友達の恋人

文月 青

文字の大きさ
上 下
43 / 55

43

しおりを挟む
「どうした?」

つんつんとほっぺたを突かれて我に返った。今日は二人とも残業がなく、早めに帰宅できたので、お風呂上がりに洋画のDVDを観ていたのだが、どうやら上の空だったらしい。千賀さんの心配そうな顔が目の前にあった。

「すみません。ぼーっとしていました」

「何かあった?」

「何も」

一応内緒だと念を押されたので、青木さんから千賀さんの秘密(?)を聞いたとは言えない。内容も内容だし。

「灯里ちゃん」

ベッドに背を預けて並ぶ私の肩を掴んで、千賀さんは自分の方に向かせた。

「どんなことも包み隠さず話すのが、夫婦の正しい在り方だとは思わない」

彩華との関係を振り返ったとき、私も友達の在り方について同じことを考えた。

「でも困っているときや悩んでいるときは、打ち明けてもらえないかな? 頼りにならないだろうけど、二人なら解決できることもあるかもしれないよ?」

「そんな大層なことでは」

視線を泳がせて答えると、千賀さんはじとっと私を睨んだ。子犬モードに入るのはやめて欲しい。

「ではお訊ねします。彩華や設楽さんと体の関係がなかったというのは本当ですか?」

青木さんごめんなさいと胸中で謝りつつ、お望み通りにずばっと切り込む。いきなり派手に咽せた千賀さんは、聞いちゃったのかとバツが悪そうに頭を掻いた。

「あのね、俺も男だから少しもってことはないよ。手を繋いだり、キスも……」

台詞が尻すぼみになっているところを見ると、おそらく事実なのだろう。仰る通り大人の男なんだし、そのくらいは当然だと分かっているけれど、いざ千賀さんの口から出ると、正直ちょっと面白くない。

「ふーん」

「いや、でも、最終的には! だから彩華と上原の結婚を祝福したんだ」

全然別の所で知り合ってしまったならいざ知らず、同じ会社に勤務する友達と、自分が関係を持った女性がつきあうのは、その後のことを考えるとさすがに複雑だ。常に二人と顔を合わせるのだから。

「どうして彩華とは?」

「可愛い後輩の感覚が抜けなかったのと、会社のアイドルだったせいかな」

うーんと唸りながらも、ちらちらと私を窺う千賀さん。他に疾しいことでもあるんですか?

「設楽さんの場合は?」

容赦なく尋問する私に、千賀さんはこれは裁判かと嘆く。

「今でもそうだけど、尊敬する気持ちが強くて。向こうも弟みたいに接していたから、お互い納得の上で円満に別れたんだ」

設楽さんの家を訪ねたときの様子と照らし合わせると、当時の二人の関係に納得できなくもない。ご主人の大和田さんにも嫉妬めいたものはなく、本当に私達を歓待してくれていた。

「もしも彩華と体を重ねていたら、俺は灯里ちゃんと結婚しなかったと思う」

いつのまにか終わっていたDVDをケースにしまっていると、静かになった室内で千賀さんが呟いた。緩い風がついでのように窓をかたっと鳴らす。

「彩華と問題なく別れて、先輩後輩としてつきあっていたとしても、彼女を抱いた手で友達の灯里ちゃんには触れられない」

「私に悪いからですか?」

「それもある。でも一番苦しむのは灯里ちゃんだろう? 君は彩華のことが好きだった。嫉妬や罪悪感を抱いても口にはしづらいだろうし、何より同じ男となんて嫌な筈だ」

「じゃあそうなっていたら、私が千賀さんを想っていたとしても、こうして一緒にいることはなかったと……」

「おそらく」

千賀さんのことだ。青木さんの指摘通り、真っ先に私の気持ちを考えた結果に違いない。それ自体は凄く嬉しい。けれど。

「千賀さんにとって、私は一体何なんでしょう」

「何って」

「実は簡単に切り捨てられる相手とか」

「傷つけても手に入れたい存在だ!」

珍しく千賀さんが憤慨している。

「結婚しなかったって、たった今」

「それは!」

「嫌かどうかを決めるのは私です。なのに千賀さんは確かめもせず、勝手に諦めるんですよね? ついさっき二人で解決しようと言っていたのに」

片手で口元を押さえながら、千賀さんは気まずそうに視線を逸らした。

「遠慮、してますか?」

私だけじゃない。自分が彩華と恋人同士だったからこそ、千賀さんにも彼女の影がつきまとう。どうしていいか分からなかったのは、二人きりに慣れていなかったと同時に、きっと私の本音が見えなかったせいもある。

「私の為であっても、私が望まないことならば、それは思いやりとは呼べませんよ?」

私はあなたに触れられることを望んでいる。そう言外に込めて。

「灯里ちゃん……」

己に対する悔いだろうか。千賀さんが俯いて唇を噛み締める。

「もう! しっかりして下さい!」

ばしっと勢いよく額を叩いてやると、千賀さんは捨てられた子犬の如く、縋るような目で私をみつめた。

「ずっと心のどこかで、灯里ちゃんが欲しくて仕方がなかった。他の人といても。ごめん」

変なところで律儀な人だ。そのとき彩華や設楽さんが好きだったのなら、私に引け目を感じる必要はないのに。

「俺、全力で灯里ちゃんに向かっても、いい?」

笑顔で頷くなり、千賀さんはいきなり私を抱き寄せてキスを落とした。

「やり方、思い出した」

びっくりして目を閉じることができなかった私に、照れ臭そうに笑って再び唇を合わせる。

「灯里ちゃん、俺、朝まで、いや、朝が来ても離してやれないかもしれない」

優しくて長いキスの後、背中に回されていた腕の力が強まり、子犬が成犬になったような気がした。

「仕事があるから駄目です」

「もう無理。自分でもどうなるか予測がつかない」

「社会人ですから、そんな理由で遅刻も欠勤も」

「今日は伏せは効かない」

既に狼の耳と尻尾を生やした千賀さんは、あっさり私を抱えてベッドに横たわらせ、すぐに自分も覆い被さってくる。

「せめて土曜日にして下さい!」

叫んだ声すらも、あっさりと封じられてしまう。明日の朝、私はどうなっているのだろう……。





しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

魔力無しの黒色持ちの私だけど、(色んな意味で)きっちりお返しさせていただきます。

みん
恋愛
魔力無しの上に不吉な黒色を持って生まれたアンバーは、記憶を失った状態で倒れていたところを伯爵に拾われたが、そこでは虐げられる日々を過ごしていた。そんな日々を送るある日、危ないところを助けてくれた人達と出会ってから、アンバーの日常は変わっていく事になる。 アンバーの失った記憶とは…? 記憶を取り戻した後のアンバーは…? ❋他視点の話もあります ❋独自設定あり ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付き次第訂正します。すみません

すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...