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再会編

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六月に入り、梅雨を前にして時折夏を予想させる暑い日も出てきた。軟式野球部はしばらく通常練習のみになるそうで、部員もどことなくゆったりした雰囲気だ。二階さんは慣れないながらもマネージャーの仕事を頑張っていて、その姿に部内でも好感を持たれているらしい。

学内で一番親しい女の子だと話していた通り、最近は大輔と二階さんが連れ立っているところをよく見かける。きっと二階さんの念願だった、野球の話ができるようになったのだろう。

「別れたの?」

大輔との仲を勘違いしていた一年女子や野球部の面々は、口を揃えて突っ込んでくるが、私達は別れるどころか、初めからつきあってなどいない。

「板倉の心変わりが原因?」

いつぞや私と対決もどきをした、野球部のピッチャーである石井さんは、学食で顔を合わせるなり、わざわざ中庭まで追いかけてきて問い質す。

「大輔に好きだと言われた記憶が、そもそもありませんよ」

憮然として答えると、石井さんは信じられないという表情で首を振った。せっかくの癒しの時間が、最近野球部に邪魔されているような気がする。

「あれだけ一緒にいて、君ら一体何やってんの」

「キャッチボールとランニングですが」

「げっ! マジそんなん? ばっかじゃないの」

この人は大輔と同じ二年生で、一応先輩にあたるけれど、ちょっと蹴っ飛ばしてやりたくなった。

「文緒ちゃんから、水野さんと同じ匂いがしてきた」

「あそこまで殺伐としていますか、私」

うっかり本音を洩らしたところで、背後から不服そうな声が近づいてくる。ほら来た野球部の主。

「大概失礼だな、桂」

よほど眠いのだろう。半目で欠伸をしながら、いつものように隣のベンチにころんと横になった。

「え? 何? 二人待ち合わせ?」

水野さんの昼寝の習慣を知らないのだろう。とんちんかんな石井さんに、私と水野さんは同時に否定した。

「違う」

「やっぱり水野臭が」

「俺はゴミか」

呆れたように目を閉じる水野さん。発想に若さがないというか、人生も後半に差しかかったような色を醸しているくせに、いざ試合になると一番諦めが悪いのもまたこの人だというから驚く。

「もっとも板倉の行動は、俺にも解せんがな」

水野さんはそれだけ呟いて、すぐにすーすー寝息を立て始めた。

「こんな所で一瞬にして眠れるとは。いつもこうなの?」

「はい。アラームが鳴るまでまず起きませんよ」

「ああ、元カノに振られた原因、これだったのか」

納得したように石井さんが苦笑した。最初にここで会ったとき、水野さんは前につきあっていた人に、気遣いが足りないと怒られたと言っていた。そのことに関係があるのだろうか。

「どうしても試合や練習優先になるでしょ、俺ら。放って置かれることが多い分、せめて昼休みとか、練習のない日は自分のために使って欲しいと思うじゃん、彼女なら」

でも水野さんは野球ありきの人なので、自分のペースを崩されるのを嫌がる。邪険にしているわけではないが、自分はいなくてもいいと感じた彼女から、袖にされるということが過去に二度ほどあったのだそうだ。

「文緒ちゃんはこれ、平気なんだ?」

「私も元々一人で休憩に来てるので、無理して構われるのは逆にうざいです、と初っ端に断りを入れました」

「なるほど。やっぱり女版水野さんだ」

石井さんはおかしそうに笑った。




翌日の軟式野球部の練習日。私は第一グラウンドに向かった。女子軟式野球サークルの会長と連絡を取りたくて、マネージャーをしている二階さんを訪ねるつもりだった。

近くまでくると元気なかけ声と共に、ノックの風景が目に入る。私はグラウンドを囲むフェンスの大分手前で足を止めた。

部員の数が増えてレギュラー争いも激しさを増したのだろう。男子部員はもとより、必死でボールに食らいつく女子部員も、みんなを支えようと走り回る二階さんも、生き生きととてもいい表情をしていた。

「どうした?」

何故か声をかける気になれなくて、帰ろうと踵を返したら、真正面に水野さんが立っていた。足音が聞こえなかったので、びっくりして飛び上がりそうになった。

「妬けるか?」

訊ねられてふたたび振り返ると、バックネットの裏で大輔と二階さんが笑顔で言葉を交わしている。

「どうしてですか?」

二人の仲睦まじい姿は、学内でも目にしているので、場所が変わったところで特に感慨はない。

「気落ちしているように見えるが」

鋭いと言えば鋭い。私は肩をすくめた。

「理由は違いますよ」

「何があった?」

「何でしょうね」

適当に答えを濁して、私は水野さんの横をすり抜けた。その場を離れてから、脇目もふらずに駆け出す。すれ違う学生が驚いていたけれど、無性に体を動かしたかった。

やがて第二グラウンドに辿り着いた。今日はソフト部の練習がないらしく、幸い周囲には誰もいなかった。私は整備されたグラウンドに足を踏み入れ、疲れるまでひたすら走り続けた。

「どういうつもりだ」

ぐったりして仰向けに倒れていると、青空を背景に水野さんの険しい顔が現れた。

「何に苛ついているのか知らんが、勝手にグラウンドを使用するのはルール違反だ。他人に迷惑をかける輩は、すぐにここから去れ」

私はゆっくり起き上がった。

「すみませんでした」

「俺に謝っても仕方ないだろう」

にべもない。

「手伝うから、さっさとグラウンドを整備しろ」

かと思えば妙に面倒見がいい。やはり私じゃなくて司に似ている。叱られているにも関わらず、でも慰められるよりずっとありがたくて、私の気持ちはほっこりした。





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