声を聴かせて

文月 青

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出会い

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毎回彩の家からの帰りというのが些か気まずいが、その後も俺は自宅付近の公園で何度か例の姉弟を見かけた。決まって誰もいないお昼時の炎天下。くそ暑い中帽子も被らずに黙々と滑り台で遊んでいる弟も、返事を返さない弟に話しかける姉の姿も異様だった。

そんなある日。お盆を控えて珍しく暑さが和らいだ日の午前中だった。たまには彩と一緒に昼飯でも食べようと並んで店に向かっていたとき、いつもの公園の前で子供の甲高い声が響き渡るのを聞いた。

「あー! あー!」

何があったのか耳を塞いで喚いている子供と、子供を両手で必死に押さえつけている母親。言わずと知れた例の姉弟だった。この地域には小学生が多いせいか、正午と夕方五時に必ず時刻を知らせるサイレンが鳴る。ちょうどその音と相まってすさまじく煩い。

「あー! あー!」

まるで狂ったように声を上げ続ける弟は、少なくとも俺の知っている、子供という生き物の範疇を明らかに超えていた。現に公園で遊んでいた数組の親子も、取り成すこともできずに遠巻きに眺めている。一様に眉を顰めて。

甘やかした結果がこれなんだろう。挨拶はもとより、昼飯時になっても家に帰らずに好き放題遊ばせているなんて、あまりにも自由にさせ過ぎだ。こんな生活に慣れたら子供は当然我儘になるに違いない。そもそも姉弟の母親も手を抜くにも限度があろう。子供に子供の面倒を見させて何をやっているんだか。

「ああ、あの子」

ふと俺の隣で呟きが洩れた。つい一時間前までベッドでだるそうにしていた彩が、ばっちりメイクでじっと姉弟を凝視している。

「友達と同じ書店でバイトしてる高校生だわ」

どうやら姉の方を知っているらしい。それまで汗をかいても俺の腕に自分の腕を絡ませていた彩が、ようやく外して姉を指差しながら頷いている。彩のことだからどうでもいいが、あからさまに他人を指差すケバい女は微妙だ。

「真面目でよく働くみたいだけど、確か弟が障害者だとか言ってた」

「障害者?」

「そう。てっきり遅れているだけなのかと思って聞いてたんだけど、あれ何なの。暴れてんじゃん。おかしくない?」

姉弟に蔑むような視線を堂々と向ける彩。

「あの姉がいつもにこにこして、周囲に媚を売っているらしくてね。私の友達はそのとばっちりでさぼり魔扱いされてんのよ。でもあんな弟がいるんじゃねえ」

悪役女優顔になっている事実は、面倒臭いから伏せておく。ただでさえサイレンと弟の駄々のせいで煩いのに、ここに彩の金切り声まで参加したら、正しく阿鼻叫喚の沙汰だ。

「お騒がせしてすみませんでした」

やがてまだ騒いではいるものの、サイレンが止んだことに呼応するように、弟が幾分大人しくなった。姉は自分より小さな弟を羽交い絞めにして、周囲の親子連れにお詫びをしながら公園の出口に移動する。一瞬俺と目が合った姉は驚いていたが、隣の彩に気づいたのか頭を下げて去って行った。

静寂の戻った公園に今度は母親達の囀りが響く。

「びっくりしたわねぇ。きっと発達に問題があるのよね」

「健診でたまに妙な子を見かけるけど、あんなに酷くないのに」

「あれじゃ人前に出せないんじゃない?」

彩とさほど変わりない内容の話に、自分の子供そっちのけで盛り上がっている。子供は子供で「もーんだーい!」とはしゃぎながら、そこらじゅうを走り回っていた。そういえばたまにテレビで発達障害の番組を扱っているが、あの弟はそれに該当するのだろうか。何にせよ俺には全く関わりがないのでどうでもいいが。

喋り倒して満足したのか、母親達はまあ楽しそうな表情で、それぞれ自分の子供と共に帰っていった。なるほど。人の不幸は蜜の味ってやつか。

「誰かにメールしてんの?」

ふんと鼻を鳴らす俺の横で、彩が夢中でスマートフォンに文字を打ち込んでいた。

「友達に教えてあげてんの、今のこと。きっとびっくりするわよ」

「親切なことで」

というか暇なことで。俺は呆れると同時に大きな欠伸をした。腹が減ったなと伸びをしながら上半身を捻れば、姉弟の姿はとっくに消えていた。そういえばあの姉はいつも謝っているな、ぼんやりとそんな考えが脳裏を掠めた。




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