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さすがに千賀さんも外では懐いてこないけれど、それでも何か考え込んでいるのが丸わかりなくらい、帰りの電車の中でも家で一息入れている間も、私の問いかけに全て生返事で返していた。良くも悪くもここ数年、深く関わった二人が旅立ってゆくのだ。私には入り込めない思いがあるに違いない。
面白いことにこんな状態でも、千賀さんはちゃんと日常の段取りを踏む。ご飯を食べてお風呂に入って、その合間にぼーっとする。本人の気持ちはここにはなくとも、体は毎日決まった動きをするらしい。逆に言えば私との暮らしが当たり前になった証拠なのだろうが。
「お先に休みますね」
テレビのスポーツニュースをぼんやり眺めながらも、微動だにしない千賀さんに断りを入れ、私は一人ベッドに潜り込んだ。こういうときは下手に邪魔しない方がいい。クリスマスからこっち私の為に時間を使ってくれていた。明日は日曜日なのだし、今夜は自分の好きなようにして欲しい。
「え? あ、待って、灯里ちゃん。俺も」
慌ててテレビを消してベッドに入る千賀さん。もう布団が冷たい季節でもないが、やはりこの温もりは一人では得られない。
「ごめんなさい。声をかけなければよかったですね」
「そんな淋しいこと言わないでくれ」
向かい合うように横になった千賀さんが、そっと腕枕をしてくれる。弱々しい笑顔が凄く傷ついているようで痛々しい。
「淋しいのは上原さんと彩華がいなくなるからですか?」
嫌味のつもりはなかった。現在胸の内でどんな感情が渦巻いているにしても、一方的とはいえ私に高校時代の千賀さんの思い出があるように、千賀さんにもまた二人との楽しかった日々がある。同僚と友達として、後輩と恋人として。
「結局俺は何もできなかったなって」
こちらの気持ちを汲み取ったのか、千賀さんは素直に複雑な表情を表した。無理して平気な振りをされると、それに合わせて私も笑って取り繕うしかなくなるので、辛い内容だったとしても心情を顕にしてもらった方が救われる。
「彩華を追い込むだけで、設楽さんはもちろん、誰も助けることはできなかった。灯里ちゃんにも酷いことをした。で、今度はその彩華を上原に全て丸投げするんだよな」
起こってしまったことはなかったことにはできない。自分が瑠璃子さんや彩華とつきあったことが発端と捉えるなら、千賀さんに責任を感じるなという方が無理なのかもしれない。親しい同僚のままだったら、みんな今頃何事もなく過ごせていたのだろうから。
「後悔しているのとは違うから、勘違いしないでくれるとありがたいけど」
そうして頭の片隅にふと浮かぶ。私と上原さん同様、千賀さんにとっての彩華も友達の恋人で、彩華にとっての私もまた友達の恋人だったのかな、と。心の在りようはそれぞれでも。
「丸投げしたんじゃありません。千賀さん風に表現するなら、これは私に対しての上原さんの禊になるのでしょう? だったら彼にとっては必要なことです。千賀さんと友達でいたいなら」
瞠目した千賀さんがやがて相好を崩した。
「灯里ちゃん」
私の頭を撫でる手は優しく、比例するように表情も和らいでゆく。
「ありがとう」
「何がですか?」
唐突なお礼に目を瞬く。
「おじいちゃんとおばあちゃんになっても、俺を灯里ちゃんのものにしてくれるんだろう?」
真面目な口調に恥ずかしさが込み上げる。上原さんに頼んだ彩華への伝言を指しているのだろうが、今振り返ると千賀さんへの告白に聞こえなくもない。彩華には渡さないとか、共に年齢を重ねていこう的な。
「いえ、あの、あれはですね、売り言葉に買い言葉……ちょっと違いますね。えーと、そう、その場凌ぎというか揉め事防止というか」
強ち間違ってはいないものの、なまじまともなプロポーズをされていない自分の大胆発言に、言い訳もしどろもどろ気味になってしまう。
「うん、分かってる」
「本当ですか?」
冗談半分で胡散臭そうな視線を向けると、千賀さんは真っすぐに私をみつめた。
「口に出すと陳腐になるけど、俺には灯里ちゃんの誓いの言葉のように感じた」
ーーこの先何があっても二人が離れることはない。
補足された想いに心臓を鷲掴みにされる。一度目の恋は近づくことすら叶わず、一方的に彼の背を追いかけているうちに、卒業という儀式によって終わりを告げた。二度目の恋は友達の友達として再会することから始まったけれど、結婚しても彼の心が自分の友達にあると信じ、不毛な片想いは己の手で終わらせようと決めた。
「頼りないのは自覚している。でも持てる力の全てで灯里ちゃんを守ると誓う。例え死が二人を分かつときが来ても」
けれど記憶の中に息づいていた人が、三度目の恋を永遠に誓ってくれている。もう友達の恋人ではなく、私のただ一人の大切な人として。
「だから、ありがとう。灯里」
喉の奥が詰まって応えられずにいる私に、千賀さんは噛み締めるように、そしてとても愛し気に囁いた。
面白いことにこんな状態でも、千賀さんはちゃんと日常の段取りを踏む。ご飯を食べてお風呂に入って、その合間にぼーっとする。本人の気持ちはここにはなくとも、体は毎日決まった動きをするらしい。逆に言えば私との暮らしが当たり前になった証拠なのだろうが。
「お先に休みますね」
テレビのスポーツニュースをぼんやり眺めながらも、微動だにしない千賀さんに断りを入れ、私は一人ベッドに潜り込んだ。こういうときは下手に邪魔しない方がいい。クリスマスからこっち私の為に時間を使ってくれていた。明日は日曜日なのだし、今夜は自分の好きなようにして欲しい。
「え? あ、待って、灯里ちゃん。俺も」
慌ててテレビを消してベッドに入る千賀さん。もう布団が冷たい季節でもないが、やはりこの温もりは一人では得られない。
「ごめんなさい。声をかけなければよかったですね」
「そんな淋しいこと言わないでくれ」
向かい合うように横になった千賀さんが、そっと腕枕をしてくれる。弱々しい笑顔が凄く傷ついているようで痛々しい。
「淋しいのは上原さんと彩華がいなくなるからですか?」
嫌味のつもりはなかった。現在胸の内でどんな感情が渦巻いているにしても、一方的とはいえ私に高校時代の千賀さんの思い出があるように、千賀さんにもまた二人との楽しかった日々がある。同僚と友達として、後輩と恋人として。
「結局俺は何もできなかったなって」
こちらの気持ちを汲み取ったのか、千賀さんは素直に複雑な表情を表した。無理して平気な振りをされると、それに合わせて私も笑って取り繕うしかなくなるので、辛い内容だったとしても心情を顕にしてもらった方が救われる。
「彩華を追い込むだけで、設楽さんはもちろん、誰も助けることはできなかった。灯里ちゃんにも酷いことをした。で、今度はその彩華を上原に全て丸投げするんだよな」
起こってしまったことはなかったことにはできない。自分が瑠璃子さんや彩華とつきあったことが発端と捉えるなら、千賀さんに責任を感じるなという方が無理なのかもしれない。親しい同僚のままだったら、みんな今頃何事もなく過ごせていたのだろうから。
「後悔しているのとは違うから、勘違いしないでくれるとありがたいけど」
そうして頭の片隅にふと浮かぶ。私と上原さん同様、千賀さんにとっての彩華も友達の恋人で、彩華にとっての私もまた友達の恋人だったのかな、と。心の在りようはそれぞれでも。
「丸投げしたんじゃありません。千賀さん風に表現するなら、これは私に対しての上原さんの禊になるのでしょう? だったら彼にとっては必要なことです。千賀さんと友達でいたいなら」
瞠目した千賀さんがやがて相好を崩した。
「灯里ちゃん」
私の頭を撫でる手は優しく、比例するように表情も和らいでゆく。
「ありがとう」
「何がですか?」
唐突なお礼に目を瞬く。
「おじいちゃんとおばあちゃんになっても、俺を灯里ちゃんのものにしてくれるんだろう?」
真面目な口調に恥ずかしさが込み上げる。上原さんに頼んだ彩華への伝言を指しているのだろうが、今振り返ると千賀さんへの告白に聞こえなくもない。彩華には渡さないとか、共に年齢を重ねていこう的な。
「いえ、あの、あれはですね、売り言葉に買い言葉……ちょっと違いますね。えーと、そう、その場凌ぎというか揉め事防止というか」
強ち間違ってはいないものの、なまじまともなプロポーズをされていない自分の大胆発言に、言い訳もしどろもどろ気味になってしまう。
「うん、分かってる」
「本当ですか?」
冗談半分で胡散臭そうな視線を向けると、千賀さんは真っすぐに私をみつめた。
「口に出すと陳腐になるけど、俺には灯里ちゃんの誓いの言葉のように感じた」
ーーこの先何があっても二人が離れることはない。
補足された想いに心臓を鷲掴みにされる。一度目の恋は近づくことすら叶わず、一方的に彼の背を追いかけているうちに、卒業という儀式によって終わりを告げた。二度目の恋は友達の友達として再会することから始まったけれど、結婚しても彼の心が自分の友達にあると信じ、不毛な片想いは己の手で終わらせようと決めた。
「頼りないのは自覚している。でも持てる力の全てで灯里ちゃんを守ると誓う。例え死が二人を分かつときが来ても」
けれど記憶の中に息づいていた人が、三度目の恋を永遠に誓ってくれている。もう友達の恋人ではなく、私のただ一人の大切な人として。
「だから、ありがとう。灯里」
喉の奥が詰まって応えられずにいる私に、千賀さんは噛み締めるように、そしてとても愛し気に囁いた。
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