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母の体に障るとよくないので、私達はお昼前に高坂家を後にした。遥は午後から杉内さんに会う予定があるというので、最寄り駅までお喋りしながら歩いていたら、ふいに考え込むように黙り込んだ。

「ごめんな、蒼」

遥は謝るというよりは、どうしたものかといった体で再び口を開く。

「ちゃんと義兄になる、なんて格好いいこと言っておいて、何やってんのかなって感じだよな、俺」

「何の話?」

「だってさ、結局蒼を部屋に招んだり、親父の所では一線は超えていないまでも、一緒に寝たりしてるわけだろ? 知らない人間が聞いたら絶対関係を疑われるよな」

そんなことか。一緒に寝るどころか手も繋いでいないのだから、気に病む必要なんてないだろう。くどいようだけれど、実の兄妹じゃあるまいし、そもそも私が拒否していないのだ。

「それは私も同じだよ?」

「まぁな。でも正直に言うな。俺、楽しいんだよ。蒼といると」

うん。私も楽しい。にっこり笑み返すと、またそんな顔すると遥は肩を竦める。

「だからもう義兄がどうとか、元夫婦がこうとか抜きにしても、お前といるのやめられねーんだわ」

参るよなと遥は困り顔。私は首を傾げた。それの何が問題なの?

「できるだけ節度を保つ努力はする。けれど俺が理性を失いかけたら、お前が全力で止めろ」

えらく大袈裟な覚悟だな。私達の関係はそんなに不適切なの?

「ねぇ、遥。私のこと、嫌いじゃないんだよね?」 

一番肝心なことを確かめてみる。

「嫌いな奴といて楽しいわけないだろ。どうしてそんな発想になる」

「よかった。だったら問題なし」

「相変わらず馬鹿だな、蒼」

お前の頭の中はどうなってるんだと苦笑しつつ、私を駅まで送り届けて遥は帰っていった。




そろそろお昼だし、カフェにでも入ろうかと手近な店を探していると、

「蒼」

背後から声をかけられた。振り返るとそこには義母が一人で立っていた。久し振りに夫婦で外出した矢先、父が会社の人と会って話し込み始めたので、一人で時間を潰していたらしい。

「幸恵さんはどう?」

せっかくなので一緒にカフェに入り、飲み物とクロワッサンサンドの注文を済ませたところで義母が訊ねた。いくら私の実母とはいえ、夫の前妻を心配する義母は人間ができていると思う。

「落ち着いているみたい。お義父さんが休むよう言い聞かせているけど」

「あらあら」

休日のお昼時。混み合う騒ついた店内で、美味しいコーヒーとクロワッサンで胃を満たしながら、義母は穏やかに語り出した。

「さっきね、蒼と遥くんを偶然見かけたの」

そのままの優しい表情で続ける。

「何年も共に暮らした夫婦みたいな、和やかな雰囲気で驚いたわ」

本来そうなる筈だった。私が逃げ出さなければ。

「二年前、お父さんが遥君に二度と蒼に関わらないよう怒鳴ったこと、知っているわよね?」

「うちの敷居も跨ぐなって」

「そのときお父さん、遥くんに約束させたの。蒼をどこかで見かけても自分からは近づかないことを。仕事や友人を介して偶然会ったときはやむを得ないから認めると」

私は飲もうとしていたコーヒーを口につける前に止めた。

「遥くんは約束を守ってこの二年、蒼に全く接触しなかった。諦めたのか、若しくは他に好きな人ができたのか分からないけれど、それならそれで蒼のためにはいいと思ったの。でも幸恵さんのことで再会したとき、遥くんが凄く感じが悪かったと秋に聞いてね」

確かに最初はそうだった。秋ちゃんの台詞じゃないけれど、無理やり手籠めにでもされかねないほど、露骨に強引に迫ってくるものだから、秋ちゃんが頻繁に釘を刺していたのだ。それがいつの間にか秋ちゃんは遥と会うことに反対しなくなり、この間は遥が私を大事にしているとまで断言した。

「もしかして蒼に害を成すんじゃないかとはらはらしていたの。でも今日の遥くんを見れば、その考えが間違っていたと信じられる。それ故に彼はやっと偶然会えた蒼を離すまいと、必死だったのかもしれない」

嫌われても罵られても、また私が姿を消してしまわぬよう捕まえておきたかった。体だけでも結ばれようとしたのはそのせいなの? 遥。

「蒼はどうなの? もう一度遥くんとやり直したいの?」

私がゆっくり頭を振ると、義母は意外だと言わんばかりに目を瞠った。

「遥は離婚したくなかったのに、私がそれを望んだから別れてくれたの。だから私から再婚を望むことはできない」

遥が私を求めない限り。心がどんなに触れ合っても二人はずっと義兄妹。

「一緒にいるだけでお互い楽しいから」

さっきまでの遥とのやり取りを思い出し、口元が緩んでしまった私に、義母は上手くいかないわねと嘆息した。





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