とうもろこし畑のダイヤモンド

文月 青

文字の大きさ
上 下
44 / 55
再会編

25

しおりを挟む
本人は軽く引っ張っているつもりだったのだろうが、じわじわと痛みが広がってきたので、私は大輔の両手を自分の手で掴んで離した。ところがほっぺたをさすろうとしたのに、何故か大輔は私の手を握り返す。暑さのせいで手がベタベタしているというのに、何を考えているのやら。

「いい加減にしないか、板倉ヘタレ」

ぴしゃっと叱りつけると、大輔はびっくりしたように手を離し、やがてがっくりと肩を落とした。

「今それ持ち出すのやめろよ。結構トラウマなんだぞ。試合のときに本当にそう呼ばれるんじゃないかって」

上福元のお祖母ちゃんの威力は凄い。プロポーズ小沢と互角の勝負だ。私はひとしきり笑った後に表情を改めた。

「もしかしたらサークルが立ち上がらない可能性もあるんだよ? そうしたら野球はできないんだよ? それでもいいの?」

今度は感情的にならずにゆっくり畳みかける。

「初めからそのつもりだ」

一歩も引く気がない大輔に、私は諦めてため息をついた。

「分かった。ただし野球部の練習にはできるだけ参加して、助っ人が必要なときは優先すること。それが守れるなら協力をお願いします」

「そんな半端な状態でいいのか?」

「半端じゃないよ。野球部には色々助けてもらっているんだから、向こうの要請には応えないと。ああ二階さんはどうする? 水野さんはこっちに貸そうかって言ってくれてるけど」

大輔と二階さんを入れてもまだ三人。夏休みが明けたらもう少し本格的に宣伝していかないと、事態はいつまで経っても変わらない。

「そこで二階の名前を出す文緒の無神経さに呆れる。今に始まったことではないけど」

「勘違いしないでよ。野球部に紹介したのが私だから責任あるでしょ」

理由が大輔だからと言えたら楽なのに。あれ? でも二人はやっぱりつきあい出したんだっけ? それなら遠慮はいらない筈。

「大輔は二階さんとつきあってる?」

一応確認すると、うんざりしたように睨まれた。

「真っ向否定したよな?」

毎度同じことを蒸し返されると、さすがにぶん殴りたくなるぞと、物騒な台詞を吐く。

「妬いてくれてる…じゃないよな」

じゃあ勝手に人の恋心を伝えるわけにはいかない。そう考えて唸っていると、ふいに大輔が淋しそうに零した。

「自分だって立派に鈍感男のくせに」

石井さんからも大輔が気の毒だと諭されて、普段はしない気遣いをしているつもりだっただけに、私も段々苛ついてきた。

「大輔は私に何をして欲しいわけ? 好きだなんて一言も言われていないのに、妬いて欲しいって意味分かんない」

そこで大輔は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

「今更? そこからなのか? ちょっと待て。文緒お前相変わらず馬鹿?」

何気に失礼な発言だな。

「五年も会っていないのに、忘れるどころか俺はこれだけ文緒にまとわりついてるんだぞ?」

「だから何? 小沢のおっちゃん達だって、私のこと忘れてないじゃん」

「じいさん達と同列に考えるな」

険悪なムードになりかけたとき、ぱんぱんと手を叩く音が大きく響いた。

「そこまでだ」

笑いを噛み殺している水野さんと、爆笑している石井さんが姿を現す。

「聞いてたんですか」

諦めたように嘆息する大輔に、水野さんが悪びれずに言う。

「老婆心だ。ありがたいと思え。邪魔をするつもりはなかったが、桂にお客さんが来たんでな」

「お客?」

水野さんが黙って自分の背後を示す。女子軟式野球サークルの紀藤さん達四人の姿があった。彼女達はお互いに目配せした後、揃ってぺこんと頭を下げた。

「一緒にサークルを作らせて下さい」

神妙な面持ちで紀藤さんが口を開く。

「兄が野球をやっていたの。上手くはなかったけど、毎日練習に励んでいるのを見て、自分も始めてみたいと思った。でも桂さんと同じように、私の住んでいる地域でも女子に教えてくれるところはなくて。大学でサークルがあると知ったときは嬉しかった」

表情が徐々に雲る。

「経験者の先輩達がいる間は楽しくて、メンバーもたくさんいたの。けれど卒業したら活動が滞るようになって、日々誰かが辞めていって、残ったのは私達だけだった」

その後は以前二階さんから聞いた話の通りなのだろう。

「本当は冴子が抜けた時点で、サークルとしては認められないんだけど、しがみつくものが欲しくて、まだ上には報告していなかったの」

ぎゅっと唇を噛んだ後、紀藤さんは真っ直ぐに私をみつめた。

「もう一度野球をやってみたい。教えてくれる?」

「喜んで」

私は嬉しくなって立ち上がった。紀藤さん達もほっとしたように胸を撫で下ろす。

「これで板倉を抜いても五人だな、桂」

「はい。早速サークルの申請手続きを取ります。そうだ水野さん。しばらくは第一グラウンド、借りてもいいです?」

「任せておけ。俺の方からかけあっておく。活動方針についても上手く話しておこう」

さくさくと話を進める私と水野さんに、紀藤さん達は呆気に取られ、石井さんは「早っ! さすがダブル水野」と吹き出し、そして大輔は心底嬉しそうに目を細めていた。

「大輔、安心して野球部に戻っていいからね」

私がぽんと肩を叩くと、大輔ははいはいと頷いた。

「言うと思ったよ」

「やっぱり放置プレイだ」

石井さんの一言で中庭には明るい笑い声が広がってゆく。私はみんなの顔をゆっくり眺める。元は他人で、この先も知り合うことはなかったかもしれない人達。

ねえお祖父ちゃん。私にもきっととうもろこし畑のダイヤモンドで、ずっと共に駆け回る大切な人達ができるよね。お祖父ちゃん達みたいに。

新しい今日に胸を膨らませながら、私は甲子園の季節を彩る暑い夏の青空を見上げた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ぼくたちのたぬきち物語

アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。 どの章から読みはじめても大丈夫です。 挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。 アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。 初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。 この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。 🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀 たぬきちは、化け狸の子です。 生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。 たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です) 現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。 さて無事にたどり着けるかどうか。 旅にハプニングはつきものです。 少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。 届けたいのは、ささやかな感動です。 心を込め込め書きました。 あなたにも、届け。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】かみなりのむすめ。

みやこ嬢
キャラ文芸
【2022年2月5日完結、全95話】 少女に宿る七つの光。 それは守護霊や悪霊などではなく、彼女の魂に執着する守り神のような存在だった。 *** 榊之宮夕月(さかきのみや・ゆうづき)は田舎の中学に通う平凡でお人好しな女の子。 夢は『可愛いおばあちゃんになること』! しかし、ある日を境に日常が崩壊してしまう。 虚弱体質の兄、榊之宮朝陽(さかきのみや・あさひ)。謎多き転校生、八十神時哉(やそがみ・ときや)。そして、夕月に宿る喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲の七つの魂。 夕月のささやかな願いは叶うのか。 *** 怪異、神様、友情、恋愛。 春の田舎町を舞台に巻き起こる不思議。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

処理中です...