上 下
29 / 39

28

しおりを挟む
 ロイドは生まれたときからの王都暮らしだと聞いていた。
 だから王都を離れてしまうなんて考えたことがなかった。ロイドの親しい先輩が領主になる街で働くことにしたという。十代で領主? って思ったら結構あるらしい。ロイドが行く街の先代の領主は数年前に亡くなっており、先輩が卒業するまでは母親が領主代理を務めていたとか。その母親と妹たちが今度は王都で暮らすから妹の学業が終わるまでは先輩と一緒に領地の方で暮らすそうだ。バーリン辺境伯の領地は王都から馬車でひと月はかかるほど遠い。
 兄とエドが進めている事業が成功すればもっと早く移動できるようになるかもしれないけど、それまでには時間がかかるだろう。
 私はそれまで我慢なんてできないし、するつもりもなかった。
 絶対についていくんだから。振られたって何度でもアタックする。ロイドに恋人でもいるのならあきらめるけど、それはないみたいだから絶対に諦めたりなんかしない。両親の説得は兄に任せておけば何とかなるだろう。兄が私にロイドのことを話してくれたということは、ロイドは兄の御眼鏡に適ったということだ。
 
 私はロイドに手紙を送った。この森で待っていると。
 私はロイドを待っている間、久しぶりに薬草採取をしている。薬草の中には料理に使えるものも多い。久しぶりに作ったスープが好評だったので、薬草入りの料理でも作って兄に食べてもらおうかな。
 兄はセネット家の仕事とエドとの事業の仕事とで忙しい毎日を送っている。若いから平気だなどと言って、睡眠時間を削っている。私が作る薬草スープが少しでも役に立ってくれれば良い。

「……何をしているんだい、アネット」

 いつの間にか夢中で薬草採取をしていたようで、ロイドが来たのに気づかなかった。

「何って薬草採取よ。前もしていたでしょ」
「今はそんなことをしなくても暮らしていけているだろ…って、暮らしていけているでしょう?」
「もう、そんな敬語なんて使わないで。ここには誰もいないのだから依然と同じように話して」

 本当は兄の命令で警護の者がどこかに隠れているのだろうけど、ロイドが気づいていないのだから良いのだ。

「…わかったよ。これで最後になるんだしいいかな。アネット、僕は学院を卒業したらバーリンという街にに行くことになった。五、六年は王都には戻ってこれないだろう」
「待って、それはもう決定なの?」
「ああ、もう決まったことだ。君とこの森で過ごした時間は楽しかったよ。でももう終わったことだ。君はエドモンド様と婚約されたし、こうして会うことはいけないことだと思う」
「婚約なんてどうでもいいの」
「どうでもいいことはないだろう? 婚約だよ。君はエドモンド様と結婚するんだろう? 婚約というのはそういうことなんだよ」

 ロイドの声が冷たくなった。ちょっと怒っているようだ。私はロイドの怒った声を聴いたのは初めてだったので口ごもってしまった。

「こ、こ、婚約は、婚約は嘘なの!」

 思い切っていったのに、ロイドはもっと怒った顔になってしまった。。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

目を覚ましたら、婚約者に子供が出来ていました。

霙アルカ。
恋愛
目を覚ましたら、婚約者は私の幼馴染との間に子供を作っていました。 「でも、愛してるのは、ダリア君だけなんだ。」 いやいや、そんな事言われてもこれ以上一緒にいれるわけないでしょ。 ※こちらは更新ゆっくりかもです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

貴方の事を愛していました

ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。 家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。 彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。 毎週のお茶会も 誕生日以外のプレゼントも 成人してからのパーティーのエスコートも 私をとても大切にしてくれている。 ーーけれど。 大切だからといって、愛しているとは限らない。 いつからだろう。 彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。 誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。 このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。 ーーけれど、本当にそれでいいの? だから私は決めたのだ。 「貴方の事を愛してました」 貴方を忘れる事を。

処理中です...