声を聴かせて

文月 青

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好きになっただけなのに

11 声を聴かせて 海視点

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自分の中のどろどろした感情を誰かにぶつけたのは、陸の障害が明らかになり、両親が離婚してからは初めてのことだった。八方美人と言われるかもしれないけれど、できるだけ迷惑をかけずに、人の輪の端っこの方でひっそりと存在していたかった。

あの日西崎さんのお母さんとお姉さんに突きつけられた言葉は、正直ここ最近の中では一番心に刺さった。うちのお母さんがどれだけ頑張っているか知っている。陸も慣れない環境の中で必死だと知っている。なのに私のせいで二人とも悪く思われてしまう。

きちんとした家庭って何? 両親が揃っている家のこと? 離婚する親の子だから障害を持っている? 離婚前に陸の障害が見つかっているのに?

分からない。どうやったら、私がどのくらい良い子でいたら、皆はお母さんのことも陸のことも認めてくれるの? それとも全部私のせいなの?

「あなたが相原さん? 手癖が悪いと噂の」

玄関脇で西崎さんを待っていた私に、憎々し気に声をかけたのは彼のお姉さんと名乗る人だった。初対面の人にあからさまな悪意をぶつけられただけでも驚いたのに、付け加えられた一言に更に困惑した。

「一見普通なのに。嘆かわしいこと」

汚い物でも見るような目つきで、ふんと鼻を鳴らしたのは西崎さんのお母さん。ふくよかな外見とは裏腹に、険しい雰囲気を漂わせていた。

「子供が二人もいるのに簡単に離婚するなんて、堪え性のない。そんな親の子供だから障害を持っているのね、弟さんは」

「きっとあなたも常識はないに等しいのでしょう。なのではっきり言わせてもらいますね。剛には彩さんというきちんとした家庭の良いお嬢さんがいるんです。横取りするような真似はおやめなさい。彩さんを泣かせておいて平気でうちを訪ねてくるなんて、どれだけ厚顔なの」

突きつけられる言葉の数々から、事の次第が浮かび始め、二人の様子が先日の直樹さんの大学での出来事に重なった。私は彩さんと内田さんを思い出して身震いした。西崎さん達には大丈夫だと答えたけれど、本当はとても怖かったし痛かった。

「この世の害はとっとと消えろ」

周囲と上手く折り合いをつけてきたつもりの私に、初めて剥き出しの憎悪が向けられた瞬間だった。

「さっさと死ね」

彩さんに叩かれた後は何も考えられなくなって、直樹さんや坂井さんが助けてくれたけれど、しばらくはただ呆然としていた。部室に陸と二人で残されて、初めて手足ががくがく震えた。泣いたらいけないと、自分で自分を抱き締めて歯を食いしばった。

大丈夫。私は大丈夫。幾度となく唱えた魔法の呪文を繰り返しながら。

西崎さんが彩さんと別れたからといって、自分が彼とどうこうなろうなんて少しも考えていない。邪魔をして奪うつもりも毛頭ない。第一西崎さんが私みたいな子供を相手にするわけがない。

「当たり前だ、馬鹿野郎。来なかったらげんこつだぞ」

だから日曜日に公園で会ってくれるだけで、来いって言ってくれるだけで充分だった。例え偶然触れた手がもの凄く温かくても、頭をぽんと撫でる手がとてつもなく優しくても、これ以上は何も望まない。何も要らない。この時間だけがあればいい。

「高校生なら優先するのは学業であって、男を誘惑している暇などない筈でしょう。しかも人のものを盗んで」

なのに私はどこで間違えたの? どうして西崎さんの家族に憎まれているの?

「声を聴かせろ」

西崎さんの家を辞した後、追いかけてきてくれた彼の言葉にそれまで抑え込んでいたものが溢れてしまった。一度は笑ってやり過ごせたのにこれ以上堪えることはできなかった。

「ただ好きになっただけなのに」

泣きじゃくる私に黙って寄り添ってくれた西崎さんに、決して口にしてはいけない想いを吐き出してしまった。責めるつもりなんてなかったのに、今頃西崎さんは困っているだろう。嫌われてしまったに違いない。

ありのままの私と陸を、あるがままに受け止めてくれた初めての人なのに。きっともう二度と会うことは叶わない。それが偶然であったとしても。

ーーこんな形でさよならすることになるなんて。



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