声を聴かせて

文月 青

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プロローグ

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他人ひとというのはこれほどまでに残酷になれるものなのか。

自らを律するようにきちんと頭を下げてから、我が家を後にした相原海あいはらうみを追いかけつつ、先程の母親と姉のやり取りを苦い思いで振り返る。

「身内にそんな人がいるなんて」

「呑気なことを言っている場合じゃないわよ、お母さん。もしもごうと結婚したら、うちにもそんな子が生まれる可能性があるってことなのよ」

「やめて頂戴。縁起でもない」

相原はまだ高校生で、俺に請われて参考書を受け取りに来ただけだ。なのに母親と実家に帰省していた姉は、彼女自身のことのみならず家族のことまで根掘り葉掘り問い質し、挙句の果てに最低な言葉を叩きつけた。

「相原!」

夏休みに二人に出会った公園の前で、いつもと変わらぬ歩調で歩く相原を捕まえた。彼女は息も荒く隣に立つ俺を見上げ、不思議そうに首を傾げた。

「どうしたんですか、そんなに慌てて」

まるで何事もなかったように笑う相原。もしも彼女と知り合ったのが昨日今日なら、俺はこの笑顔を信じて安堵していたことだろう。

「ごめん」

やっと絞り出せたたったの三文字は、おそらく相原の心には少しも響かないだろう。でもどんなに丁寧な謝罪をしたところで、やはり俺の意は全く伝わらない。

「もしかして気にかけてくれたんですか? 大丈夫ですよ」

ふっと目を細めた相原の表情に、ほんの一瞬翳りが落ちたのが分かった。だがすぐにその口元は弧を描く。

「慣れていますから」

この娘はどれほどの間、こうして平気な振りをしてきたのだろう。きっと自分や家族を守るために、無意識のうちに身に着けたのだ。笑顔の仮面を被ることを。

「もう我慢しなくていい」

俺は相原の頭に己の手を乗せた。

「怒っても泣いてもいいんだ」

西崎にしざきさん?」

きょとんとしながらも穏やかに訊き返す。

「俺じゃ何の力にもなれないけど、受け止めるぐらいはできるようになるから」

「何の話ですか?」

「頼むからお前の本音を、声を聴かせろ」

気障だなあと相原が苦笑う。俺は無言で彼女の頭をぽんぽんと撫でた。やがて泳いでいた視線は俺に固定され、見開かれた双眸に徐々に涙が盛り上がる。堪えるようにきつく噛み締められた唇からはようやく嗚咽が洩れた。

それは俺が出会ってから初めて目にする、相原が自分の感情を顕にした姿だった。



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