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1 ハロウィン、それは○○パーティ
しおりを挟む――ベス。ここから見える全てのものが、我が公爵家のものだよ。
穏やかなブロンドの髪をなでつけながら、紳士は幼い娘を抱き上げ、くるりとその場で身を翻した。
見渡す限りの緑の草原。地平線の少し手前に、針葉樹の林がある。そして反対側には、静かな湖面に青空を写す湖が見えた。爽やかな初夏の風が、エリザベスの頬を撫でていく。
――お父様、それは本当なの? あちらに見える林も、こちらに見える湖も、みんなわたくしたちのものなの?
――ああ、その通りだよ、ベス。だから君も、公爵家にふさわしいレディになりなさい。
――もちろんよ、まかせて、お父様!
肩下まである栗色の長い髪を揺らして、エリザベスは笑った。
勝ち気な黒い瞳が、細められる。
(見える全てが、わたくしたちのもの)
エリザベスにとって、世界とは自分が思うままのものであった。
そう、成長するまでは、ずっとそう思っていた――。
* * *
私室の大きな姿見の前で、公爵家令嬢エリザベスは悩んでいた。
「う~ん、どうしよう。ねぇマーガレット、私にはどちらが似合うかしら」
エリザベスが手にしているのは、仮装用のドレスだ。一着はふわふわの妖精の衣装、もう一着は黒と紫を基調とした魔女の衣装だ。
「お姉様には、やはりこちらではなくて?」
そういって妹のマーガレットが手をかけたのは、魔女の衣装である。
にっこりとエリザベスに笑いかけるマーガレットは、今日も一段と愛らしい。ふわふわのブロンドヘアは編み込みにしてまとめ上げ、ピンク色のサテンのリボンを飾っている。ドレスはピンクから白へとグラデーションになったデザインで、こちらも可憐なマーガレットのために仕立てられたものだ。彼女は昨年社交界にデビューしたばかりだが、その愛くるしさは上流階級の殿方をあっという間に虜にして、今では〝国民の妹〟などという愛称がつくほどだ。
対してエリザベスは、きつそうな顔立ちにすらりとした長身、髪の毛も栗色のストレートで、どことなくとっつきづらい。今日は深い藍色のタイトなドレスを着て、髪は結い上げることもせず下ろしている。こういったファッションセンスも、妹とは正反対なのだ。
「そうよね。決めた、私が魔女の衣装を着て、あなたが妖精の仮装をしなさい!」
ピンク色の女性らしい衣装をマーガレットに手渡しながら、エリザベスは微笑んだ。
(比べるまでもなく分かっていたこと。私が魔女で、マーガレットが妖精だわ)
エリザベスは、自分に与えられた役割を分かっている。あとは、それをきちんと演じるだけだ。
二週間後に、王室主催のハロウィンパーティがある。ハロウィンというのはこの国に昔から住む人々の間で行われてきた伝統行事のことである。
その人々は一年を暖季と寒季に分けており、一年の終わりを十月三十一日とする。この夜は秋の終わりを意味し、翌日からは冬の始まりとされる。
古い伝承で死者と生者との境が弱くなるこの夜に、人々は死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていた。だから死霊や魔女や精霊から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚き祈りを捧げたのだ。それが次第に発展して、今はむしろ人々が楽しむための行事になっている。
ちなみにハロウィンと対になるものが四月三十日の〝ワルプルギスの夜〟であり、それを乗り越えた人々は、五月一日の春の到来〝メーデー〟を祝うのである。
王室主催のハロウィンパーティには、いくつか面白い特徴があった。
①会場は王室が所有する普段は無人の城(貴族の間では廃墟と呼ぶ人もいる)
②参加者は仮装と仮面をつけ、お菓子を持参して他の参加者に配ること
③仮面をつけた相手の正体が分かっていても、それを口外しないこと
エリザベスもマーガレットも、このハロウィンパーティに参加するのは初めてだ。だからこうして、衣装選びも入念にしている。
(やらなくては――必ずマーカスをモノにしなくては)
けれどもちろん分かっている。このパーティは大人向け。
つまり――乱交が許され、それを目的にして既成事実を作ろうとする、若い王族貴族たちが集う場だということを。
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