが最強です〜」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/743079207/901553269 も良かったら読んでみてくださいませ。

処理中です...