友達の恋人

文月 青

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番外編

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懐かしい夢を見ていた。二人が再会してからの辛かった時期と、痛みや鈍い音と共に蘇る、俺と彩華と上原をばっさり斬った灯里ちゃんの怒りの鉄拳。彩華が灯里ちゃんへの嫌がらせに動き、全員を混乱に陥れた上原の嘘が発覚したとき、真実を知った彼女が俺達三人に平手打ちを食らわせたのだ。

本人も人に手を上げたのは初めてだというくらい、大人しくて感情を荒立てない灯里ちゃんの行動に、俺や上原はもちろん、友達としてのつきあいが長い彩華ですら驚いていた。

「彩華は千賀さんが好きでした。ならば間違いを犯したことを認めさせ、できる償いをさせ、その気持ちに幕を引いてあげるべきでした」

真っ直ぐに突きつけられた言葉に、俺は一言も反論できなかった。彩華が設楽さんに犯した過ちに衝撃を受け、その原因が自分にあることに気づき、責任の重さに打ちのめされた。二度と繰り返させてはならないと、付かず離れずの距離で見守ってきたものの、再び追い詰められた彩華が誰かを傷つけぬよう、どこかで彼女におもねるように接してきたのかもしれない。何が正しくて、何をするべきなのか見えなくなっていた。

良心の呵責なのか罪の意識なのか、友達と夫が引き起こした過ちに人一倍胸を痛めた灯里ちゃんは、彩華を厳しく糾弾し、俺とも縁を切ろうとした。設楽さんの境遇を思えば自分ばかり幸せになれない、と。

「いつか今よりもましな男になれたら、君を幸せにする権利を下さい」

だから俺は灯里ちゃんの意思を汲んで別居に応じた。これで彼女の心の重荷が少しでも軽くなるなら。でも諦めることだけはできないから、三度目の偶然は自分が作ると誓って。

苦しめておきながら節操がないかもしれない。だが潔さと健気さ、強さと優しさを備えた灯里ちゃんに、ある意味俺は何度も恋をし続けている。どれだけの時を経ても、この想いに終止符が打たれることはきっとない。高校時代の灯里ちゃんも、現在の灯里ちゃんも、十年後、二十年後の灯里ちゃんも、俺にとっては永遠に憧れの人。

ーーもっとも格好つけておきながら、よもや灯里ちゃんに翻弄されるワンコに変化するとは、さすがに想像もしていなかったけれど。

「千賀犬、ハウス!」

寝言でそう洩らされても嬉しくなる程に。




「千賀さん、起きて」

舌足らずの可愛い声に耳元を擽られ、眠りの底に沈んでいた意識が覚醒し始めた。重くてまだ閉じたままの瞼が朝の光を捕らえ、俺は習慣で愛しい彼女に腕を伸ばす。ゆるゆると歩み寄ってくる筈のぬくもりが、何故かぴょんとベッドに飛び乗って弾んだ。

「お手の時間じゃないのよ」

その一言でばちっと目を開けると、腰に手を当てたポーズの燈里ひかりが口を尖らせて見下ろしている。俺は伸ばした腕を静かに降ろした。

「今日は日曜日なんだけどなあ」

横になったまま苦笑する俺を、灯里ちゃんによく似た髪の長い女の子がびしっと叱りつけた。

「一緒にご飯を食べてくれないと片付かないでしょ」

口調までそっくりだ。

「じゃあ起こしてくれる?」

「もう、本当に世話が焼けるんだから」

呆れたようにぼやいて俺の両手を引っ張る。その小さな手に和みながら上半身を起こして、パジャマ姿でベッドから降りた。燈里に先導されてリビングに向かうと、キッチンで食事の支度をする灯里ちゃんに、これまた俺によく似た男の子が纏わりついている。

「灯里ちゃん、卵焼きは甘いのにしてね」

嬉しそうな遥斗はるとに吹き出しそうになった。お尻からふさふさの尻尾が見えているような気がする。

「じゃあお箸を並べてくれる?」

「はーい」

灯里ちゃんに頼まれて得意満面でお手伝いに励む遥斗は、絶対ワンコ属性に違いない。

「千賀さんも笑ってないで、ちゃんと灯里ちゃんにおはようを言ってきて」

「はーい」

遥斗よろしく間延びした返事をして、俺はキッチンで甲斐甲斐しく働く妻に背中から抱き着いた。

「おはよう、灯里ちゃん」

すりすりと顔を頭に擦りつけると、灯里ちゃんは困ったように顔だけこちらに動かす。

「おはようございます。千賀さんたら二人の前なんだから離れて下さい」

結婚して七年になろうか。今だこういった行為に恥ずかしがる初々しい妻に、朝から骨抜きにされている俺。休日の前である昨夜はしっかり大暴れしたにも関わらず、触れているうちに既に元気を取り戻しているのが何とも(笑)。

「千賀さん、朝からうざい」

「灯里ちゃんは俺のなのにい」

俺達の周りで対照的な二つの声が騒いでいる。

「残念でした。灯里ちゃんは俺のものだよ。だから灯里ちゃんの言うことしか聞かないの」

より一層灯里ちゃんに張りつく俺に、仁王立ちする燈里ときゃんきゃん吠える遥斗。紆余曲折を経て、毎朝繰り返される挨拶代わりの光景が、どんなに楽しくて、どんなに俺の生きる糧になっているか、きっと三人とも考えもしないことだろう。

再会した頃には望むべくもなかった、たった一人の大切な人と、その人の子供との未来が。




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