バツイチの恋

文月 青

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香さんの家を訪れた日から、何となく修司さんの機嫌がよろしくない。いつもの腹黒ポーズではなく、どちらかといえば子供みたいに拗ねている。終いにはのほほんとした私にも腹が立つと、意味もなく頭を小突かれる。でも実はそんな触れ合いですら嬉しいことは内緒。

「で? あんたはまた何やってんの」

十二月に入ってすぐの土曜日、仲居さん達と宴会場の前でお客様の誘導をしていた私は、その中の一人に驚いた顔で声をかけられた。

「それがいろいろありまして…。富沢さんこそどうして」

「先輩に捕まった。関係ないのに」

本日の十八時より承った宴会は、修司さんの会社の先輩が企画した「同期会兼忘年会」。元々は修司さんの紹介で桜屋を気に入ってくれた幹事さん(私が彼女と勘違いしたあの美人さん)が、本当に予約を入れて下さったもの。何がご縁になるか分からない。

「あんたのその格好は?」

修司さんは眉間に皺を寄せた。私は会場に案内しながらぼそぼそと呟く。

「研修です」

始まりは今日の終業後。清掃部門の人員は揃ったものの、これから年末年始を迎えるにあたり、接客部門の人手不足は否めず、またインフルエンザ等の病気も流行する時期でもあることから、急を要する際は他部門から応援に回れるよう、研修に参加してもらうことに決まったと主任から告げられたのだ。

「うちの場合、他のパートさんは夜の仕事は無理でしょ」

という全うな理由で私は参加を余儀なくされ、うちの母親と同年代のベテラン仲居さん達に、あっという間に着物を着付けられ、もっと見目麗しくしなさいと顔やら髪やら弄られ、俄か仲居さんとしてこの場にいたわけである。

私の場合は清掃のパートさんの家庭の事情がなくても、洗い物等の裏方仕事とはいえ、時々仲居さんの業務を手伝っていたので、この展開は誰もが読んでいたそうだが。

「会社の決定で断れなくて」

自ずとため息が洩れる。今日のところは初日なので配膳には着かず、飲物の栓抜きや食前酒のグラスの下膳をした後は洗い場に入るので、かなり救われているけれど、お客さんの前で粗相をしたらと考えると気鬱になる。しかも修司さんの会社の人達の前では絶対ご免被りたい。

「どう割引いても似合いませんよね」

常ならぬ自分が滑稽で涙が出そうだ。

「帰りは? バスはあるのか?」

修司さんも同意見なのか、その話題は避けて帰りの足の心配をしてくれている。

「最終に乗り遅れたら、主任が送ってくれることになっています」

「俺は泊らないから、終わったら連絡しろ」

耳元で低く囁いて修司さんは宛がわれた席に向かった。宴会前に既に不機嫌全開。やはり態度には表さずとも、香さんの妊娠は堪えていたのだろうか。




「不躾にごめんね。富沢に泣かされてたのって、君かな?」

食前酒のグラスの下膳をしている最中に、目の前の男性から唐突に訊ねられた。正直グラスにしか意識が行っていなかった私は、初対面の人からの妙な質問に困惑した。隣に座っている修司さんも不愉快そうに顔を歪めている。上司がいない同期だけの集まりのせいか、周囲は反対に乾杯が終わって和やかな雰囲気だ。

「人聞き悪いんですけど」

「あいつが言ってたんだよ。桜屋に下見に来たとき、お前が女の子泣かせて放置してる、貴重な現場に居合わせたって」

男性が楽し気に指差したのは、仲居さんの一人とメモを確認している幹事の女性。つまりこの方は女性の彼氏であり、修司さんの指導係だった先輩。

「女の子に声をかける富沢は珍しいから、もしかしてそうなのかなって」

さっき二人で話しているのを見かけたのだろうが、私の頭の中はそれどころではなかった。よもやあの日泣いている姿を目撃されていたとは思わなかった。しかも身に覚えのない出来事を露呈された修司さんは、難しい表情で黙り込んでいる。

「富沢と温泉なんて結びつかなかったし、泣かせる程女の子と深く関わっているなんて信じられなかったんだけど。マジで彼女?」

その言葉に修司さんが口を開く。

「この人は…」

けれど私の手前上手く説明できないらしい。途中で言い淀んでしまった。私は苦笑した。本当に変なところで気を使うのだから。

「違いますよ」

明るく答える私に修司さんも先輩もこちらに視線を移す。

「私は富沢さんの弟さんの同僚なんです」

「弟の?」

「はい。富沢さんにはご贔屓にして頂いております。なので先程の件は見間違いではないかと」

とぼける私に先輩は腕組みしながらうーんと唸った。修司さんはぐっと唇を噛んでいる。

「ご期待に沿えなくて申し訳ございません。失礼致します」

落胆する先輩に丁寧にお詫びをして、私は空のグラスを乗せたトレイを手に会場から下がった。冬なのに背中を冷や汗が伝う。修司さんに勘づかれてしまったかもしれない。どうして私のやることなすこと彼の迷惑になってしまうのだろう。負担にだけはなりたくないのに。




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