空っぽの薬指

文月 青

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番外編 いつかウェディング

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今日は朝から眩しいほどの青空が見えていた。まるで希と佐伯さんを祝福するかのように、降り注ぐ清々しい太陽の光。それだけで胸がいっぱいになる程の、溢れそうな幸福感に浸りつつ、会場であるチャペルを訪れた六月の大安吉日。

この佳き日にどうしてこんなことになっているのだろうか。

真っ白なウエディングドレスに身を包んだ自分と、ライトグレーのタキシード姿の島んちょを、控室でお互いに困惑した表情でみつめあうこと五分。

「一体どういうことだ?」

「さぁ」

状況が飲み込めなくてそれ以上会話も続かない。当然だ。希と佐伯さんの結婚式なのに、何故立会人の私達が新郎新婦に化けているのだ。しかも衣装から小物まで希と選んだものがそのまま使われているのに、サイズはちゃんと私仕様に変わっている。

「まるで誂えたようだな」

島んちょも異様さに気づいたのか軽く腕を曲げ伸ばししていた。

喜びと緊張がない交ぜになりながらも、島んちょと一緒にチャペルに着いたのは二時間前。緑の鮮やかな庭を堪能する間もなく、スタッフにこちらですと案内された部屋で、あれこれいじられているうちにこの出で立ち。呆然としていたら同様に花婿に仕立て上げられた島んちょとご対面となった。

準備のために先に式場入りしていた筈の希には会えず、いくら人違いだと訴えても分かってもらえず、打ち合わせで顔を合わせた担当の女性ですら、承ったプランの通りだと言って引いてくれない。正直何が何だか全く理解できなくて途方に暮れている。

「希はどこに行っちゃったの」

両手の中にあるブーケを眺めながら、心細くてぽつりと零せば、島んちょがそっと私の肩に手を置いた。

「そんな顔するな」

「だって」

「せっかく…綺麗なのに」

島んちょの台詞に重なるように背後から聞こえた感嘆の声。

「綺麗です、真子先輩」

咄嗟に振り返ると、そこにはブルーのワンピースがよく似合う希と、臣君を抱っこしたブラックスーツの佐伯さんが立っていた。

「格好いいぞ、島津」

とっくに準備が済んでいると思っていた主役二人は、まるでゲストの装いで満足気に微笑んでいる。佐伯さんの腕の中で眠る臣君もちょっとおめかし。

「受け取って下さいね」

事情を訊ねる前に、嬉しそうに目を細めながら希が口を開いた。

「ずっと支えてくれてありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。真子先輩、島津さん」

しっかり頭を下げてから佐伯さんも続ける。

「二人がいなかったら、希さんと臣成と共にいることは叶わなかったかもしれません。本当に感謝しています。この結婚式は俺と希さんからのお礼です」

希と佐伯さんは初めからこの結婚式を私達にプレゼントするために、内緒で式場側と計画を進めていたのだそうだ。相談という形で打ち合わせに参加させたのも、ドレスのサイズはもちろん、アクセサリーやブーケ、ヘアアレンジなどの好みを確認するためだった。

「お似合いですよ、お二人とも」

ぐっと喉の奥が詰まった。じわじわと涙が溢れてくる。何か言おうにも言葉が出なくて私はひたすら頭を振った。

「俺達は何にもしてねーよ」

ぶっきらぼうに島んちょが洩らす。

本当にその通りだ。どんなに辛いときでも希は自分で決めたことを貫いてきた。私はそんな一人で頑張る希の力に何一つなれていない。

「俺と希さんにとっては、島津と真子さんが何を置いても真っ先に駆けつけてくれることが、一番の力になっていたんだよ」

私の心中を見透かしたように佐伯さんが優しく語る。大きく頷いた希がふふっと口元を綻ばせた。

「それにちゃんと叱ってくれるのも真子先輩だけですよ。他の人じゃ代わりにはなれません」

その一言で涙腺が決壊した。いつもぽけっとしているのに、もうどうしてこの娘は…!

「やっぱりライバルは希ちゃんだ」

泣き止みたいのに泣き止めず、しゃくり上げている私に向かって、島んちょが頭上で諦め混じりにぼやく。

「どうする? せっかくだから二人の気持ちを受け取って、結婚式を挙げさせて頂きますか? ごりまこさん」

こんなときにまでごりは余計だとむくれつつ、新郎ぶって丁寧にお伺いを立ててくる島んちょを見上げたとき、私は肝心なことが抜け落ちていることに思い至った。

「どうして結婚式なの?」

訝しげに首を傾げる島んちょ。

「あんたと私は友人じゃん」

つきあうどころか、好きの二文字も言われたことがないのに、いきなり結婚式を挙げるのはどう考えてもおかしい。それに気づかない島んちょも、お膳立てした希と佐伯さんもついでに変だ。

「今更そこに突っ込むのかよ」

げんなりと肩を落とす島んちょとは対照的に、佐伯夫妻はやけに楽しそうだ。臣君に駄目な島んちょですねー、と話しかけて笑っている。

「ったく、ふざけんなよ、ごりまこ。だから俺は家にお前を招んだとき言っただろう?」

「何をよ?」

「それは、あれだよ、あれ。びびでばびでぶう」

一瞬にして周囲から和やかな雰囲気が消し飛んだ。空気が読めていない希と臣君は例外として、佐伯さんの表情は完全に能面と化している。

「あぁ、嫁に行けない呪いね」

したり顔で返す私に、島んちょは慌てて口走った。

「違う! プロポーズだ!」

あらまぁとにこにこする希を余所に、私は大声で叫んでいた。

「そんなプロポーズあるかーっ!」

途端にタイミングよく臣君が泣き出した。



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