29 / 55
再会編
10
しおりを挟む
翌日の夕方。帰り際に私のアパートに立ち寄った大輔から、練習を見学に来た二階さんが、マネージャーとして入部したことを聞いた。二階さんが女子軟式野球サークルに在籍していたと、水野さんに教えられたらしい大輔は、寝耳に水の話にかなり驚いたという。
「明るい子だけど、スポーツとは無縁だと思っていたから、まあ意外と言えば意外だな」
本日の夕食はから揚げ丼。早めに帰宅した私が、料理サイトで紹介されていたものを、何のアレンジも加えずに分量通り作ってみたのだが、見本とは出来が違うのは何故だろう。
「美味いぞ」
いつものようにがつがつご飯を掻き込む大輔に、私は不審な目を向けた。
「本当に?」
「ほぼ毎日一緒に飯を食ってるんだぞ。嘘をついたら後々大変だろうが」
確かにその通りだ。私は安心して自分も食べ始めた。
「ところで大輔と二階さんは仲がいいの?」
事実をありのままに口にしそうな水野さんも、二階さんが野球に関わった本当の理由は伏せていたようである。単に揉め事を避けているだけかもしれないが。
「そうだな。学内では一番親しい女かも」
つまり脈ありということか。高校三年間は彼女がいなかった大輔にも、とうとう恋の季節の到来だ。
実はお昼前に司から電話があった。
「渡辺に嫌われた」
真琴の初恋の人の正体が、とうとう司だったとバレてしまい、怒った真琴に大嫌いと詰られたのだそうだ。
「謝っても口をきいてくれない」
いつも飄々としていて、水野さんに近いタイプだと思っていた司が、野球以外のことでへこんでいるのは珍しい。
「日曜日の練習も親父に頼むから、遠慮なく野球部に入れって」
そもそものきっかけは、真琴を慕う彼女のクラスメイトの野球部員が、司を野球部に誘い始めたことにあるらしい。正捕手を欠いていたチームは、司がキャッチャーだったと知り、夏の県予選に出場して欲しいと頼んでいるのだから、ずいぶんと腕を買われたものだ。
「野球部に入部する気はあるの?」
「認めてもらえるのは嬉しいが、今は渡辺との練習を中途半端にしたくない」
司にとって真琴はいろんな意味で、大切な存在なのだろう。
「桂先輩はわざと黙っていましたね?」
司と前後するように連絡をしてきた真琴は、嘘の片棒を担いだと、最初は私にも怒りを滲ませたけれど、
「司が会いたかった人だと分かって嫌だったの?」
確認するように訊ねたら、即座に否定の言葉が返ってきた。
「それはないです。新入生の勧誘期間の二週間も、日曜日の練習も、凄く充実していました」
もっともだと思う。私の頼みを渋々引き受けた筈の司が、むしろ生きがいを見出したかのように楽しんでいたのだ。それはきっと真琴も同じだろう。
「真琴はこの先司とどうしたい?」
「どう、というと?」
「頭に来たからこのまま縁を切る?」
電話の向こうで真琴が息を飲むのが分かった。
「真琴の考えは分からないけど、司は野球部に入ることよりも、真琴と一緒に練習する時間の方が、ずっと大切みたいよ」
「まさか。だって私、全然上手くならないし、岸くんも仕方なくつきあってくれてるんじゃ…」
驚いたような様子に、司の真意が全く伝わっていないことを知った。
「どうでもいい相手に時間を割くほど、あいつはお人好しじゃないよ」
世話好きの一面はあるけれど、それだけで毎週真琴の予定に合わせたりしない。今回の仲違いで、司も自分の気持ちに気づきかけている…ことを願う。
「せっかく幸運にも会えたんだから、手放したら勿体ないんじゃない?」
私はそう言って話を締めくくった。真琴はうーんと唸っていたけれど、これで良い方向に変わってくれたら嬉しい。
「文緒。ろくでもないこと考えてるだろ」
日中の二人とのやり取りを脳裏に浮かべていた私を、大輔が胡乱な目つきで見ていた。丼はとっくに空だ。
「何も。ただじれったくて」
「じれったい?」
今度は不思議そうに目を瞬く。私は司と真琴の現状を掻い摘んで教えた。
「俺はそっくりお前に言いたいよ」
ところが大輔は困ったように眉根を寄せる。
「じいさん達の方がよほど察しがいい」
麦茶を一息に飲み干して、静かにコップをおいた後、大輔はじっと私の顔を眺めた。
「祖母ちゃんがさ、お盆に文緒を連れて来いって真面目に煩いんだけど、お前、どうする?」
「別にいいよ。迷惑でなければ。ただうちのお祖父ちゃん家にも行くよ」
「冗談抜きで花嫁衣装の採寸をされるかもしれないぞ」
夢みる乙女の板倉のお祖母ちゃんが、メジャーを手に待ち構えている姿が想像できる。
「そういえば大輔、昔野球チーム分の子供を作るって言ってなかったっけ?」
ふと思い出して洩らしたら、大輔が焦ったように喚いた。
「ばっ、ばかやろ。それは文緒の台詞だ。俺はお前との子供なら、もの凄いスラッガーになるって」
「それで小沢のおっちゃんに、子供の作り方も知らないくせにって、毒づかれたんだよね」
当時を懐かしんで笑う私に、大輔はうっすら目元を染めて、今は知ってるよとぼやいていた。
「明るい子だけど、スポーツとは無縁だと思っていたから、まあ意外と言えば意外だな」
本日の夕食はから揚げ丼。早めに帰宅した私が、料理サイトで紹介されていたものを、何のアレンジも加えずに分量通り作ってみたのだが、見本とは出来が違うのは何故だろう。
「美味いぞ」
いつものようにがつがつご飯を掻き込む大輔に、私は不審な目を向けた。
「本当に?」
「ほぼ毎日一緒に飯を食ってるんだぞ。嘘をついたら後々大変だろうが」
確かにその通りだ。私は安心して自分も食べ始めた。
「ところで大輔と二階さんは仲がいいの?」
事実をありのままに口にしそうな水野さんも、二階さんが野球に関わった本当の理由は伏せていたようである。単に揉め事を避けているだけかもしれないが。
「そうだな。学内では一番親しい女かも」
つまり脈ありということか。高校三年間は彼女がいなかった大輔にも、とうとう恋の季節の到来だ。
実はお昼前に司から電話があった。
「渡辺に嫌われた」
真琴の初恋の人の正体が、とうとう司だったとバレてしまい、怒った真琴に大嫌いと詰られたのだそうだ。
「謝っても口をきいてくれない」
いつも飄々としていて、水野さんに近いタイプだと思っていた司が、野球以外のことでへこんでいるのは珍しい。
「日曜日の練習も親父に頼むから、遠慮なく野球部に入れって」
そもそものきっかけは、真琴を慕う彼女のクラスメイトの野球部員が、司を野球部に誘い始めたことにあるらしい。正捕手を欠いていたチームは、司がキャッチャーだったと知り、夏の県予選に出場して欲しいと頼んでいるのだから、ずいぶんと腕を買われたものだ。
「野球部に入部する気はあるの?」
「認めてもらえるのは嬉しいが、今は渡辺との練習を中途半端にしたくない」
司にとって真琴はいろんな意味で、大切な存在なのだろう。
「桂先輩はわざと黙っていましたね?」
司と前後するように連絡をしてきた真琴は、嘘の片棒を担いだと、最初は私にも怒りを滲ませたけれど、
「司が会いたかった人だと分かって嫌だったの?」
確認するように訊ねたら、即座に否定の言葉が返ってきた。
「それはないです。新入生の勧誘期間の二週間も、日曜日の練習も、凄く充実していました」
もっともだと思う。私の頼みを渋々引き受けた筈の司が、むしろ生きがいを見出したかのように楽しんでいたのだ。それはきっと真琴も同じだろう。
「真琴はこの先司とどうしたい?」
「どう、というと?」
「頭に来たからこのまま縁を切る?」
電話の向こうで真琴が息を飲むのが分かった。
「真琴の考えは分からないけど、司は野球部に入ることよりも、真琴と一緒に練習する時間の方が、ずっと大切みたいよ」
「まさか。だって私、全然上手くならないし、岸くんも仕方なくつきあってくれてるんじゃ…」
驚いたような様子に、司の真意が全く伝わっていないことを知った。
「どうでもいい相手に時間を割くほど、あいつはお人好しじゃないよ」
世話好きの一面はあるけれど、それだけで毎週真琴の予定に合わせたりしない。今回の仲違いで、司も自分の気持ちに気づきかけている…ことを願う。
「せっかく幸運にも会えたんだから、手放したら勿体ないんじゃない?」
私はそう言って話を締めくくった。真琴はうーんと唸っていたけれど、これで良い方向に変わってくれたら嬉しい。
「文緒。ろくでもないこと考えてるだろ」
日中の二人とのやり取りを脳裏に浮かべていた私を、大輔が胡乱な目つきで見ていた。丼はとっくに空だ。
「何も。ただじれったくて」
「じれったい?」
今度は不思議そうに目を瞬く。私は司と真琴の現状を掻い摘んで教えた。
「俺はそっくりお前に言いたいよ」
ところが大輔は困ったように眉根を寄せる。
「じいさん達の方がよほど察しがいい」
麦茶を一息に飲み干して、静かにコップをおいた後、大輔はじっと私の顔を眺めた。
「祖母ちゃんがさ、お盆に文緒を連れて来いって真面目に煩いんだけど、お前、どうする?」
「別にいいよ。迷惑でなければ。ただうちのお祖父ちゃん家にも行くよ」
「冗談抜きで花嫁衣装の採寸をされるかもしれないぞ」
夢みる乙女の板倉のお祖母ちゃんが、メジャーを手に待ち構えている姿が想像できる。
「そういえば大輔、昔野球チーム分の子供を作るって言ってなかったっけ?」
ふと思い出して洩らしたら、大輔が焦ったように喚いた。
「ばっ、ばかやろ。それは文緒の台詞だ。俺はお前との子供なら、もの凄いスラッガーになるって」
「それで小沢のおっちゃんに、子供の作り方も知らないくせにって、毒づかれたんだよね」
当時を懐かしんで笑う私に、大輔はうっすら目元を染めて、今は知ってるよとぼやいていた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ときめきざかりの妻たちへ
まんまるムーン
ライト文芸
高校卒業後から20年が過ぎ、朋美は夫と共に「きさらぎヶ丘」へ引っ越してきた。
そこでかつての仲良しグループのメンバーだったモッコと再会する。
他の2人のメンバーは、偶然にも近くに住んでいた。
夫と妻の役割とは…
結婚すると恋をしてはいけないのか…
夫の浮気とどう立ち向かうのか…
女の人生にはいつも悩みが付きまとう。
地元屈指のお嬢様学校の仲良しグループだった妻たちは、彼女たちの人生をどう輝かせるのか?
ときめきざかりの妻たちが繰り広げる、ちょっぴり切ないラブストーリー。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる