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とうもろこし畑編
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その夜夕食を食べている最中に、お祖父ちゃんの家の固定電話に母から電話があった。あれこれ話し込んだ後、こちらに受話器を渡したお祖母ちゃんは、分かったの一言で電話を切った私に驚いていた。小沢のお祖母ちゃんも上福元のお祖母ちゃんも、あまりにもそっけないと目を点にしていたが、
「無理無駄のない、しっかりした娘だわ。やっぱりうちの孫の嫁に欲しい」
板倉のお祖母ちゃんだけはうっとりと洩らし、大輔を酷く慌てさせていた。大輔の父親と私の母親が結婚しなかったことに、よほど悔いがあるのだろう。
「冗談なんだから真に受けなくても」
中断していた食事を再開する私に、大輔はぶすっとほっぺたを膨らませる。
「そうかよ」
昨日からどうも情緒不安定だ。よもや生理ということはあるまいに。
「ところでお母さんは何て?」
体格は似たり寄ったりでも食事の量は全然違う。私も女にしては食べるけれど、やはり男の底なしの食欲とは別だ。いずれ大輔は私をあっさり追い抜いて、手の届かない場所に行ってしまうのだろう。そう思うと少しだけ淋しい気がした。
「引越しの手伝いをするつもりが、荷造りはほぼ終わっていると聞いたから、三十一日は私を迎えに来てそのまま自宅に帰るって」
「新しいじいさん達の家には」
「自分達が行くともてなそうとして、逆に仕事が増えるだろうから、落ち着いた頃に訪ねることにするみたい」
「そうか」
残念そうに呟き、ひたすらご飯をかき込んでいる。そういえば大輔の新居はお祖父ちゃん達の家と、どのくらい離れているのだろう。遊びに行ったらこうして当然のように会えるのだろうか。
「大輔の家はお祖父ちゃんの所と近いの?」
「電車で一時間と言ってたかな」
近くはないが遠くもないといった距離だ。でもこのときの私は分かっていなかった。身内でも友達でもない、性別の違う子供同士が簡単に会うのは難しいことを。
「また遊べるといいね」
だからまたいつでも会えると信じていた。
「そうだな」
おそらく大輔も。
「文緒ちゃん、いつでもお嫁にいらっしゃいね」
板倉のお祖母ちゃんは、自分達も息子夫婦にお世話になる形だったせいか、半ば本気で口にしていたのかもしれない。家族としておいで、と。
「でも大輔と結婚したら、野球チーム分の子供を産んでとか言われそうだよね」
呑気にほざいた私を、うちのお祖母ちゃんと一緒に、それはそれは淋しそうに眺めていた。
「言うか、あほ!」
大輔だけが真っ赤な顔で気を吐いていた。
じい様達は今夜も酔っ払って、いびき合戦を繰り広げているので、私と大輔はお茶を飲みながら、お祖母ちゃん達に結婚の馴れ初めを聞いていた。と言っても全員が幼馴染で、親の決めた結婚だったらしい。
「嫌だと思ったりしなかったの?」
お祖母ちゃん達の場合は、見ず知らずの人が相手ではなかったがために、助かる面も拒みたい面もあったのではなかろうか。少なくとも私は野球チームの仲間を、恋愛対象として捉えたことはない。
「私は別に。お祖父ちゃんは昔から優しかったから」
とはうちのお祖母ちゃんの弁。確かに二人は仲睦まじい。
「私もそうね。野球馬鹿で特に愛想がいいわけではないけど、浮気なんかとは無縁の人だもの」
次に板倉のお祖母ちゃん。なるほど。野球一筋な分、家族にも一途かもしれない。
「私は家が隣同士で、兄のように慕っていたから、逆によかったかな。一緒にいて楽しい人だしね」
上福元のお祖母ちゃんが続く。これは文句なしで白旗。明るい家庭なのがよく分かる。
「私は絶対に嫌だったわ。式の前日まで逃げ出せないかと考えていたもの」
小沢のお祖母ちゃんが拳を握り締めて呟いた。うーん。笑っていいやら悪いやら。
「あれ? 当日じゃなくて前日?」
ふいに大輔が質問した。
「鋭いじゃない、大輔のくせに」
容赦ない小沢のお祖母ちゃん。本来の性格なのか、旦那様に似たものか。
「式の前日の夜、小沢のお祖父ちゃんがプロポーズに来たんだって」
ふふっと上福元のお祖母ちゃんが、旦那さんみたいなふくよかな体を揺らし、柔らかい表情で笑う。
「プロポーズ?」
私と大輔は声を揃えて仰天した。否応なく結婚することが決まっていたのに、わざわざプロポーズをしに行ったなんて。それもあの小沢のおっちゃんが。
「びっくりでしょ? 私らも度肝を抜かれたわよ。四人の中で一番色恋に疎そうじゃない?」
板倉のお祖母ちゃんに一票。あの小沢のおっちゃんの口から、惚れたの腫れたのいう言葉が出るとは想像できない。
「何て言ったのか、聞いてもいい?」
恐る恐る訊ねる私に、小沢のお祖母ちゃんは可笑しそうに頷いた。
結婚が決まってからというもの、小沢のお祖母ちゃんはずっと塞いでいたのだそうだ。相手は子供の頃からガキ大将で、野球しか能のない、スマートな男らしさや優しさの欠片も持たない男だったからだ。
だから視線も合わせなかったし、必要以上の会話もしなかった。いっそのこと昔の女でも名乗り出て、破談にしてくれないかとまで思っていたそうだ。
ところが結婚式の前夜。家の外にお祖母ちゃんを呼び出した小沢のおっちゃんは、
「俺は野球以外に、何の取り柄もない男だ。誰よりも幸せにするとは約束できない。でも絶対不幸にしないと誓う。頼むから嫁に来てくれ」
真面目な顔で告げたのだという。後から聞いた話によれば、小沢のおっちゃんはお祖母ちゃんのことを、ずっと好きだったのだそうだ。
「毎日いがみ合ってはいるけど、まぁ不幸ではないわね」
微笑んだ小沢のお祖母ちゃんは、不幸どころか幸せそのものに見えた。私と大輔、そして四人のお祖母ちゃん達は、急に大きくなったいびきに、顔を見合わせてこっそり笑った。
「無理無駄のない、しっかりした娘だわ。やっぱりうちの孫の嫁に欲しい」
板倉のお祖母ちゃんだけはうっとりと洩らし、大輔を酷く慌てさせていた。大輔の父親と私の母親が結婚しなかったことに、よほど悔いがあるのだろう。
「冗談なんだから真に受けなくても」
中断していた食事を再開する私に、大輔はぶすっとほっぺたを膨らませる。
「そうかよ」
昨日からどうも情緒不安定だ。よもや生理ということはあるまいに。
「ところでお母さんは何て?」
体格は似たり寄ったりでも食事の量は全然違う。私も女にしては食べるけれど、やはり男の底なしの食欲とは別だ。いずれ大輔は私をあっさり追い抜いて、手の届かない場所に行ってしまうのだろう。そう思うと少しだけ淋しい気がした。
「引越しの手伝いをするつもりが、荷造りはほぼ終わっていると聞いたから、三十一日は私を迎えに来てそのまま自宅に帰るって」
「新しいじいさん達の家には」
「自分達が行くともてなそうとして、逆に仕事が増えるだろうから、落ち着いた頃に訪ねることにするみたい」
「そうか」
残念そうに呟き、ひたすらご飯をかき込んでいる。そういえば大輔の新居はお祖父ちゃん達の家と、どのくらい離れているのだろう。遊びに行ったらこうして当然のように会えるのだろうか。
「大輔の家はお祖父ちゃんの所と近いの?」
「電車で一時間と言ってたかな」
近くはないが遠くもないといった距離だ。でもこのときの私は分かっていなかった。身内でも友達でもない、性別の違う子供同士が簡単に会うのは難しいことを。
「また遊べるといいね」
だからまたいつでも会えると信じていた。
「そうだな」
おそらく大輔も。
「文緒ちゃん、いつでもお嫁にいらっしゃいね」
板倉のお祖母ちゃんは、自分達も息子夫婦にお世話になる形だったせいか、半ば本気で口にしていたのかもしれない。家族としておいで、と。
「でも大輔と結婚したら、野球チーム分の子供を産んでとか言われそうだよね」
呑気にほざいた私を、うちのお祖母ちゃんと一緒に、それはそれは淋しそうに眺めていた。
「言うか、あほ!」
大輔だけが真っ赤な顔で気を吐いていた。
じい様達は今夜も酔っ払って、いびき合戦を繰り広げているので、私と大輔はお茶を飲みながら、お祖母ちゃん達に結婚の馴れ初めを聞いていた。と言っても全員が幼馴染で、親の決めた結婚だったらしい。
「嫌だと思ったりしなかったの?」
お祖母ちゃん達の場合は、見ず知らずの人が相手ではなかったがために、助かる面も拒みたい面もあったのではなかろうか。少なくとも私は野球チームの仲間を、恋愛対象として捉えたことはない。
「私は別に。お祖父ちゃんは昔から優しかったから」
とはうちのお祖母ちゃんの弁。確かに二人は仲睦まじい。
「私もそうね。野球馬鹿で特に愛想がいいわけではないけど、浮気なんかとは無縁の人だもの」
次に板倉のお祖母ちゃん。なるほど。野球一筋な分、家族にも一途かもしれない。
「私は家が隣同士で、兄のように慕っていたから、逆によかったかな。一緒にいて楽しい人だしね」
上福元のお祖母ちゃんが続く。これは文句なしで白旗。明るい家庭なのがよく分かる。
「私は絶対に嫌だったわ。式の前日まで逃げ出せないかと考えていたもの」
小沢のお祖母ちゃんが拳を握り締めて呟いた。うーん。笑っていいやら悪いやら。
「あれ? 当日じゃなくて前日?」
ふいに大輔が質問した。
「鋭いじゃない、大輔のくせに」
容赦ない小沢のお祖母ちゃん。本来の性格なのか、旦那様に似たものか。
「式の前日の夜、小沢のお祖父ちゃんがプロポーズに来たんだって」
ふふっと上福元のお祖母ちゃんが、旦那さんみたいなふくよかな体を揺らし、柔らかい表情で笑う。
「プロポーズ?」
私と大輔は声を揃えて仰天した。否応なく結婚することが決まっていたのに、わざわざプロポーズをしに行ったなんて。それもあの小沢のおっちゃんが。
「びっくりでしょ? 私らも度肝を抜かれたわよ。四人の中で一番色恋に疎そうじゃない?」
板倉のお祖母ちゃんに一票。あの小沢のおっちゃんの口から、惚れたの腫れたのいう言葉が出るとは想像できない。
「何て言ったのか、聞いてもいい?」
恐る恐る訊ねる私に、小沢のお祖母ちゃんは可笑しそうに頷いた。
結婚が決まってからというもの、小沢のお祖母ちゃんはずっと塞いでいたのだそうだ。相手は子供の頃からガキ大将で、野球しか能のない、スマートな男らしさや優しさの欠片も持たない男だったからだ。
だから視線も合わせなかったし、必要以上の会話もしなかった。いっそのこと昔の女でも名乗り出て、破談にしてくれないかとまで思っていたそうだ。
ところが結婚式の前夜。家の外にお祖母ちゃんを呼び出した小沢のおっちゃんは、
「俺は野球以外に、何の取り柄もない男だ。誰よりも幸せにするとは約束できない。でも絶対不幸にしないと誓う。頼むから嫁に来てくれ」
真面目な顔で告げたのだという。後から聞いた話によれば、小沢のおっちゃんはお祖母ちゃんのことを、ずっと好きだったのだそうだ。
「毎日いがみ合ってはいるけど、まぁ不幸ではないわね」
微笑んだ小沢のお祖母ちゃんは、不幸どころか幸せそのものに見えた。私と大輔、そして四人のお祖母ちゃん達は、急に大きくなったいびきに、顔を見合わせてこっそり笑った。
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