上 下
20 / 55
再会編

1

しおりを挟む
四月の終わり頃、司から「女子軟式野球同好会」が正式に廃会になったと連絡があった。真琴は最後までいつも通りに振る舞っていたけれど、相当無理をしているのではないかと心配していた。事実司と前後するように、廃会の報せをくれた真琴は、しょんぼりしたような声で何度も謝っていた。

「ありがとね、司。あとは自由に高校生活を満喫して」

強引に引き受けてもらった見守り役だ。労いの言葉と共に、真琴から手を引いて構わないと暗に告げたつもりだった。

「それでいいのかよ」

ところが司は何故か煮え切らない。聞けば廃会決定以後、真琴とは顔も合わせていないらしい。

「渡辺の奴、絶対に野球をやりたがっているぞ」

どうやらこの期に及んでも自分を頼ってくれない真琴に、司は珍しく苛ついている。

新入会員の勧誘期間である二週間以内に、五名の会員を確保できなければ廃会というのが、母校の同好会の規定である。会長の真琴の他に、今回マネージャーとして司も入会したので(聞いたときは爆笑したが)、存続のためにはあと三名が必要だった。

紆余曲折を経て結局廃会への道を辿ったのだが、あれだけ運動音痴だと罵倒していた真琴が、自分の手から離れてしまったので、司は物足りなくて仕方がないのだろう。

「親父のチームの手伝いでも頼もうと思っていたのに。ついでに練習相手になってやれるし」

要するに一緒にいる理由が無くなって、しかも自分のそんな気持ちに気づいていないから、暇のせいにしているのだ。もっとも真琴は毎週日曜日、少年野球チームの練習終了後、岸監督から教えを受けている。主にルール等の知識面だが、そのうち司が知ったら怒るかもしれない。

「あいつにも可愛いところあるんじゃん」

年下の澄ました男が、好きな女一人にやきもきしている姿を想像すると、自然に口元が綻んでくる。

「誰からの電話で浮かれてるんだ?」

練習を終えたらしい大輔が、背後から私の手元のスマホを覗き込んだ。ユニフォームをまとった体から、うっすら汗の匂いがする。

「また司か」

既に通話は済んでいるのに、見たことも会ったこともない筈なのに、すっかり馴染んでしまった人物の名前を上げる。

「お疲れ様」

中庭のベンチに座って、司からの連絡を受けていた私は、くすっと小さく笑って大輔を振り返った。昔のように拗ねた顔がそこにあり、無性に嬉しくなる。

「ずっとここにいたのか?」

「少し前から。緑が多くて落ち着くの」

周囲を木々に囲まれた中庭の数個のベンチには、友達と戯れている人もいれば、一人で本を読んでいる人もいる。でもみんなどこかゆったりした感じだ。

「そわそわしている奴もいるがな」

大輔はため息をついて、私の額を指で弾いた。

「変な男にちょっかい出されていないだろうな」

何かを牽制する如く、視線でぐるりと中庭を一周する。

「そんな物好き、大輔くらいだよ」

額を撫でつつ口を尖らせた私に、大輔は一瞬言葉を詰まらせた。

「き、着替えてくるから待ってろよ」

苛々と頭を掻いて踵を返し、そそくさと部室棟に走ってゆく。私は首を傾げながら、大輔の後ろ姿を見送っていた。




私のアパートの近くにある公園で、時々大輔とキャッチボールをするのが、新生活を始めて最初の習慣になった。確実に力の差がついてしまったけれど、それでも誰かとボールを投げ合うことは楽しい。

「残念ながら廃部になりました」

大学にあると思っていた女子軟式野球部は、実は今年の三月に廃部となっていた。年々入部希望者が減少し、試合どころか練習にも支障が出ていたのだそうだ。どこかで聞いたような話である。

「趣味として活動しているサークルならありますが…」

以前野球部に所属していたという女性が、親切に教えてくれたが、そこは月に一度練習ができれば良いという、非常に緩い集まりらしい。どうりで語尾を濁したわけだ。

なので現在私は身の振り方を模索中なのである。

「また自分で立ち上げるのか?」

訊ねながら夕暮れの公園で、私に向かってボールを放る大輔。再会した日に女子軟式野球同好会の話をしていたので、大輔がそう考えるのも無理はない。

「迷ってる」

自分のグローブでボールを捕って、再び投げ返す私。同好会を作ったことは後悔していない。けれど残された真琴に存続の責任を負わせ、挙句廃会の現場に立ち合わせた現実を考えると、自分の気持ちを優先してばかりもいられない。

「焦らなくてもいいだろ。今はいつでも二人でキャッチボールができるしな」

加減をしてくれているのだろうが、大輔は力強い球を投げ込んでくる。体格差もさることながら、比例するように開いた力の違いが、少しだけ淋しい。

私はぎゅっと握りしめてから、あえてボールを緩やかに投げた。分かっている。全てがあの頃のままじゃない。

「そうだね」

二人が別々の時間を歩んできたことを実感する私を、山なりのボールをグローブに収めた大輔は、複雑な表情で眺めていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン
ライト文芸
高校卒業後から20年が過ぎ、朋美は夫と共に「きさらぎヶ丘」へ引っ越してきた。 そこでかつての仲良しグループのメンバーだったモッコと再会する。 他の2人のメンバーは、偶然にも近くに住んでいた。 夫と妻の役割とは… 結婚すると恋をしてはいけないのか… 夫の浮気とどう立ち向かうのか… 女の人生にはいつも悩みが付きまとう。 地元屈指のお嬢様学校の仲良しグループだった妻たちは、彼女たちの人生をどう輝かせるのか? ときめきざかりの妻たちが繰り広げる、ちょっぴり切ないラブストーリー。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

処理中です...