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翌日の仕事帰り、私からの連絡を受け取った遥は我が家にすっ飛んできた。当然だ。難攻不落の城があっさり落ちたとなれば、喜びよりも驚きの方が勝るに違いない。父が帰宅していないのをいいことに、躊躇する間もなくリビングに通された遥は、私と秋ちゃんと一緒に義母から父の本心を聞くこととなった。

「お父さんが一番後悔していたのは、結婚を承諾するにせよ反対するにせよ、きちんと二人の話に耳を傾けてあげられなかったことなの」

とりあえずコーヒーを一口飲んで義母が語り出す。

「頭ごなしに若いから許可しないというんじゃなくて、例えば後一年じっくり考えてもらうとか、婚約だけ整えるとか、何かしらの方法が取れた筈。そうすれば二人が駆け落ちみたいな結婚をしないで済んだかもしれないって」

当時の二人が待てたかどうかは別にしてね、と断って義母は続ける。

「それでも幸せにやっているのならと、自分の中で折り合いをつけていたんだけれど、二年前に離婚の知らせを受けたものだから、押さえていたものが一気に噴出してしまったの」

「憤懣やるかたない気持ちをぶつけた、というと聞こえはいいが、要は親父の八つ当たりか」

途中口を挟んだ秋ちゃんを軽く睨んでから、義母は深々と頭を下げた。

「元は蒼の勘違いとはいえ、本当に遥くんには申し訳ないことをしました」

おそらくこの家では自分が頭を下げる姿しか想像していなかったのだろう。遥は困ったように首を横に振っていたが、やがて遠慮がちに口を開いた。

「一つ気になっていたのですが」

三人の注目を浴びて言いにくそうに訊ねる。

「失礼を承知で伺いますが、幸恵さんは蒼が俺と結婚していた事実を全く知らないのですか?」

お互いの再婚の報告をするくらいのつきあいがあるならば、娘の結婚や離婚について伏せているとは遥には考えにくかったのだという。いざ指摘されてみればその通りで、逆に前情報がない状態で、ほぼ初対面の母娘を会わせるというのは無謀のような気がした。遥との再会でそのあたりは私も大分麻痺していたらしい。

「結婚と離婚をしたことはもちろん知らせてあったの。ただ幸恵さんは蒼が自分に会ってくれるだけで充分だって、余計な詮索は一切しなかった。私達もお相手の名前を聞いたときは一瞬まさかとは思ったけれど」

よもや本当に遥の父親だとまでは考えず、高坂家から戻った私の話を聞いて本気で動揺する一方、それを母に伝えて良いものかどうか迷った。もしかしたらその話が元で、せっかく纏まった母と遥の父親が拗れる可能性があったからだ。

「結局伝えずじまいだったけれどね」

そして母は皮肉にも、夫の元妻である遥の母親から真実をもたらされた。嘘をついたことへの言い訳を、私達から聞かされていた母はあの時どんな気持ちだったのだろう。

「家の前に停めてある車が邪魔だ」

重くなった空気を更に沈めるような低い声が、突如リビングに響き渡った。一斉に入口に視線を移せば、話に夢中になっている間に帰宅した父が、不機嫌極まりない表情でドアの前に立っている。

「すみません。すぐにお暇します」

二度と敷居を跨ぐなと厳命されたことが脳裏を過ぎったのか、遥が慌てて腰を上げると、父はにこりともせずに言い放った。

「ちゃんと駐車場に入れてきなさい」

そのまま着替えをするために自室に向かう。

「え?」

目を点にする遥を除いた三人は、父のあまりにぶっきら棒な態度に笑いを噛み殺していた。




つくづくお酒の力って凄いと思う。食事の始まりは些か気まずい雰囲気だったのに、お酒が入った途端和やかに、しかも男三人は仕事の話で盛り上がっている。昨今の景気がどうとか、経常利益がこうとか、私には正直よく分からないけれど、仲よくやっている姿には目尻が下がる。

「もう心配なさそうね」

キッチンで洗い物をしていると、男達におつまみを出し終えた義母が戻ってきた。布巾でお皿を一枚一枚丁寧に拭きながら、嬉しそうに微笑んでいる。

「今度こそ皆に祝福されてお嫁に行きなさい」

「お義母さん…」

不幸ではなかったけれど、それでも誰にも喜んでもらえない結婚はやはり淋しい。自分の子供がそんなふうに嫁いだらもっと悲しい。

「嫁入り支度は幸恵さんも交えて三人でしましょう」

「ありがとう」

もうごめんなさいは言うまい。この義母の思いやりを無駄にしないよう、幸せになることだけを考えよう。

「おーい、蒼。お前今日は俺の部屋で寝ろ」

義母と娘がしんみりしている場面に無粋に割り込んだのは、既に目が座っている様相の秋ちゃんだった。こんなに酔っている姿を人前に晒す彼は珍しい。

「高坂さんが蒼の部屋で一緒に寝るのはさすがにって言うから、お前が俺の所に来ればいい。昔みたいに枕並べてさ」

この家を出たら秋ちゃんとも離れ離れになる。その前に別れを惜しむ時間を持つのもいいかもしれない。私の一番大事な可愛い義弟。

「ふざけるな。どうしてそうなる。分かった。それなら俺が桜井と一夜を供にしてやろう。一晩中語り明かしてやる」

更に感慨をぶち壊す男の登場。どうやら父はもう夢の中にいるようだ。皆さん明日も仕事だって分かってるんですかね?

「げっ! やめろよ気色悪い。ほんと馬鹿だな、あんた」

本気で嫌がっている秋ちゃん。仲がいいんだか悪いんだか。遥の床は客間に取る予定だったけれどどうしたものか。

「遥くんは気づいていたのね」

手が付けられない酔っ払いに呆れる私の横で、温かな目で二人をみつめながら、義母はコップに水を汲んでいた。





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