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とうもろこし畑編
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今夜は全員で夕食の準備をすることになった。と言っても午後から隣町に出かけたお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが、美味しいお肉を買ってきてくれたのでメニューは焼肉。なのでメインの仕事は野菜を切ること。
でも毎日食事の支度をしているお祖母ちゃん達とは違い、お祖父ちゃんチームも私達中学生チームも、上手くいかずに悪戦苦闘中。先生役の女性陣にびしびししごかれている。本当に合宿みたいだ。あれ? 確か私も女だったような。
「気のせいかみんなラブラブじゃないか?」
人参の皮をむきながら、大輔がお祖父ちゃん達を眺めている。確かにそれぞれがペアになっている姿は和やかで、どうやら小沢夫妻に影響されたらしい。
うちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、もう何やってるのとじゃれ合いながら。板倉夫妻は口数は少ないものの、阿吽の呼吸で連携プレー。上福元夫妻は言わずと知れた、二人でハミングしまくり。そして小沢夫妻はというと。
「これで今夜はバッチリだな」
「子供の前で馬鹿なことほざいてんじゃないの」
おっちゃんがお祖母ちゃんにどつかれていた。
「みんないい感じに収まっているのが不思議だね」
大輔がこっそり囁く。お祖父ちゃんというグローブにボールのお祖母ちゃん。いや、この場合逆かも。お祖母ちゃん達がどっしり構えて、あちこち自由に飛んでゆくお祖父ちゃん達を捕まえる。
なるほど。キャッチャーが女房役と表現されるのは、強ち比喩ではないのかもしれない。それなら家は正しくホームだ。みんなが還って来る場所なのだから。
「そういえば明日はプロ野球開幕だな」
一本目の皮をむき終えた大輔が、二本目に手を伸ばしながら弾んだ声を出した。
「文緒はどこのファンなんだ?」
「楽天」
ピーマンの種を取りながら、次の台詞の予想をする。
「マジ? 地元球団でもないのに」
好きな球団の話をすると、大抵この答えが返ってくる。きっかけは他愛ない。父の友人に楽天の球場付近に居を構えている人がいて、楽天が日本一になった年に連れて行ってもらったのだ。
確かクライマックスシリーズの第三戦だったろうか。試合の流れはぼんやりとしか記憶に残っていないが、美馬投手の好投と球場の一体感に圧倒されて、それ以来気になる球団になったのだ。
「そういう大輔は?」
「ロッテ」
大輔だって地元球団ではない。そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。彼がぼそっとつけ加える。
「初めて生で観た試合がロッテ戦だったんだよ。対戦チームは憶えてないけど」
似たような理由だ。きっと取っ掛かりなんてそんなものなのだ。けれどずっと好きでいるのは、やはり何か自分を惹きつけるものがあるから。
「今時の子はパ・リーグに詳しいんだな」
いつのまにか野菜を切り終えて、こちらの話に耳を傾けていたお祖父ちゃんが苦笑する。テレビ中継がなくても情報はスマホで充分拾えるので、ご贔屓球団が一つに偏ることはない。
「やっぱり巨人だろうが」
肩をそびやかす小沢のおっちゃんに、上福元さんとお祖父ちゃんが続く。
「だよね」
「まあな」
しかし一名強力な猛虎ファンがいる。
「お前らバース、掛布、岡田の三連発を忘れたか」
そこからバックスクリーンがどうとか、原とクロマティがこうとか、お祖父ちゃん達は野球談議という名の喧嘩に突入。お祖母ちゃん達はいつものことだと放って、鉄板の準備に取りかかっていた。私も野菜を運ぼうとしたところで、エプロンのポケットからメールの着信音が届き、少し遅れて家の固定電話が鳴った。
「そんな、あと一日しかないのに」
受話器を持ったお祖母ちゃんが、こちらを見ながら眉間に皺を寄せている。おそらく相手は母だ。事務的な短い文章を読んだ私は、ため息をついてスマホをポケットに戻した。
「文緒、お母さんから連絡は入ってる?」
電話を切ったお祖母ちゃんが残念そうに問う。私は無言で頷いた。
「何かあったのか?」
今度は大輔が心配そうに私を窺った。
「明日迎えにくるから、帰る準備をしておくようにって」
「何で? あと一日だけなのに」
さっきのお祖母ちゃんと同じ台詞を繰り返す。
「明後日はお父さんの都合が悪くなったんだって」
「明日の何時に来るんだよ?」
「お昼までには」
淡々と答える私とは反対に、大輔の表情が雲ってゆく。お祖母ちゃん達も揉めていたお祖父ちゃん達も、皆一様に落胆している。
「明日の昼間はホームランダービーの予定だったんだがな。夜には全員揃ってプロ野球の開幕戦を観て」
板倉に打たれっ放しなのによ、と小沢のおっちゃんが口を尖らせた。まだ根に持っているのがおっちゃんらしくてつい笑みが零れてしまう。
「最後に皆で出発ものだと思っていたのに。送られるのも辛いけど、たった一日でも今は文緒ちゃんを見送るのは…」
そう言って板倉のお祖母ちゃんは自分の孫に視線を移す。大輔は唇を引き結んで私を眺めていたが、やがて切った人参のお皿を手に座敷に歩いて行った。
でも毎日食事の支度をしているお祖母ちゃん達とは違い、お祖父ちゃんチームも私達中学生チームも、上手くいかずに悪戦苦闘中。先生役の女性陣にびしびししごかれている。本当に合宿みたいだ。あれ? 確か私も女だったような。
「気のせいかみんなラブラブじゃないか?」
人参の皮をむきながら、大輔がお祖父ちゃん達を眺めている。確かにそれぞれがペアになっている姿は和やかで、どうやら小沢夫妻に影響されたらしい。
うちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、もう何やってるのとじゃれ合いながら。板倉夫妻は口数は少ないものの、阿吽の呼吸で連携プレー。上福元夫妻は言わずと知れた、二人でハミングしまくり。そして小沢夫妻はというと。
「これで今夜はバッチリだな」
「子供の前で馬鹿なことほざいてんじゃないの」
おっちゃんがお祖母ちゃんにどつかれていた。
「みんないい感じに収まっているのが不思議だね」
大輔がこっそり囁く。お祖父ちゃんというグローブにボールのお祖母ちゃん。いや、この場合逆かも。お祖母ちゃん達がどっしり構えて、あちこち自由に飛んでゆくお祖父ちゃん達を捕まえる。
なるほど。キャッチャーが女房役と表現されるのは、強ち比喩ではないのかもしれない。それなら家は正しくホームだ。みんなが還って来る場所なのだから。
「そういえば明日はプロ野球開幕だな」
一本目の皮をむき終えた大輔が、二本目に手を伸ばしながら弾んだ声を出した。
「文緒はどこのファンなんだ?」
「楽天」
ピーマンの種を取りながら、次の台詞の予想をする。
「マジ? 地元球団でもないのに」
好きな球団の話をすると、大抵この答えが返ってくる。きっかけは他愛ない。父の友人に楽天の球場付近に居を構えている人がいて、楽天が日本一になった年に連れて行ってもらったのだ。
確かクライマックスシリーズの第三戦だったろうか。試合の流れはぼんやりとしか記憶に残っていないが、美馬投手の好投と球場の一体感に圧倒されて、それ以来気になる球団になったのだ。
「そういう大輔は?」
「ロッテ」
大輔だって地元球団ではない。そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。彼がぼそっとつけ加える。
「初めて生で観た試合がロッテ戦だったんだよ。対戦チームは憶えてないけど」
似たような理由だ。きっと取っ掛かりなんてそんなものなのだ。けれどずっと好きでいるのは、やはり何か自分を惹きつけるものがあるから。
「今時の子はパ・リーグに詳しいんだな」
いつのまにか野菜を切り終えて、こちらの話に耳を傾けていたお祖父ちゃんが苦笑する。テレビ中継がなくても情報はスマホで充分拾えるので、ご贔屓球団が一つに偏ることはない。
「やっぱり巨人だろうが」
肩をそびやかす小沢のおっちゃんに、上福元さんとお祖父ちゃんが続く。
「だよね」
「まあな」
しかし一名強力な猛虎ファンがいる。
「お前らバース、掛布、岡田の三連発を忘れたか」
そこからバックスクリーンがどうとか、原とクロマティがこうとか、お祖父ちゃん達は野球談議という名の喧嘩に突入。お祖母ちゃん達はいつものことだと放って、鉄板の準備に取りかかっていた。私も野菜を運ぼうとしたところで、エプロンのポケットからメールの着信音が届き、少し遅れて家の固定電話が鳴った。
「そんな、あと一日しかないのに」
受話器を持ったお祖母ちゃんが、こちらを見ながら眉間に皺を寄せている。おそらく相手は母だ。事務的な短い文章を読んだ私は、ため息をついてスマホをポケットに戻した。
「文緒、お母さんから連絡は入ってる?」
電話を切ったお祖母ちゃんが残念そうに問う。私は無言で頷いた。
「何かあったのか?」
今度は大輔が心配そうに私を窺った。
「明日迎えにくるから、帰る準備をしておくようにって」
「何で? あと一日だけなのに」
さっきのお祖母ちゃんと同じ台詞を繰り返す。
「明後日はお父さんの都合が悪くなったんだって」
「明日の何時に来るんだよ?」
「お昼までには」
淡々と答える私とは反対に、大輔の表情が雲ってゆく。お祖母ちゃん達も揉めていたお祖父ちゃん達も、皆一様に落胆している。
「明日の昼間はホームランダービーの予定だったんだがな。夜には全員揃ってプロ野球の開幕戦を観て」
板倉に打たれっ放しなのによ、と小沢のおっちゃんが口を尖らせた。まだ根に持っているのがおっちゃんらしくてつい笑みが零れてしまう。
「最後に皆で出発ものだと思っていたのに。送られるのも辛いけど、たった一日でも今は文緒ちゃんを見送るのは…」
そう言って板倉のお祖母ちゃんは自分の孫に視線を移す。大輔は唇を引き結んで私を眺めていたが、やがて切った人参のお皿を手に座敷に歩いて行った。
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