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再会編
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四月の終わり頃、司から「女子軟式野球同好会」が正式に廃会になったと連絡があった。真琴は最後までいつも通りに振る舞っていたけれど、相当無理をしているのではないかと心配していた。事実司と前後するように、廃会の報せをくれた真琴は、しょんぼりしたような声で何度も謝っていた。
「ありがとね、司。あとは自由に高校生活を満喫して」
強引に引き受けてもらった見守り役だ。労いの言葉と共に、真琴から手を引いて構わないと暗に告げたつもりだった。
「それでいいのかよ」
ところが司は何故か煮え切らない。聞けば廃会決定以後、真琴とは顔も合わせていないらしい。
「渡辺の奴、絶対に野球をやりたがっているぞ」
どうやらこの期に及んでも自分を頼ってくれない真琴に、司は珍しく苛ついている。
新入会員の勧誘期間である二週間以内に、五名の会員を確保できなければ廃会というのが、母校の同好会の規定である。会長の真琴の他に、今回マネージャーとして司も入会したので(聞いたときは爆笑したが)、存続のためにはあと三名が必要だった。
紆余曲折を経て結局廃会への道を辿ったのだが、あれだけ運動音痴だと罵倒していた真琴が、自分の手から離れてしまったので、司は物足りなくて仕方がないのだろう。
「親父のチームの手伝いでも頼もうと思っていたのに。ついでに練習相手になってやれるし」
要するに一緒にいる理由が無くなって、しかも自分のそんな気持ちに気づいていないから、暇のせいにしているのだ。もっとも真琴は毎週日曜日、少年野球チームの練習終了後、岸監督から教えを受けている。主にルール等の知識面だが、そのうち司が知ったら怒るかもしれない。
「あいつにも可愛いところあるんじゃん」
年下の澄ました男が、好きな女一人にやきもきしている姿を想像すると、自然に口元が綻んでくる。
「誰からの電話で浮かれてるんだ?」
練習を終えたらしい大輔が、背後から私の手元のスマホを覗き込んだ。ユニフォームをまとった体から、うっすら汗の匂いがする。
「また司か」
既に通話は済んでいるのに、見たことも会ったこともない筈なのに、すっかり馴染んでしまった人物の名前を上げる。
「お疲れ様」
中庭のベンチに座って、司からの連絡を受けていた私は、くすっと小さく笑って大輔を振り返った。昔のように拗ねた顔がそこにあり、無性に嬉しくなる。
「ずっとここにいたのか?」
「少し前から。緑が多くて落ち着くの」
周囲を木々に囲まれた中庭の数個のベンチには、友達と戯れている人もいれば、一人で本を読んでいる人もいる。でもみんなどこかゆったりした感じだ。
「そわそわしている奴もいるがな」
大輔はため息をついて、私の額を指で弾いた。
「変な男にちょっかい出されていないだろうな」
何かを牽制する如く、視線でぐるりと中庭を一周する。
「そんな物好き、大輔くらいだよ」
額を撫でつつ口を尖らせた私に、大輔は一瞬言葉を詰まらせた。
「き、着替えてくるから待ってろよ」
苛々と頭を掻いて踵を返し、そそくさと部室棟に走ってゆく。私は首を傾げながら、大輔の後ろ姿を見送っていた。
私のアパートの近くにある公園で、時々大輔とキャッチボールをするのが、新生活を始めて最初の習慣になった。確実に力の差がついてしまったけれど、それでも誰かとボールを投げ合うことは楽しい。
「残念ながら廃部になりました」
大学にあると思っていた女子軟式野球部は、実は今年の三月に廃部となっていた。年々入部希望者が減少し、試合どころか練習にも支障が出ていたのだそうだ。どこかで聞いたような話である。
「趣味として活動しているサークルならありますが…」
以前野球部に所属していたという女性が、親切に教えてくれたが、そこは月に一度練習ができれば良いという、非常に緩い集まりらしい。どうりで語尾を濁したわけだ。
なので現在私は身の振り方を模索中なのである。
「また自分で立ち上げるのか?」
訊ねながら夕暮れの公園で、私に向かってボールを放る大輔。再会した日に女子軟式野球同好会の話をしていたので、大輔がそう考えるのも無理はない。
「迷ってる」
自分のグローブでボールを捕って、再び投げ返す私。同好会を作ったことは後悔していない。けれど残された真琴に存続の責任を負わせ、挙句廃会の現場に立ち合わせた現実を考えると、自分の気持ちを優先してばかりもいられない。
「焦らなくてもいいだろ。今はいつでも二人でキャッチボールができるしな」
加減をしてくれているのだろうが、大輔は力強い球を投げ込んでくる。体格差もさることながら、比例するように開いた力の違いが、少しだけ淋しい。
私はぎゅっと握りしめてから、あえてボールを緩やかに投げた。分かっている。全てがあの頃のままじゃない。
「そうだね」
二人が別々の時間を歩んできたことを実感する私を、山なりのボールをグローブに収めた大輔は、複雑な表情で眺めていた。
「ありがとね、司。あとは自由に高校生活を満喫して」
強引に引き受けてもらった見守り役だ。労いの言葉と共に、真琴から手を引いて構わないと暗に告げたつもりだった。
「それでいいのかよ」
ところが司は何故か煮え切らない。聞けば廃会決定以後、真琴とは顔も合わせていないらしい。
「渡辺の奴、絶対に野球をやりたがっているぞ」
どうやらこの期に及んでも自分を頼ってくれない真琴に、司は珍しく苛ついている。
新入会員の勧誘期間である二週間以内に、五名の会員を確保できなければ廃会というのが、母校の同好会の規定である。会長の真琴の他に、今回マネージャーとして司も入会したので(聞いたときは爆笑したが)、存続のためにはあと三名が必要だった。
紆余曲折を経て結局廃会への道を辿ったのだが、あれだけ運動音痴だと罵倒していた真琴が、自分の手から離れてしまったので、司は物足りなくて仕方がないのだろう。
「親父のチームの手伝いでも頼もうと思っていたのに。ついでに練習相手になってやれるし」
要するに一緒にいる理由が無くなって、しかも自分のそんな気持ちに気づいていないから、暇のせいにしているのだ。もっとも真琴は毎週日曜日、少年野球チームの練習終了後、岸監督から教えを受けている。主にルール等の知識面だが、そのうち司が知ったら怒るかもしれない。
「あいつにも可愛いところあるんじゃん」
年下の澄ました男が、好きな女一人にやきもきしている姿を想像すると、自然に口元が綻んでくる。
「誰からの電話で浮かれてるんだ?」
練習を終えたらしい大輔が、背後から私の手元のスマホを覗き込んだ。ユニフォームをまとった体から、うっすら汗の匂いがする。
「また司か」
既に通話は済んでいるのに、見たことも会ったこともない筈なのに、すっかり馴染んでしまった人物の名前を上げる。
「お疲れ様」
中庭のベンチに座って、司からの連絡を受けていた私は、くすっと小さく笑って大輔を振り返った。昔のように拗ねた顔がそこにあり、無性に嬉しくなる。
「ずっとここにいたのか?」
「少し前から。緑が多くて落ち着くの」
周囲を木々に囲まれた中庭の数個のベンチには、友達と戯れている人もいれば、一人で本を読んでいる人もいる。でもみんなどこかゆったりした感じだ。
「そわそわしている奴もいるがな」
大輔はため息をついて、私の額を指で弾いた。
「変な男にちょっかい出されていないだろうな」
何かを牽制する如く、視線でぐるりと中庭を一周する。
「そんな物好き、大輔くらいだよ」
額を撫でつつ口を尖らせた私に、大輔は一瞬言葉を詰まらせた。
「き、着替えてくるから待ってろよ」
苛々と頭を掻いて踵を返し、そそくさと部室棟に走ってゆく。私は首を傾げながら、大輔の後ろ姿を見送っていた。
私のアパートの近くにある公園で、時々大輔とキャッチボールをするのが、新生活を始めて最初の習慣になった。確実に力の差がついてしまったけれど、それでも誰かとボールを投げ合うことは楽しい。
「残念ながら廃部になりました」
大学にあると思っていた女子軟式野球部は、実は今年の三月に廃部となっていた。年々入部希望者が減少し、試合どころか練習にも支障が出ていたのだそうだ。どこかで聞いたような話である。
「趣味として活動しているサークルならありますが…」
以前野球部に所属していたという女性が、親切に教えてくれたが、そこは月に一度練習ができれば良いという、非常に緩い集まりらしい。どうりで語尾を濁したわけだ。
なので現在私は身の振り方を模索中なのである。
「また自分で立ち上げるのか?」
訊ねながら夕暮れの公園で、私に向かってボールを放る大輔。再会した日に女子軟式野球同好会の話をしていたので、大輔がそう考えるのも無理はない。
「迷ってる」
自分のグローブでボールを捕って、再び投げ返す私。同好会を作ったことは後悔していない。けれど残された真琴に存続の責任を負わせ、挙句廃会の現場に立ち合わせた現実を考えると、自分の気持ちを優先してばかりもいられない。
「焦らなくてもいいだろ。今はいつでも二人でキャッチボールができるしな」
加減をしてくれているのだろうが、大輔は力強い球を投げ込んでくる。体格差もさることながら、比例するように開いた力の違いが、少しだけ淋しい。
私はぎゅっと握りしめてから、あえてボールを緩やかに投げた。分かっている。全てがあの頃のままじゃない。
「そうだね」
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