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しおりを挟むそれはほんの数分だったのか、数十分だったのかしばらく経ってカイルが再び口を開いた。
かなり落ち込んでいたようだけど、大丈夫なのだろうか。
「すまない。話せる時間は限られているのにかなり潰してしまった。何から話そうか」
私が聞きたいことは結婚もことだ。私の記憶にはない結婚の二文字はとても気になっている。たぶん結婚していると聞かなければ、前世のことなんて認めなかったし、カイルとこうして話すこともなかったはずだ。それほど結婚していたという事実は私にとっては青天の霹靂だった。
「そうですね。とりあえずわたくしが覚えていないところを埋めたいです」
私がそういうとカイルは複雑そうな顔になる。
「君が思い出さなかったということは思い出したくないからではないのか? 話しても大丈夫なのか?」
「えっ? そんなにひどい過去なんですか? 思い出したくないほどに?」
「いや、私にとっては忘れることができない素晴らしい一年だった。ずっとサーシャも同じ気持ちだと思っていたが、君の話を聞いて確信が揺らいでる。サーシャにとっては忘れたい過去だったのではないかと」
自信家のカイルはどこに行ってしまったのか。グイグイ押してきたのはカイルだったはずなのに、今になって尻込みされても困る。私は前世に何があったのか知りたいのだから。そしてそう思わせるように仕向けたのはカイルなのだから。
「わたくしにはその時の記憶がないから、知らない方がいいのかどうかはわからないわ。でもこのまま忘れて生きていくこともできないと思うの。だって気になるもの。サーシャは前世のわたくしであって今のわたくではないけど、それでもあの後何があって結婚したのかとても気になるわ」
「だが私が話すことは私から見た過去の出来事であって、サーシャにとっての過去ではない。それでも知りたいと思うのかい?」
カイルに言われてこてりと首を傾げる。確かにカイルの言うようにカイルから聞くことは彼が視点になるから私が知りたいこととは違うかもしれない。サーシャがどう思っていたかまではわからないだろう。それに彼の都合のいいように書き換えられている可能性もある。人間は年月が経てば立つほど記憶を塗り替えるそうだから美化しているのかもしれない。
でもここまできて帰るのも間抜けな話だ。こうやってグレース王女に部屋を用意してもらっておきながら、スゴスゴと帰ればどんな嫌味が待っているかもわからない。
「どうしたというの? 前世のことを言ってきたのはカイル伯爵の方ではないですか? 今になってどうしてそんなことを言うの?」
「それは君が全てを思い出していると思っていたからだ。まさか一番大事な部分が忘れられているとは思わなかった。だが君の言うように今更なかったことにはできない。全てを話すよ。ああ、それにしてもどこから話すべきなのか……」
これから聞く話はあくまでもカイルから見た話で、サーシャが何を思っていたかはわからない。それでもどうして結婚することになったのか、そしてどうして死んだのかはわかるだろう。それを知ったからって何かが変わるわけではない。私はリリアナでサーシャではないのだから。あおれならどうして知りたいのか? ただの好奇心? そうね。たぶんそれが一番近い。あれほど私との婚約を嫌がっていたカイルがどうして私と結婚したのか知りたいのだ。それはロマンティックな話ではないのかもしれないけど、それでも知りたい。カイルが何を思って結婚を決めたのか。
「君が覚えているのは私が部屋から追い出したところなのか?」
そう、私はサーシャではないのにあの日のことを思い出すと悲しくなる。叩かれた頰が痛い気さえしてくる。
「ええ、その追い出された後、カバンを持っていないことに気付いて帰れなくなったの。カイルが気付いてくれるのをドアの外で座って待っていたわ。でも寒さから眠くなったところまでね。だから熱を出して死んだと思ってたのよ。わたくしはそれまでにも熱で危なくなったことがあったから」
記憶がそこまでしかなかったから、ずっとそう思っていた。カイルに悪いことをしたと思っていたくらいだ。
「どうして、どうして身体が弱いことを教えてくれなかった? 知っていれば寒空のなか追い出したりしなかった。私が気付いた時はもう熱が出て大変な状態だった。運が悪ければあの時死んでいてもおかしくなかったんだ」
そんなこと言われても困る。あの時のカイルは激昂していた。もし知っていても追い出していたかもしれない。それに内緒にしていたのは対等でいたかったからだ。身体が弱いと知ればカイルとの外出も取り消されるのではないかと怖かった。カイルにはわからないだろうけどサーシャにとってはあの外出だけが楽しみだったのだから。
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