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2 悪役令嬢は王子様に告らせたい

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 この国の第一王子・マーカスに出会ったのは、エリザベスがまだ幼い頃だ。
 
 エリザベスの父親は広大な領地と資産を所有する公爵である。王室は公爵の援助を得るために、エリザベスを第一王子マーカスの婚約者に指名したのだ。そして初めて会った日に、エリザベスはマーカスの虜になった。


 ――可愛いわね、あなた。


 幼き日のエリザベスは、マーカスにそう言い放った。エリザベスと目を合わせたマーカスは、ひゅ、と肩をすくめると、すかさず従者の後ろに隠れてしまった。


 ――申し訳ございません、エリザベス様。マーカス様は少々、引っ込み思案な性格なのです。


 周囲からの信頼が厚い中年の従者は、マーカスの頭を撫でながらエリザベスに謝った。
 するとマーカスは顔を上げ、エリザベスに視線を向ける。金髪碧眼、すらりと通った鼻筋。真っ白な肌に薄桃色の頬。マーカスは、さながら絵画に描かれる天使のように美しい少年である。


 ――あ、あの……こんにちは。


 エリザベスに向けられた、挨拶の言葉。


(なんて可愛らしいの!)


 エリザベスは、子どもながらに歓喜した。こんな美少年が、自分に挨拶をしてくれるなんて。彼はほんの一言、誰かに声をかけるだけで、その誰かに幸せをもたらす魅力を持っている。


 しかし結局その日、マーカスがエリザベスに向き合って発した言葉はそれだけだった。


 以後、エリザベスは季節ごとにマーカスを訪ね、親交を深めている……と言いたいところだが、マーカスはというと、なしのつぶてであった。


 マーカスは美しく聡明な青年へと成長した。だが、一つ致命的な弱点がある。
 ――それは、引っ込み思案で女嫌いなこと。
 社交界にもほとんど出て来ないから、年頃の貴族令嬢の間では〝引きこもり王子〟だなんて呼ばれている。


(ゆゆしき事態だわ!)


 マーカスはこの国の皇位継承者で、エリザベスの婚約者。もっとたくましい男に、成長しなければならない。エリザベスだって、将来の王妃にふさわしい教養を、必死に身につける努力を重ねてきたのだ。その持ち前の根性と勝ち気さが貴族たちの不興を買い〝冷酷〟とか〝ドS〟とか〝王子から婚約破棄されるにちがいない〟などと陰口を叩かれることもあるが――。


 ――どうして引きこもってばかりいるのかしら?


 エリザベスは、心のおける妹のマーガレットに尋ねたことがある。するとマーガレットは、頬を赤らめて視線を逸らし、黙ってうつむいた。


 ――あなた、何か知っているのね? お願い、教えて。


 マーガレットは決しておしゃべりな性格ではないが。その美しく親しみやすい容姿で周りの者からたいそう慕われているのだ。社交界での噂なども、エリザベス以上によく知っている。婚約者であるエリザベスが知らないマーカスについての噂も、マーガレットなら聞いていてもおかしくわない。


 ――気にされているようですよ。その……である、ことを。
 ――マーガレット? 今、あなたはなんて言ったの?
 ――もう、お姉様! だから〝童貞〟です。マーカス様は、ご自身に女性経験がないことを気に病まれているようです!
 ――まぁ、それは良くないわ!


 信じられない、そんなことで悩んでいたなんて!
 そこでエリザベスは決意した――マーカスの童貞を、どこかのタイミングで捨てさせることを。乱交の許されているハロウィンパーティなら、またとない機会だ。


(そうよ、エリザベス。今夜あなたが、マーカスに童貞を捨てさせるの! そして、私に愛の告白をさせるのよ!)


 王都の端に佇む廃墟のような城。正確には日々手入れされているのだが、国民の間では〝おばけ城〟などと呼ばれ、立ち入り禁止区域にも指定されていた。


 この城でハロウィンの今宵、仮面舞踏会が行われる。


「さあ、マーガレット。行きましょう!」
「ええ、お姉様、楽しみですわ」


 真っ黒なドレスに目元を隠す仮面をつけて、エリザベスはマーガレットの手を引く。


 ピンク色の妖精のドレスを着たマーガレットは、いつも以上に可憐だ。
 
 大きな石段を上がり城の中へ入ると、広間ではすでに仮装した貴族によるダンスが行われていた。


 みな、魔女や魔物や精霊の仮装をして、目元は仮面で隠している。
 もちろん、なんとなくその正体が分かる者もいるし、まったく判別できない者もいる。


(楽しみだわ、マーカス)


 小さく含み笑いをして、エリザベスはシャンデリアが虹色に照らし出す広間の真ん中へと、進んでいったのだった。
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