四角な彼は凩さん

文月 青

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日和編

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翌日の朝六時。私は一定の間隔で鳴らされるチャイムで目が覚めた。凩さんのおかげでお腹が満たされ、綺麗な部屋で眠る栄誉を与えられた私は、まだまだベッドにいたい気持ちを我慢して、ドア外に向かってどちら様ですかと声をかけた。

「おはようございます。凩です」

驚いてすぐドアを開けると、そこには大きな紙袋を抱えた凩さんが、昨日と違わぬスーツ姿と生真面目な顔で立っていた。

「おはようございま……って、どうしたんですか?」

凩さんにとって私は通りすがりの行き倒れ。偶然でもない限り、もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに、この自然なまでの訪問は一体何なの。

「朝食と昼食を作ってきました。また倒れては大変ですので」

保護者よろしくそう言って、凩さんは私に荷物を渡す。

「え?」

「電子レンジはあるようなので、ちゃんと温めてから食べて下さい」

「ちょ、ちょっと、凩さん?」

「私はこれから出勤しますので、夕食は仕事帰りに作りに来ます。ご飯だけは炊いておいて頂けると助かります。では」

「はい、いってらっしゃ……じゃなくて、凩さん!」

つられて見送りしかけて名前を呼ぶ。けれど凩さんは規則正しいペースで駐車場に向かい、きちんと隅に駐めた車に乗って走り去ってしまった。

「行動まで木枯らしだ」

ため息をついて私はドアを閉めた。テーブルに紙袋を置いて中を覗く。レンジ対応のタッパーに、おにぎりやサンドイッチ、梨やりんごといった果物が、綺麗にきっちり詰められていた。おまけにデザートのシュークリームまで。

「あの人はサンタクロースか」

昨日ここでご飯を作ってもらわなければ、美味しそうな料理の数々は、凩さんのお母さんの差し入れだと思ったことだろう。理由は分からないが、せっかく頂いたご馳走を冷蔵庫に並べながら、ふと凩さんは独身なのか気になった。

いくら私が二十歳の小娘でも、一応女には違いない。成り行きで助けたことはともかく、奥さんがいたら例え心配でも、こうして訪ねては来ない筈だ。では恋人はどうだろう。恋人……彼女……ガールフレンド……女友達……。

すぐに限界がきた。駄目だ。何というか必ず角を直角に曲がりそうな、向きを変えるときは回れ右をしていそうな凩さんが、女の人と愛を語らう姿を想像できない。

「五分後にキスします」

五分前行動ではないが、わざわざ予告してドン引きされていそうな予感。いやいや、こんな見ず知らずの私に親切にしてくれた人だ。料理も上手いし掃除も得意。もしかしたら尽くすタイプかもしれない。きっとモテる。

なのにやはり女の人とは結びつかないのは何故だ。




その日の夜。仕事帰りに買物したらしい凩さんが、エコバッグを二つ下げて現れた。仕事が長引いて遅くなりましたと謝られたが、そもそも彼が頭を下げる理由がない。お世話になっているのは私の方なのだ。エコバッグを持ち歩いていることにはびっくりしたが。

「ちゃんと食事は取れたんですね」

水切り籠に伏せてあった空のタッパーを見て、凩さんは満足そうに頷いた。はい。何だかんだほざきながらしっかり完食しました。ちゃっかりご飯も炊きました。

「美味しかったです。ありがとうございます」

お世辞ではなく本当に美味しかったので、私は素直にお礼を口にした。もっともご飯パワーに背中を押されて張り切って出かけた職探しは、今日も空振りに終わったのだけれど。

「希望の職種や具体的な目標、取得したい資格等はないのですか?」

「考えたことがないです。とにかく私に務まる仕事を見つけて、生活を賄うことで精一杯でしたから」

「そうですか。ではすぐに夕食の支度に取りかかります」

疲れているだろうに凩さんは手際よく準備を進めてゆく。トントンとリズミカルな音と共に、ベーコンや人参、玉ねぎがまな板の上で角切りになる。下手に手伝うと大惨事を引き起こすので、横に並んで何を作っているのか眺めると、やがて材料が水の入った鍋に投入された。

「野菜のスープご飯です。簡単なものですが」

凩さんには簡単でも私にとってはご馳走だ。ぐつぐつ煮えた鍋にスープの素が仲間入りし、ふんわり漂う柔らかな匂いに、たちまち胃が空腹を訴え始める。

「その様子だと体調は落ち着いたようですね」

表情筋まで硬いのか昨日からにこりともしない凩さんだが、眼鏡の奥の目が一瞬柔らかくなったような気がした。やがて鍋にご飯と塩胡椒、チーズを加えてできあがり。いつのまにかグレープフルーツのサラダまで添えられている。

「凩さんはいつでもお嫁に行けますね」

「私は男なのですが」

狭い部屋の中で脱力する私に、凩さんは困ったように眉を寄せた。出来上がったスープご飯をローテーブルに運び、

「では、私はこれで」

すっとお辞儀をして玄関に向かう。

「え? 帰るんですか?」

「二十一時になりますから」

ご飯を作った人が手をつけずに去る事態に焦り、当然のように呼び止める私も私だが、凩さんの答えもかなり的外れだ。確かに昨日もこの時間に帰っていたけれど。まさか門限?

「おやすみなさい」

躊躇なく凩さんはドアの外に消えた。

「あなたは十代ですか」

残された私は呆気に取られつつ、テーブルのスープご飯を一口掬い、素材が持つ味わいに不思議にほっこりした。



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