バツイチの恋

文月 青

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偶然修司さんと食事する機会に恵まれて、この楽しかった時間の余韻が、夢の中で続けばいいと願っていた私だったが、それとは裏腹に何故か現実の彼が最近目の前に現れるようになった。富沢くんの情報によれば、修司さんはしばらく他の地で暮らしており、昨年実家があるこの街に戻ってきたのだそうだ。

ならばどこかで顔を合わせても不思議ではないが、土、日仕事が休みの修司さんは、たまに桜屋の日帰り入浴を利用するようになったのだ。

「家にいるとお見合い好きの母親から、勝手に縁談を組まれるんだよ」

そうぼやかれたものの、意味が分からずに首を傾げていると、富沢・田坂両家のお母さんが親しくて、お互いの子供のカップリングに凝っているのだと、もの凄く不愉快そうに説明してくれた。しかも自分のお兄さんと、咲さんの妹さんは既に結婚しているのだという。

「一応悟と咲もそのくち」

もっとも悟はずっと咲に片想いしていたから、見合いなんかしなくてもくっついていただろうけど、とつけ加える。

「じゃあ富沢さんはトリですね」

何気なく返したら、修司さんはあっさり否定した。

「いや、それはない。向こうの長女は結婚して子供もいるし、俺も離婚したばっかりだから」

いきなりの爆弾発言である。

「出戻りなんだよ、俺」

男の場合もそういう表現をするのか謎だが、職場の同期であった奥さんとは昨年の十一月、二年の結婚生活の末に離婚したのだそうだ。奥さんは元々別の同僚とつきあっていて、振られた腹いせに修司さんと結婚したというだけでも驚きなのに、結局その人とよりが戻ったのをきっかけに、離婚に至ったというのだから言葉もない。

「俺も特に好きだったわけじゃないから、そこはお互い様だ」

未練など本当にないのか修司さんはさばさばしている。

「慰めるのはなしな。悟や咲は結構同情的だったからうざくて」

その気持ちは私も少しは理解できるので、うっかり口を滑らせてしまった。

「私もバツイチなのでそれはないです」

ほんの少し目を見開く修司さん。

「あんたもか。悟は何も言ってなかったが」

「隠しているわけじゃありませんが、殊更広めてもいないので」

「分かる。いろいろ面倒臭いよな」

結婚している間は合コンに誘われたり、妙な女を押しつけられない点だけはよかったんだがなと笑う修司さんは、私の離婚の理由については一切訊ねてこなかった。富沢くんよりも素っ気ない感じはするけれど、きっと根は優しい人なんだと思う。




修司さんが日帰り入浴に訪れた日は、富沢くんや咲さんも交えて一緒に食事をしたり、ドライブをすることが多くなった。離婚してからは他人との接触を控え、仕事や親しい友人以外と外出することがなかった私は、俄かに賑やかになった自分の周囲に戸惑っている。

ありがたいことに富沢くんも咲さんも、私のプライベートについては詮索してこないし、話の流れが怪しくなると修司さんが上手く逸らしてくれるので、さほど居心地の悪い状態にはならない。ただ駅の売店で働いているという咲さんは、土、日が出勤の場合もあるので、そのときは富沢くんは参加せず、私と修司さんの二人っきりになる。

「あいつは咲ありきだから」

ハンドルを握りながら修司さんは苦笑するが、私は彼の車の助手席に座ることにまだ慣れない。おまけに大勢のときは黙っていても、誰かしらが話を繋いでくれるので困らないが、二人だと相槌を打つのは自分しかいない。子供の頃から頭が悪く、気の利いたことの一つも言えない私には、嬉しいけれど拷問に近い状況なのであった。

「苦痛か?」

桜屋の裏手にある川を挟んだ広大な敷地に、季節ごとの花やたくさんの木々が植えられている公園がある。大きな吊り橋がかけられ、地元の家族連れや宿泊客がのんびり散策を楽しんでいる。今頃の時期は芝桜が見事だ。そこの駐車場の一角に車を停め、修司さんは当然のように私を伴って歩き始めた。

「男と一緒の空間にいるの」

ぎこちない態度の私に勘違いしたらしい。だから車から降りて外に出てくれたのだろう。私は申し訳なくなって、慌てて首を横に振った。

「違います。あの、私、面白味のない人間なので、富沢さんが退屈しているのではないかと」

「別に。俺は逆に楽だけど」

意外な答えに肩透かしを食った。うーんと背伸びをする修司さんの後ろに、少し花の時期を過ぎた芝桜がピンク色の姿を見せる。

「あんた自分の髪型とか服装とか褒められたいか?」

「全く」

残念ながらお洒落には興味がないし、修司さんに会うときは大抵埃を被った後なので、そもそも褒められる要素がない。

「ドレスコードのある店で食事したいか?」

「いえ。最初に連れていってもらったお店がいいです」

食事のマナーも食べ方も美しくない私にとって、お綺麗な店は美味しくても緊張を強いられるだけだ。

「だろ? 俺も同じ。休みのときくらい気を抜きたいんだよ」

「でも私なんかといて」

「俺がいいって言ってんの」

私の言葉をすぱっと遮ると、修司さんは綺麗なもんだなと眼前に広がる芝桜を眺めた。



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