友達の恋人

文月 青

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「いい加減にして下さい!」

怒鳴りつつ、私は叱咤するように自分の両頬を叩いた。彩華と上原さんが驚いたように振り返る。

「危ない危ない。また上原劇場に呑まれるところでした」

「上原劇場って……」

したり顔でぼやく上原さん。二人揃って立ち上がり、私の前までゆっくりと歩みを進める。

「懺悔をするのは自由ですが、それじゃ最後まで悪者にはならないじゃないですか。私にも言えることですけど、もう優しさを履き違えては駄目です」

まずは上原さんに問う。

「彩華の為とか、設楽さんが望んだからとか言ってここまで来て、結局誰か幸せになりましたか?」

「いや」

「今の話の流れだと、彩華にも上原さんにも事情があって可哀想……みたいに聞こえます。二人は自分達だけ楽になりたいんですか?」

思ったよりも言葉がきつかったらしい。二人が身を強張らせた。

「意地悪な言い方してごめんなさい。でも許しを請うなら、自分達のしてきたことに向き合って、償って、そして設楽さんがそれを受け入れてくれたときに、初めてできることなんじゃないかと」

ああ、そうだ。私も間違っていた。心の何処かで彩華は一人で苦しんだ、本当はいい子なのにと思う気持ちがあったから、許す考えに自然に傾いていた。でも友達だと認めるならば、逆に甘やかして救いの手を差し出してはいけなかったのだ。

何でもかんでも受け止めて、逃げ道を作ってやるのが優しさではない。谷底に落とすのも立派な思いやり。

「彩華」

呼びかけると彼女は不安そうに私をみつめる。

「自分の為じゃなく、設楽さんの為に苦しまないと駄目だと思う」

設楽さんの痛みが計れない程深いなら。

「一生かかっても」

ごくりと息を呑む彩華。

「これは彩華がやらなくてはいけないこと。私は助けないし、しばらく顔も見たくない」

「灯里……」

「もしもちゃんと償うことができたら、そのときは堂々と会いに来て。それまでは一切連絡しない」

小さく頷いて彩華が目を伏せると、がさっと何かを踏む音が聞こえた。その音が私の隣で止まってから、大きく息を吸って続ける。

「それと安易な離婚もしないこと」

ぎょっとしたように焦る上原さんの姿に、やはり彼が彩華との別れを意識していたことを悟った。急に別の顔を見せたのは、「最後」のつもりだったからだ。

「好きだから自由にしてやる的な考えは却下します」

「いや、でも、灯里ちゃん」

「始まりがいい加減だったんです。せめて本物の夫婦になる努力はしましょう」

上原さんにとってそれが拷問に等しいなら尚のこと。

「どうしても別れるというなら、頂いた御祝儀を一人一人お詫びしながら返して下さい」

「そんな無茶な」

「お金は返すことができるだけマシです。そのとき祝福してもらった気持ちも、二人の為に割いてくれた時間も、戻すことはできません」

今度は項垂れる上原さん。けれど私も自分の言葉に抉られている。最終的には想いあっていたとしても、お互いの気持ちを確かめることなく結婚し、勝手な誤解から離婚を申し出た私だ。恥ずかしながらお祝いしてくれた人達のことを、少しも考えていなかった。

準備の段階から当日まで、たくさんの人の力があってこその挙式だったのに、彩華と千賀さんの過去に囚われるばかりで、全て台無しにしてしまった。反省してもあの日からやり直すことはできない。

「謝って取り返しがつくのは、まだ恵まれていると思うんです。きっとどんなに頑張っても、どうにもならないことはたくさんあるのだから」

何も羽織らずに外に出てきたせいか、ここで数度くしゃみを繰り返す。

「千賀さん」

黙り込む上原夫妻から、視線を隣の夫に移す。

「離婚はやめます。が」

彼がほっと一息ついたところで、釘をさす如く補足する。

「自分の足で立てるようになるまで、別居して下さい」

「は? 意味がよく」

「許されることではありませんが、設楽さんの一件は起こってしまいました。その後に千賀さんの上司の方が、的確なアドバイスを下さいましたよね?」

「はい」

どうでもいいが、千賀さんがやけに低姿勢なのは気のせいだろうか。

「当事者の彩華は仕方がないにしても、千賀さんと上原さんは何故それを突っぱねたんです? 設楽さんの希望とか言いながら、結局彩華可愛さに守りに入ったんですよね?」

図星なのか千賀さんは返事をしない。

「自分を過信して、更に事態を混乱させるなど、大人の振る舞いじゃありません。なのでしっかり自分磨きに励んで、お互いが一人前の人間になるのが先です」

ここにいる全員が子供過ぎた。ううん、子供は悪いことをしたら、ちゃんとごめんなさいが言える。

「設楽さんにお詫びに行きましょう。許してもらうんじゃなくて、せめて彩華が同じ過ちを二度と繰り返さないこと、それだけは約束しなければ」

「……分かりました」

答えと同時に肩にカーディガンがかけられた。びっくりして目を瞬く私の耳に、

「ビンタよりも痛い」

露骨な嘆きが届いた。いいえ、初めて人を叩いたときの痛みを、なかったことにされそうだった私の方が痛いです。




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