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さすがに面と向かって笑うのは拙いと、俯いたまま肩を震わせる私に、柿崎さんは降参と言って足を崩しました。笑いを堪えて顔を上げた私を見て、ぶほっと咳き込んでいます。ちょっと待って下さい。そんなに酷い顔をしていますか? 私。
「君といると、怒っているのが馬鹿らしくなる」
そう言って私の肩にかけたバスタオルを手に、生乾きの髪を拭ってくれます。柿崎さんはお説教の前に、びしょ濡れの妻をちゃんとお風呂に入れてくれていました。
「本当に人騒がせな」
自宅付近で救急車とすれ違った柿崎さんは、その直後に庭先で男に組み敷かれている私(実際には佐々木さんが転んだ私を助けている)を目にし、息が止まりそうになったと言います。
「省ちゃん? 久しぶり。奥さんにお世話になったんだ。遅くにごめんね。、ありがとう」
柿崎さんが動き出す前に、佐々木さんがにこやかに挨拶をしてくれたので、殴らずに済んだと胸を撫で下ろしていました。私がお風呂に入り直している間に、柿崎さんに事情を説明してくれた佐々木さんは、上がってきたときにはもう家に戻っていました。そこからお説教に突入したわけです。
「緊急時だから仕方ないが、金輪際あんな格好で若い男の前に出るなよ」
タオルから手を離して、柿崎さんは何ともやり切れない表情で私をみつめます。これはパジャマ姿も去ることながら、雨に濡れて下着が透けた状態で、佐々木さんと行動を共にしていたことを指しています。
おばあちゃんが倒れて気が動転していたので、佐々木さんはそこは全く感知していなかったのですが、柿崎さん的には許せないようです。
「裸を見られたわけじゃありませんから」
落ち着いてもらおうと思って、わざと軽口を叩いたのですが、何がいけなかったのか柿崎さんは激昂しました。
「当たり前だ!」
びっくりして声も出せない私の横で、がしがし髪を掻きむしります。
「夫の俺だってまだ見ていないんだぞ! 他の男に先に見せるなんて以ての外だ!」
「え? そんな理由?」
うっかり洩らしたら、今度はいじけてしまいました。
「俺を煽りまくりの君に、男の純情が分かってたまるか」
「じゃ今のうちに見ておきます?」
パジャマは泥がついたので洗濯中です。なので代わりに着たTシャツの裾に手をかけると、柿崎さんはいきなり私の手を押さえました。
「やめてくれ! 何を考えているんだ!」
肩を怒らせて喚いています。結局見たいのか見たくないのか、正解はどちらなのでしょうか?
「遅いし休もう」
私が欠伸をしたところで、柿崎さんがようやくお説教タイムを終了しました。もう二時近いです。明日ーーいえもう今日ですねーーは土曜日で仕事が休みなので、柿崎さんもゆっくり起きることでしょう。
「こらこら、歩きながら寝てるのか。柊子くんの部屋はこっちじゃないだろ」
階段に片足を乗せた柿崎さんが、コバンザメのように背中にくっついている私を振り返ってぼやきました。
「もう一人は嫌です」
怖かったですと呟く私の顔を、腰を屈めて覗き込みます。
「悪かった」
そう言って私の目元を親指でそっと拭います。欠伸のし過ぎで涙が出たのだとは、今更正直に話せない雰囲気です。
「柊子くんが眠るまで、傍についていればいいか?」
やがて私の部屋に向かおうとした柿崎さんを、腕を掴んで無理やり引き止めました。
「途中でいなくなるんですか? ずっと一緒にはいてくれないんですか?」
「いや、だから、それは俺がきつい」
柿崎さんは眉間を揉みながら苦笑しました。
「例え君がすぐ寝落ちするにしてもね」
「誘導してくれれば、頑張りまふ、わらし」
ろれつが回らないなりに必死で訴えると、問題はそこだけじゃないだろうと、切なそうに一度目を閉じます。
「俺は柊子くんを失いたくないんだ。そのための我慢だ。頼むから理解してもらえないだろうか」
次に開かれた双眸には、慈しむような光が宿っていました。私を邪険に扱っていないことは、これだけで充分伝わってきました。
「わらしのこと、まだ好きれすか?」
ここ数日のよそよそしさから、私を嫌いになったのではないと、せめてその不安だけは払拭したくて確かめます。
「あのね。好きだからこその我慢だと何度言ったら…。そういう柊子くんはどうなんだ?」
「かきらきさんを、食べらいくらいには」
「またそうやっておじさんを煽る。お仕置きしてやりたくなるよ」
妙に甘い囁きを最後に、私はその場に崩折れました。辛うじて途絶えていない意識の隅で、自分がゆらゆらと揺れているのを感じます。
「俺がどれだけ嬉しくて、そして困っているのか、君にはきっと分からないんだろうな」
もう限界だよ。その一言と共にどんどん上に向かっているような浮遊感も、唇に何か柔らかいものが触れたような気がしたのも、おそらく私の願望が見せた夢に違いありません。
「君といると、怒っているのが馬鹿らしくなる」
そう言って私の肩にかけたバスタオルを手に、生乾きの髪を拭ってくれます。柿崎さんはお説教の前に、びしょ濡れの妻をちゃんとお風呂に入れてくれていました。
「本当に人騒がせな」
自宅付近で救急車とすれ違った柿崎さんは、その直後に庭先で男に組み敷かれている私(実際には佐々木さんが転んだ私を助けている)を目にし、息が止まりそうになったと言います。
「省ちゃん? 久しぶり。奥さんにお世話になったんだ。遅くにごめんね。、ありがとう」
柿崎さんが動き出す前に、佐々木さんがにこやかに挨拶をしてくれたので、殴らずに済んだと胸を撫で下ろしていました。私がお風呂に入り直している間に、柿崎さんに事情を説明してくれた佐々木さんは、上がってきたときにはもう家に戻っていました。そこからお説教に突入したわけです。
「緊急時だから仕方ないが、金輪際あんな格好で若い男の前に出るなよ」
タオルから手を離して、柿崎さんは何ともやり切れない表情で私をみつめます。これはパジャマ姿も去ることながら、雨に濡れて下着が透けた状態で、佐々木さんと行動を共にしていたことを指しています。
おばあちゃんが倒れて気が動転していたので、佐々木さんはそこは全く感知していなかったのですが、柿崎さん的には許せないようです。
「裸を見られたわけじゃありませんから」
落ち着いてもらおうと思って、わざと軽口を叩いたのですが、何がいけなかったのか柿崎さんは激昂しました。
「当たり前だ!」
びっくりして声も出せない私の横で、がしがし髪を掻きむしります。
「夫の俺だってまだ見ていないんだぞ! 他の男に先に見せるなんて以ての外だ!」
「え? そんな理由?」
うっかり洩らしたら、今度はいじけてしまいました。
「俺を煽りまくりの君に、男の純情が分かってたまるか」
「じゃ今のうちに見ておきます?」
パジャマは泥がついたので洗濯中です。なので代わりに着たTシャツの裾に手をかけると、柿崎さんはいきなり私の手を押さえました。
「やめてくれ! 何を考えているんだ!」
肩を怒らせて喚いています。結局見たいのか見たくないのか、正解はどちらなのでしょうか?
「遅いし休もう」
私が欠伸をしたところで、柿崎さんがようやくお説教タイムを終了しました。もう二時近いです。明日ーーいえもう今日ですねーーは土曜日で仕事が休みなので、柿崎さんもゆっくり起きることでしょう。
「こらこら、歩きながら寝てるのか。柊子くんの部屋はこっちじゃないだろ」
階段に片足を乗せた柿崎さんが、コバンザメのように背中にくっついている私を振り返ってぼやきました。
「もう一人は嫌です」
怖かったですと呟く私の顔を、腰を屈めて覗き込みます。
「悪かった」
そう言って私の目元を親指でそっと拭います。欠伸のし過ぎで涙が出たのだとは、今更正直に話せない雰囲気です。
「柊子くんが眠るまで、傍についていればいいか?」
やがて私の部屋に向かおうとした柿崎さんを、腕を掴んで無理やり引き止めました。
「途中でいなくなるんですか? ずっと一緒にはいてくれないんですか?」
「いや、だから、それは俺がきつい」
柿崎さんは眉間を揉みながら苦笑しました。
「例え君がすぐ寝落ちするにしてもね」
「誘導してくれれば、頑張りまふ、わらし」
ろれつが回らないなりに必死で訴えると、問題はそこだけじゃないだろうと、切なそうに一度目を閉じます。
「俺は柊子くんを失いたくないんだ。そのための我慢だ。頼むから理解してもらえないだろうか」
次に開かれた双眸には、慈しむような光が宿っていました。私を邪険に扱っていないことは、これだけで充分伝わってきました。
「わらしのこと、まだ好きれすか?」
ここ数日のよそよそしさから、私を嫌いになったのではないと、せめてその不安だけは払拭したくて確かめます。
「あのね。好きだからこその我慢だと何度言ったら…。そういう柊子くんはどうなんだ?」
「かきらきさんを、食べらいくらいには」
「またそうやっておじさんを煽る。お仕置きしてやりたくなるよ」
妙に甘い囁きを最後に、私はその場に崩折れました。辛うじて途絶えていない意識の隅で、自分がゆらゆらと揺れているのを感じます。
「俺がどれだけ嬉しくて、そして困っているのか、君にはきっと分からないんだろうな」
もう限界だよ。その一言と共にどんどん上に向かっているような浮遊感も、唇に何か柔らかいものが触れたような気がしたのも、おそらく私の願望が見せた夢に違いありません。
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