3 / 55
3
しおりを挟むわたしの住んでいるエルーニア国はオルダン大陸の右端にある小さな国だ。しかし小さいながらも山の恵みが豊富で鉱石、魔石が多くとれるため財政には困っていない。そのため納める税金も少なく暮らしやすい国だ。そんな国が他国に狙われることなく何百年も続いているのはオルダン大陸のほとんどがミスラ教を信仰しているからだ。
わたしも生まれた時からミスラ教の信者になることが決まっていた。この国で生まれたものは三日以内に神殿で神の子となる儀式を受ける。神の子になると神から特別な名を与えられる。それはその子だけにしか聞くことはできない名だ。生まれてすぐの子供が覚えられるわけがないのに、不思議なことに忘れることがない。頭の中に刻み込まれているのだ。
ミスラ教によると、その名は何度、輪廻転生を繰り返しても変わらないとされている。魂に刻み込まれている名だとか。
みんながどこまでその話を信じているのかわからないけど、表面的には信じている顔をしている。誰に聞かれても本当の名を教える人はいない。たった一人の人に出会った時にしか言ってはならない名だ。そう結婚する相手にしか真の名は告げてはならないのだ。結婚の儀式をする時にお互いの真の名を告げることになっている。そのため長い間、離縁が認められていなかった。暴力夫に当たっても別れることが困難な時代があったのだ。今ではそんなことはない。別れの儀式を神殿で行えば離縁することができる。でもそれには相応の理由がいるわけで離縁率は少ないのだ。
だから一生の相手となる結婚相手は真剣に選ばなければならない。間違っても『ハズレ』を引くことがないように慎重に慎重に選ぶのだ。
「それにしてもどうしてまたこの国に転生したのかしら。カイルにまた会うなんて不幸すぎるわ」
一度振られた相手に来世でも会いたいものなどいないだろう。それも親子ほど歳が離れているのだ。
「またその話なの? カイル伯爵と前世でも一緒にいられたなんて羨ましいわよ。しかもプロポーズの言葉まで頂いたそうじゃない。何が不満なのか教えて欲しいわ」
私が前世を思い出したことを唯一知っている、幼馴染のグレース・エルーニア王女は朗らかに笑いながら、最近流行だというティラミスというお菓子を食べている。グレース王女はお菓子が大好きで、少しばかりふっくらとした体型だけどそこが魅力的だと私は思っている。この国では細い体型が好まれているけど、ギスギスした体型よりも彼女の豊満な体型の方が魅力的なのにといつも思っている。
「あ、あれはプロポーズの言葉ではないわ。言ったでしょ? 「サーシャ、やっと君を見つけたよ。生まれ変わったら一緒になろうって約束忘れてないよね」って言われたのよ。プロポーズの言葉じゃないでしょ? なんだか脅迫されてる感じだったわ」
「えー、そうかしら。私は素敵な言葉だと思うわ。やっと見つけたって、長い間貴女が生まれ変わったことを信じて探してたってことでしょ。素敵だわ」
グレース王女はロマンティックな話が大好きだから、勝手に話を盛っている。フィルター越しで聞けば確かにロマンティックな言葉に聞こえるだろう。
でも私は知っている。生まれ変わっても一緒になんて前世で言われたことなんてないのだから。
私が前世であったことを話した時、グレース王女は私の荒唐無稽な話を黙って聞いてくれた。あの時の私はとても感情的になっていたのに信じてくれた。泣いている私を黙って見守ってくれたのだ。信じられない話だったと思う。この国では前世を売りにする人もいるけど、ほとんどの人が詐欺のような見世物なのだ。それなのにグレース王女は信じてくれたのだ。
「貴女からカイル伯爵の話を聞いた時は驚いたものだけど、まさかこういう展開になるとはね。こんなことなら色々と調べればよかったわね」
一応私の話の裏を取ったのかと思っていたら、それすらしていなかったようだ。
「六年前、どうして私の話を信じてくれたの? 調べてないのなら証拠なんて一つもなかったでしょ?」
「証拠なんていらないわ。私は貴女が嘘をつかないって知ってるもの」
グレース王女は外見はとても女らしい方なのに、性格はとても男っぽくさっぱりとしている。私はそんなグレース王女が大好きだ。グレース王女が男だったら惚れていたのになぁっていつも思っている。
「とにかくカイル伯爵の真意が何か探らないと駄目ね。彼が公爵家に取り入るためにそんなことをするとは考えられないけど、そこまで知ってるわけではないから調べてみましょう」
「えっ? グレースはそんなことしなくていいわ。私が自分で調べてみるから」
王女様にそんなことまでさせられない。これは私の問題なのだから。
「駄目よ。こんなおもし…ゴホッ、友達の一大事に私が手を貸さなくてどうするの」
なんか不穏な言葉も聞こえた気がしたけど、結局グレース王女が調べてくれることになった。
まだ両親には話してはいない。カイルが本気かどうかわからないから動けないのだ。もしかしたらからかっているだけかもしれないし……。
26
お気に入りに追加
2,539
あなたにおすすめの小説
あなたの一番になれないことは分かっていました
りこりー
恋愛
公爵令嬢であるヘレナは、幼馴染であり従兄妹の王太子ランベルトにずっと恋心を抱いていた。
しかし、彼女は内気であるため、自分の気持ちを伝えることはできない。
自分が妹のような存在にしか思われていないことも分かっていた。
それでも、ヘレナはランベルトの傍に居られるだけで幸せだった。この時までは――。
ある日突然、ランベルトの婚約が決まった。
それと同時に、ヘレナは第二王子であるブルーノとの婚約が決まってしまう。
ヘレナの親友であるカタリーナはずっとブルーノのことが好きだった。
※R15は一応保険です。
※一部暴力的表現があります。
夫に離縁が切り出せません
えんどう
恋愛
初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。
妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
初恋の終わり ~夢を叶えた彼と、居場所のない私~
あんこ
恋愛
初恋の彼と結ばれ、幸せを手に入れた筈……だった。
幼い頃から相思相愛で幼馴染のイースとふたりで村から王都に出て来て、一年半。久々に姿を見かけたイースは、傍らにぶら下げた知らない女の腰を寄せながら、冷たい声で私に言った。
「あいつ? 昔、寝たことがある女。それだけ」
私の初めてを全て捧げた彼は、夢を叶えてから変わってしまった。それでも、離れることなんて考えてもみなかった。十五年間紡いで来た関係は、たった一年半の王都暮らしで崩れ去った。
あなたにとって私は、もう何の価値もないの?
叶えた筈の初恋を失い居場所を探す女性と、初恋の彼女と結ばれ夢を叶え全てを手に入れた筈が気付けば全て零れ落ちていた彼の話。
目を覚ましたら、婚約者に子供が出来ていました。
霙アルカ。
恋愛
目を覚ましたら、婚約者は私の幼馴染との間に子供を作っていました。
「でも、愛してるのは、ダリア君だけなんだ。」
いやいや、そんな事言われてもこれ以上一緒にいれるわけないでしょ。
※こちらは更新ゆっくりかもです。
バイバイ、旦那様。【本編完結済】
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。
この作品はフィクションです。
作者独自の世界観です。ご了承ください。
7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。
申し訳ありません。大筋に変更はありません。
8/1 追加話を公開させていただきます。
リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。
調子に乗って書いてしまいました。
この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。
甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
処刑直前ですが得意の転移魔法で離脱します~私に罪を被せた公爵令嬢は絶対許しませんので~
インバーターエアコン
恋愛
王宮で働く少女ナナ。王様の誕生日パーティーに普段通りに給仕をしていた彼女だったが、突然第一王子の暗殺未遂事件が起きる。
ナナは最初、それを他人事のように見ていたが……。
「この女よ! 王子を殺そうと毒を盛ったのは!」
「はい?」
叫んだのは第二王子の婚約者であるビリアだった。
王位を巡る争いに巻き込まれ、王子暗殺未遂の罪を着せられるナナだったが、相手が貴族でも、彼女はやられたままで終わる女ではなかった。
(私をドロドロした内争に巻き込んだ罪は贖ってもらいますので……)
得意の転移魔法でその場を離脱し反撃を始める。
相手が悪かったことに、ビリアは間もなく気付くこととなる。
婚約破棄のその先は
フジ
恋愛
好きで好きでたまらなかった人と婚約した。その人と釣り合うために勉強も社交界も頑張った。
でも、それももう限界。その人には私より大切な幼馴染がいるから。
ごめんなさい、一緒に湖にいこうって約束したのに。もうマリー様と3人で過ごすのは辛いの。
ごめんなさい、まだ貴方に借りた本が読めてないの。だってマリー様が好きだから貸してくれたのよね。
私はマリー様の友人以外で貴方に必要とされているのかしら?
貴方と会うときは必ずマリー様ともご一緒。マリー様は好きよ?でも、2人の時間はどこにあるの?それは我が儘って貴方は言うけど…
もう疲れたわ。ごめんなさい。
完結しました
ありがとうございます!
※番外編を少しずつ書いていきます。その人にまつわるエピソードなので長さが統一されていません。もし、この人の過去が気になる!というのがありましたら、感想にお書きください!なるべくその人の話を中心にかかせていただきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる