友達の恋人

文月 青

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私の体に障るといけないからと、彩華と上原さんは三十分程で腰を上げた。帰宅したばかりで食事も出せなかったことを詫びると、上原さんはこちらこそと笑った。けれど靴を履いていた彩華は、夫達が外に出た後神妙な顔つきで振り返った。

「あの、灯里。灯里と悠斗は、その、もう……」

何か聞きたそうな素振りながら、迷っているのかそこで口ごもる。

「どうしたの?」

「ううん。仲よさそうで安心した。またね」

でもさほど重要な話ではなかったのか、明るく手を振って帰っていった。

「悠斗、またね」

挨拶された千賀さんは、じゃあと一言返すに留まり、やはり様子がおかしいままだった。

「もしかして、私の風邪が伝染りましたか?」

キッチンで夕食の支度をしていると、着替えを済ませた千賀さんが不機嫌そうに背後に立った。

「どうして」

「彩華と、話さないから」

つっけんどんな物言いに、少し怯みながら答えると、はーっと大仰に息を吐かれた。

「灯里ちゃんにこれ以上誤解されたくないから」

珍しく口調が拗ねていて、ますます変な千賀さんに私は目を瞬いた。

「君こそ、上原と何こそこそしてたの」

近距離から降る声に一瞬どきっとした私は、発せられた内容に気分が急降下した。まだ疑われていたらしい。

「誘惑なんてしていません」

「誰がそんなことを。大体灯里ちゃんに器用な真似はできないだろ」

信用してくれていることには安堵したが、素直に喜べないのは何故だ。

「何を話していたの?」

「えっと、それは」

脳内で適当な理由を探すものの、簡単には見つからない。だって千賀さんのお弁当の一件だとは言えない。

「前から感じてたんだけど、灯里ちゃんは上原とは馴染んでいるよね」

それは同志だからです。でもこれも友情にひびを入れてはいけないので言えない。

「君が上原と親密そうにするのが、納得いかない」

びっくりして千賀さんを振り仰いだ。自分を棚に上げてと喚きたいところだけれど、露骨なーーあからさまに悔しがる様子に、すぐに二の句が継げなかった。

「千賀さん」

「何」

「まさかとは思いますが、その、上原さんに……」

自惚れが過ぎているようで、さすがに自分からは確認しづらい。

「上原に、何」

「えーと、ですから」

「妬いてるよ」

呆れたように千賀さんが後ろから腕を伸ばした。両手を組んだ輪の中に閉じ込められる私。でも体には殆ど触れていない。

「ずっと妬いてた」

ではいつぞやの彩華の夫云々も、嫉妬故の暴言だというのだろうか。これが本来の千賀さんなら、非常に分かりづらい上に面倒臭い。




クリスマスイブが明日に迫っていた。今年は土曜日なので、カップルも家族もゆっくり楽しめることだろう。

「ケーキ、焼いた方がいいのかな」

仕事帰りに買物をしながら、私は千賀さんとの初めてのイブをどうするか迷っていた。こういったイベントは我が家には無関係だと思っていたので、実は何の準備もしていない。

風邪をひいて助けてもらって以来、なし崩し的に元の生活に戻ったけれど、よく考えたら何一つ解決していなくて、こんなあやふやな関係のままでいいのか悩む。

いつまでも家具のない部屋で、ままごとみたいな暮らしをしているわけにもいかないし、上原さんはどんなふうに割り切って、彩華との生活を営んでいるのだろうか。

「上原さん?」

ちょうど考えていたからだろうか。大型スーパーを出て、小さなショップやお洒落なカフェが並ぶ通りを歩いていると、夜の賑やかな雑踏の中に上原さんらしき後ろ姿を見かけた。

「こんばんは」

人違いだと困るので、念の為近づいてから声をかける。感情の抜け落ちた虚ろな双眸で、やけに時間をかけて振り返った上原さんは、そこに私を映した瞬間顔色を変えた。

「灯里ちゃん、どうしてここに」

「買物に来たんです。上原さんこそ、彩華へのプレゼントに迷いでも生じました?」

「まあ、そんなとこ。じゃあ途中まで一緒に帰ろうか」

不自然に笑って私の前に立ちはだかる上原さん。そのまま急かすように逆方向に進もうとする。

「用事があるなら、無理し」

ないで下さいと、苦笑しながら身を翻しかけた私は、その続きを発することができなかった。上原さんの体のずっと向こうに、彼の妻と私の夫がいたからだ。

「灯里ちゃん、誤解しないで。これは」

誤解? 何が誤解? 遠目でも暗くてもあの二人は彩華と千賀さんだ。街灯とショップの灯りで照らされた彼らは、表情も会話も分からないが深刻そうに話し込んでいる。

「行こう」

上原さんに促されて私は二人に背を向けた。さっきまで好ましかった街の騒めきが、酷く別世界のもののようだった。

「彩華は千賀に相談を持ちかけているだけだと思う」

行き先も定めずに人の流れに任せていると、苦しげに上原さんが呻いた。

「ごめんな、灯里ちゃん。たぶん俺のせいだ」

自嘲気味に笑んだ後、ぎゅっと唇を噛み締める。

「彩華を抱こうとすると、千賀の顔がちらついて」

二人きりの筈なのに、寝室にあいつの気配がする。上原さんの悲痛な叫びは、神の生誕を祝う音楽に呑み込まれていった。





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