友達の恋人

文月 青

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それからというもの、私は彩華と上原さんのデートに引っ張り出されるようになった。二人はどうやら私と千賀さんを纏めたいようで、見るからに乗り気でない彼も必ず連れてくる。しかも理由がこれだ。

「悠斗、灯里を気に入ったみたいなの」

最初だけは馬鹿な私も舞い上がって、自分なりにお洒落もしてみたけれど、千賀さんが心底迷惑していることは、火を見るより明らかだった。

「灯里ちゃんも困ってるだろ。カップルの付き添いなんて」

いきなり千賀さんに下の名前を呼ばれたときは、冗談抜きで電柱の上まで飛べるんじゃないかと思った。

「名字を教えられていなかった」

あとでこんなオチをつけられたが、それでも以来ずっと名前呼びをしてもらえることが、嬉しくて仕方がなかった。そうして渋々とはいえ、月に一度か二度は四人で会うようになり、思い出として脳のアルバムに収まっていた人に、私は性懲りもなくまた恋をしてしまった。

高校時代の印象そのままに、口数も少なく無駄に騒ぐこともない千賀さんは、私同様聞き役になることが多かった。大抵穏やかな笑みを浮かべて、同僚カップルを眺めているが、例えば二人が席を外す機会があると、無意識なのかふっと表情が翳ることがある。

緊張しっぱなしでろくに話せなくても、貴重な休日に一緒に過ごせるだけで、私にとってはデートにも匹敵する時間だったけれど、千賀さんには苦痛でしかなかったのだろうか。私にはにこりともしてくれない彼に、漠然とした不安を抱いていたある日、彩華と上原さんから結婚の報告を受けた。

「ようやく決めたか。遅いくらいだぞ」

ランチを食べに入ったファミレスで、千賀さんが呆れたように苦笑していると、上原さんが電話の為にこの場を離れた。

「よかったな」

「まあね」

黙ってコーヒーを啜る私を余所に、彩華と千賀さんは柔らかに目元を緩め、ゆっくりと視線を絡ませる。

「おめでとう、彩華」

よくある祝福の言葉なのに、妙な違和感を覚えた。

「幸せに、なれよ」

ありがとうと呟いた彩華の声は、掠れて音にならなかった。驚いたことに彼女の双眸は僅かに潤んでいた。泣くのを堪えるようにぐっと唇を噛み締め、それでも必死で笑みを保っている。

ーーああ、名前だ。

千賀さんが彩華の名前を呼ぶのは何度も聞いてきたけれど、私に対するものとも、上原さんがいるときとも違う。とてもとても優しい、慈しむような響き。

これまでそんな素振りはなかったが、もしかしたら千賀さんは彩華のことが好きだったのだろうか。

そんな予感に胸が苦しくなった、再会して一年後の午後だった。




「俺達も結婚しようか、灯里ちゃん」

温かみなど微塵も感じない、まるで明日は外回りに行こうかとでもいうような口調で、千賀さんが私に訊ねた。

「あいつらも落ち着くことだし」

彩華と上原さんから結婚を知らされた日の夜、千賀さんの車で家まで送ってもらう道すがら、私の顔も見ずに彼は淡々と続ける。

「それでいいんですか?」

何故問い返してしまったのか分からない。でもどうしても確認したかった。

「いい、というと?」

常にはいしか言わない私の反応に、千賀さんも幾分驚いたようだった。やがてほんの少し表情が歪められる。その変化に私は怖くなった。

「あの、おつきあいもしていないのに」

本心とは異なる返事。もっとも千賀さんは逆に納得したらしい。正面を向いてハンドルを繰りながら、事もなげに告げられる。

「じゃあこれからつきあえば問題ないだろう」

運転の片手間に済ませるレベルのことなのだろうか。混乱して運転席を窺えば、千賀さんの横顔が対向車のライトに照らされた。闇よりも青ざめたその顔に心はなく、ただ絶望だけが彼を支配していた。

ーーこの人はやはり彩華が好きなのだ。

きっとどちらとも同僚同士であるが故に、一人で耐えていたのだろう。結婚という形で二人が結ばれる以上、どんなに想ってももう手が届かない。

「分かりました。よろしくお願いします」

無謀な提案に私が応えたことに、千賀さんはさすがに眉を顰めた。けれどすぐによろしくとため息混じりに洩らし、その瞬間から私達は正式につきあい始めた。

支えようなどとおこがましいことは考えていない。私が千賀さんの傍にいたかっただけ。だからこれは私の我儘。ただもしも誰かがいることで、彼が少しでも嫌なことを忘れられるなら、向けられるものが好意ではなくても、充分自分の存在意義があるような気がした。

やがて一ヶ月先に彩華と上原さんは結婚した。私と千賀さんも相変わらず進展しない、仲が良くもなければ悪くもない先輩と後輩のようなおつきあいを継続し、愛されていないまでもそれなりに穏やかな家庭を築いてゆく筈だった。

「いよいよ明日よね。おめでとう、悠斗、灯里」

彩華の祝福に千賀さんは淋しそうに笑う。それでも私は平気だった。昨日とある事実を突きつけられるまでは。



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