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再会編
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お祖父ちゃんが倒れたという連絡を貰ったのは、大輔と口をきかなくなって十日ほど過ぎた頃だった。最初に知らされたのは実家の母で、さすがに驚いてすぐに駆けつけたらしい。幸い命に別状はなく、二、三日の入院で大丈夫だということだったが、
「文緒の顔が見たいな」
すっかり元気をなくしたお祖父ちゃんが、私に会いたいと洩らしていたため、大学が休めるようならお見舞いに行って欲しいと頼まれたのだ。
梅雨入りしてじめじめとした雨が降り続く中、軟式野球部の練習も滞りがち。私は当然のように大輔を誘おうとしたけれど、彼はいまだにへそを曲げて私を避けている。なので何かあったときのために、水野さんにだけは事情を打ち明け、私は一人で祖父母の暮らす街に向かった。
電車を乗り継いで三時間近く。以前暮らしていた村よりは活気のある、けれど緑は格段に少ない所に、二人は部屋を借りて住んでいる。みんなで合宿もどきの雑魚寝などできそうもない、二部屋だけのこじんまりとした生活だ。
「文緒か! よく来た!」
二階建てアパートの一階角部屋のチャイムを鳴らすと、飛び出してきたのは何故か小沢のおっちゃんだった。皺が増えたようだが日焼けした顔に、相変わらずJAの帽子を被っている。
「大輔はどうした? 一緒なんだろう? 買物でもしてるのか?」
どうしてここにいるのか訊ねる間もなく、矢継ぎ早に質問が繰り出される。久し振りなのにこんなのありか。全く変わっていないじゃないか。
「大輔は来てないよ。彼女がいるから」
少し落ち着いてもらおうと、一人で来たことを伝えると、今度は部屋の中から「はーっ?」という複数の声が届いた。小沢のおっちゃんを押し退けて室内を覗くと、何とそこには懐かしい、とうもろこし畑の面々が揃っていた。
「わー、久しぶり!」
ところが喜び勇んで靴を脱ぐ私を余所に、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん達は大騒ぎをしている。
「ばあさん、すぐに大輔に電話しろ」
「言われなくても! 本当にあの子は一体何をやっているの!」
特に板倉夫妻がいきり立っている。
「ちょっと待って。邪魔しちゃ駄目だよ」
私は慌ててガラケーを持つ、板倉のお祖母ちゃんの手を押さえた。
「大輔は私の面倒を見る代わりに、彼女を放ったらかしにしてたんだよ」
暗に連絡しないよう訴えると、板倉のお祖母ちゃんは困ったように眉を八の字に下げた。やっぱり大輔に似ている。
「文緒ちゃん…。でも大輔は本当に」
「それより元気だったの? そうだ。お祖父ちゃんは?」
小沢のおっちゃんに度肝を抜かれて、肝心なことを忘れていた。二間続きの和室の奥、布団の中で上半身を起こしているお祖父ちゃんに駆け寄る。
「疲れが出ただけだ。大事ない。よく来てくれたな、文緒」
少しやつれてはいたが、以前と同じ力強い口調で答える。傍らのお祖母ちゃんも嬉しそうに笑っていた。
「それに綺麗になったわね」
「孫に甘いなあ。そんなこと誰も言わないよ?」
照れ隠しで頭を掻いたら、板倉、小沢、上福元の各お祖母ちゃんが、ずいっと前に出てきた。
「大輔も言わないの?」
何故か知らないがめちゃくちゃ怒っている。みんなどことなくふくよかで、さらにパワフルになっているのは気のせいだろうか。
「別に。ああ、暴力女とかぼやいてたかな」
ぽろっと零すなり、お祖母ちゃん達の目が吊り上がった。
「おもいーいこんだーらー、しーれんのーみーちーいを」
そこですかさず歌を口ずさむ上福元さんに、板倉のお祖父ちゃんが怒鳴る。
「巨人の星はやめろ」
アンチ巨人は健在らしい。私はおかしくなって吹き出した。
「みんな変わりないみたいだね」
「あたぼうよ!」
小沢のおっちゃんがお約束の台詞で息巻く。それぞれ新しい暮らしはあれど、お祖父ちゃんが倒れたとの報を受け、心配して集まってくれたのだそうだ。
私は順繰りにみんなの顔を眺めた。小沢のおっちゃん、煩いとおっちゃんの耳を引っ張るお祖母ちゃん。ちょっと不機嫌な板倉のお祖父ちゃんと、まだ大輔の文句を呟いているお祖母ちゃん。こっそり巨人の星の続きを歌う上福元さんと、一緒に体を揺らしているお祖母ちゃん。
そして寝床にグローブを持ち込んでいるうちのお祖父ちゃんと、ボールを後ろ手に隠し持っているお祖母ちゃん。頭が薄くなったり、白髪が増えたり、外見の変化は否めないけれど、あの春の日と同じようにみんな笑顔だ。
「五年ぶりね。帰りを待っていたわよ、文緒ちゃん」
お祖母ちゃん達が目を潤ませる。
「勝ち逃げはさせんからな。再試合をするまでは年など取らん」
「小沢はそればかりだな」
暑苦しい小沢のおっちゃんに呆れる、したり顔のお祖父ちゃん達。
みんなの背後にとうもろこし畑が浮かんだように見えて、私は心から破顔した。
「ただいま!」
「文緒の顔が見たいな」
すっかり元気をなくしたお祖父ちゃんが、私に会いたいと洩らしていたため、大学が休めるようならお見舞いに行って欲しいと頼まれたのだ。
梅雨入りしてじめじめとした雨が降り続く中、軟式野球部の練習も滞りがち。私は当然のように大輔を誘おうとしたけれど、彼はいまだにへそを曲げて私を避けている。なので何かあったときのために、水野さんにだけは事情を打ち明け、私は一人で祖父母の暮らす街に向かった。
電車を乗り継いで三時間近く。以前暮らしていた村よりは活気のある、けれど緑は格段に少ない所に、二人は部屋を借りて住んでいる。みんなで合宿もどきの雑魚寝などできそうもない、二部屋だけのこじんまりとした生活だ。
「文緒か! よく来た!」
二階建てアパートの一階角部屋のチャイムを鳴らすと、飛び出してきたのは何故か小沢のおっちゃんだった。皺が増えたようだが日焼けした顔に、相変わらずJAの帽子を被っている。
「大輔はどうした? 一緒なんだろう? 買物でもしてるのか?」
どうしてここにいるのか訊ねる間もなく、矢継ぎ早に質問が繰り出される。久し振りなのにこんなのありか。全く変わっていないじゃないか。
「大輔は来てないよ。彼女がいるから」
少し落ち着いてもらおうと、一人で来たことを伝えると、今度は部屋の中から「はーっ?」という複数の声が届いた。小沢のおっちゃんを押し退けて室内を覗くと、何とそこには懐かしい、とうもろこし畑の面々が揃っていた。
「わー、久しぶり!」
ところが喜び勇んで靴を脱ぐ私を余所に、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん達は大騒ぎをしている。
「ばあさん、すぐに大輔に電話しろ」
「言われなくても! 本当にあの子は一体何をやっているの!」
特に板倉夫妻がいきり立っている。
「ちょっと待って。邪魔しちゃ駄目だよ」
私は慌ててガラケーを持つ、板倉のお祖母ちゃんの手を押さえた。
「大輔は私の面倒を見る代わりに、彼女を放ったらかしにしてたんだよ」
暗に連絡しないよう訴えると、板倉のお祖母ちゃんは困ったように眉を八の字に下げた。やっぱり大輔に似ている。
「文緒ちゃん…。でも大輔は本当に」
「それより元気だったの? そうだ。お祖父ちゃんは?」
小沢のおっちゃんに度肝を抜かれて、肝心なことを忘れていた。二間続きの和室の奥、布団の中で上半身を起こしているお祖父ちゃんに駆け寄る。
「疲れが出ただけだ。大事ない。よく来てくれたな、文緒」
少しやつれてはいたが、以前と同じ力強い口調で答える。傍らのお祖母ちゃんも嬉しそうに笑っていた。
「それに綺麗になったわね」
「孫に甘いなあ。そんなこと誰も言わないよ?」
照れ隠しで頭を掻いたら、板倉、小沢、上福元の各お祖母ちゃんが、ずいっと前に出てきた。
「大輔も言わないの?」
何故か知らないがめちゃくちゃ怒っている。みんなどことなくふくよかで、さらにパワフルになっているのは気のせいだろうか。
「別に。ああ、暴力女とかぼやいてたかな」
ぽろっと零すなり、お祖母ちゃん達の目が吊り上がった。
「おもいーいこんだーらー、しーれんのーみーちーいを」
そこですかさず歌を口ずさむ上福元さんに、板倉のお祖父ちゃんが怒鳴る。
「巨人の星はやめろ」
アンチ巨人は健在らしい。私はおかしくなって吹き出した。
「みんな変わりないみたいだね」
「あたぼうよ!」
小沢のおっちゃんがお約束の台詞で息巻く。それぞれ新しい暮らしはあれど、お祖父ちゃんが倒れたとの報を受け、心配して集まってくれたのだそうだ。
私は順繰りにみんなの顔を眺めた。小沢のおっちゃん、煩いとおっちゃんの耳を引っ張るお祖母ちゃん。ちょっと不機嫌な板倉のお祖父ちゃんと、まだ大輔の文句を呟いているお祖母ちゃん。こっそり巨人の星の続きを歌う上福元さんと、一緒に体を揺らしているお祖母ちゃん。
そして寝床にグローブを持ち込んでいるうちのお祖父ちゃんと、ボールを後ろ手に隠し持っているお祖母ちゃん。頭が薄くなったり、白髪が増えたり、外見の変化は否めないけれど、あの春の日と同じようにみんな笑顔だ。
「五年ぶりね。帰りを待っていたわよ、文緒ちゃん」
お祖母ちゃん達が目を潤ませる。
「勝ち逃げはさせんからな。再試合をするまでは年など取らん」
「小沢はそればかりだな」
暑苦しい小沢のおっちゃんに呆れる、したり顔のお祖父ちゃん達。
みんなの背後にとうもろこし畑が浮かんだように見えて、私は心から破顔した。
「ただいま!」
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