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番外編
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双子が生まれると分かったので、うちは様々な面で方向転換を図ることとなった。出産後は灯里ちゃんは退職して育児に専念してもらい、俺はしっかり稼いでくる傍らできる範囲で家事や育児に参加する。準備物も全て二人分になるので、灯里ちゃんが動けるうちに早めに揃えなければならない。
「双子なんてどんな生活になるのか想像つかないな」
とある土曜日。奥さんの優子さんを伴って遊びに来た野村は、灯里ちゃんの用意した昼食を満足そうに食べながら言った。彼を始めとする同僚一同は、謝罪した際の灯里ちゃんの潔さに一目置いたようで、あれから時々ご飯を食べに来たり相談事を持ちかけに来るのだ。
「私も。一人でも混乱しているのに」
まだ仕事と出産の間で気持ちが揺れている優子さんは、美味しいと舌鼓を打ちながらも重いため息をついた。会社の上司からは出産後も現在の部署で働くのか、早めの決断を迫られているらしく、妊娠中だというのに相当悩んでいるらしい。
「灯里さんは仕事に未練はないんですか?」
「無いと言ったら嘘になるけど、続けたらどちらも中途半端になりそうで」
「確かにそうですよね」
そっと自分のお腹を撫でる優子さん。灯里ちゃんにしても同様だが、いくら病院でいろいろ教えてもらっても、詳しい書籍を読み漁ってみても、日々変化してゆく自分の体に不安を覚えない筈はない。まして身二つになった後のことなど、頭の中で想像するしかないだろう。
「千賀は灯里ちゃんが仕事を辞めても構わないのか?」
「俺は灯里ちゃんさえ納得しているならどっちでもOK」
事妊娠・出産に関しては男はさっぱり役に立たない。だからせめて灯里ちゃんが安心して子育てできる環境を作るのが俺の仕事だ。格好つけてもこれまで通り職務を全うするだけだが、ワンコだってやるときはやる。
「というか野村が灯里ちゃんと呼ぶな」
ふと我に返って文句を吐くと、野村と優子さんは顔を見合わせて苦笑した。お互いをみつめる眼差しには優しさがこもっている。
「相変わらず嫉妬深いな」
そうして野村は呆れている灯里ちゃんに話を振る。
「知ってる? 千賀が初めて会社に灯里ちゃんの弁当を持ってきたとき、俺達にめちゃくちゃ見せびらかしていたこと」
「千賀さんと上原さんの両方から聞きましたけど」
半信半疑の表情で灯里ちゃんが頷いた。いまだに信用されていないのが悲しい。不徳の致すところではあるが。
「いつも社食に行く千賀が、珍しく席を立とうとしないからさ、俺達もわざわざ声をかけに行ったんだよ。そうしたらこいつ、散々人が集まってからわざと弁当を出して、ゆっくり噛み締めて食べやがるんだよ。そりゃもう一つ一つ味わって」
吹き出す優子さんと困ったように俺を睨む灯里ちゃんに、俺は事実だろとにこりと笑って見せる。
「むかついた独身の同期の一人が、おかずをかすめ取って口に入れたら、これがマジで美味いと驚いてさ。で、最初に遊びに行ったときのご馳走は、灯里ちゃんが作ったものだと察しがついた。ところが千賀はそれを喜ぶ半面、おかずを食べた同期に、この野郎、返せと怒りだしたんだよ。灯里ちゃんが俺の為に作ってくれたんだぞと喚いて」
「千賀さん、大人気ない」
したり顔の灯里ちゃんの目元がうっすら赤い。実は照れているのだろう。
「普段口数の少ない千賀が取り乱す姿に、俺らもびっくりしたよ。たかが弁当のおかず一個なのに、まるで宝物を奪われたような勢いだったから」
悪いが俺にとってはそれに等しかった。たかが弁当じゃない。
「おかげで気づいたよ。千賀は本気で灯里ちゃんのことが好きで結婚したんだって」
一瞬切なげな表情を向けた灯里ちゃんに、俺は万感の想いを込めて目を細めた。再会してからの日々を振り返れば、ここでこうして共に在ることは奇跡のようなものだ。彼女が俺の傍で笑っていてくれるなら、きっと大抵のことは乗り越えられる。
「やだやだ、こいつ。ほんと灯里ちゃんにべた惚れなんだもんな。子供が生まれたら絶対デスクの写真が増えるぞ」」
人前でデレてんじゃねーよと肩を竦めた野村に、灯里ちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「写真が、増えるとは何のことですか?」
「あれ? それも聞いてない? こいつ会社のデスクの上に、灯里ちゃんの写真を飾ってるんだよ」
「え?」
それきり絶句する灯里ちゃん。そんなに意外だったとは逆に心外だ。やる気の源を飾って何がいけない。そこは喜ぶところじゃないのか。
「感情表現の乏しい千賀が愛妻家だったなんて、同期はみんな狐につままれた気分だよ」
「灯里さんラブなのに、片想いっぽいですけどね」
優子さんが堪え切れないというふうに笑い声を上げたので、俺は不愉快さを隠しもせずに野村夫妻に口を尖らせた。
「双子なんてどんな生活になるのか想像つかないな」
とある土曜日。奥さんの優子さんを伴って遊びに来た野村は、灯里ちゃんの用意した昼食を満足そうに食べながら言った。彼を始めとする同僚一同は、謝罪した際の灯里ちゃんの潔さに一目置いたようで、あれから時々ご飯を食べに来たり相談事を持ちかけに来るのだ。
「私も。一人でも混乱しているのに」
まだ仕事と出産の間で気持ちが揺れている優子さんは、美味しいと舌鼓を打ちながらも重いため息をついた。会社の上司からは出産後も現在の部署で働くのか、早めの決断を迫られているらしく、妊娠中だというのに相当悩んでいるらしい。
「灯里さんは仕事に未練はないんですか?」
「無いと言ったら嘘になるけど、続けたらどちらも中途半端になりそうで」
「確かにそうですよね」
そっと自分のお腹を撫でる優子さん。灯里ちゃんにしても同様だが、いくら病院でいろいろ教えてもらっても、詳しい書籍を読み漁ってみても、日々変化してゆく自分の体に不安を覚えない筈はない。まして身二つになった後のことなど、頭の中で想像するしかないだろう。
「千賀は灯里ちゃんが仕事を辞めても構わないのか?」
「俺は灯里ちゃんさえ納得しているならどっちでもOK」
事妊娠・出産に関しては男はさっぱり役に立たない。だからせめて灯里ちゃんが安心して子育てできる環境を作るのが俺の仕事だ。格好つけてもこれまで通り職務を全うするだけだが、ワンコだってやるときはやる。
「というか野村が灯里ちゃんと呼ぶな」
ふと我に返って文句を吐くと、野村と優子さんは顔を見合わせて苦笑した。お互いをみつめる眼差しには優しさがこもっている。
「相変わらず嫉妬深いな」
そうして野村は呆れている灯里ちゃんに話を振る。
「知ってる? 千賀が初めて会社に灯里ちゃんの弁当を持ってきたとき、俺達にめちゃくちゃ見せびらかしていたこと」
「千賀さんと上原さんの両方から聞きましたけど」
半信半疑の表情で灯里ちゃんが頷いた。いまだに信用されていないのが悲しい。不徳の致すところではあるが。
「いつも社食に行く千賀が、珍しく席を立とうとしないからさ、俺達もわざわざ声をかけに行ったんだよ。そうしたらこいつ、散々人が集まってからわざと弁当を出して、ゆっくり噛み締めて食べやがるんだよ。そりゃもう一つ一つ味わって」
吹き出す優子さんと困ったように俺を睨む灯里ちゃんに、俺は事実だろとにこりと笑って見せる。
「むかついた独身の同期の一人が、おかずをかすめ取って口に入れたら、これがマジで美味いと驚いてさ。で、最初に遊びに行ったときのご馳走は、灯里ちゃんが作ったものだと察しがついた。ところが千賀はそれを喜ぶ半面、おかずを食べた同期に、この野郎、返せと怒りだしたんだよ。灯里ちゃんが俺の為に作ってくれたんだぞと喚いて」
「千賀さん、大人気ない」
したり顔の灯里ちゃんの目元がうっすら赤い。実は照れているのだろう。
「普段口数の少ない千賀が取り乱す姿に、俺らもびっくりしたよ。たかが弁当のおかず一個なのに、まるで宝物を奪われたような勢いだったから」
悪いが俺にとってはそれに等しかった。たかが弁当じゃない。
「おかげで気づいたよ。千賀は本気で灯里ちゃんのことが好きで結婚したんだって」
一瞬切なげな表情を向けた灯里ちゃんに、俺は万感の想いを込めて目を細めた。再会してからの日々を振り返れば、ここでこうして共に在ることは奇跡のようなものだ。彼女が俺の傍で笑っていてくれるなら、きっと大抵のことは乗り越えられる。
「やだやだ、こいつ。ほんと灯里ちゃんにべた惚れなんだもんな。子供が生まれたら絶対デスクの写真が増えるぞ」」
人前でデレてんじゃねーよと肩を竦めた野村に、灯里ちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「写真が、増えるとは何のことですか?」
「あれ? それも聞いてない? こいつ会社のデスクの上に、灯里ちゃんの写真を飾ってるんだよ」
「え?」
それきり絶句する灯里ちゃん。そんなに意外だったとは逆に心外だ。やる気の源を飾って何がいけない。そこは喜ぶところじゃないのか。
「感情表現の乏しい千賀が愛妻家だったなんて、同期はみんな狐につままれた気分だよ」
「灯里さんラブなのに、片想いっぽいですけどね」
優子さんが堪え切れないというふうに笑い声を上げたので、俺は不愉快さを隠しもせずに野村夫妻に口を尖らせた。
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感想ありがとうございます!
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