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3.30代のほとんどを妊活に費やして
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3.30代のほとんどを妊活に費やして
子ども時代に自分の将来を想像して、三人の元気すぎる子どもに囲まれ困っている母親の自分を想像したとき。
生理が数日遅れて、妊娠したかと不安になった二十代の頃。
子育て支援について質問した就職活動の企業セミナー。
過去の自分に会えたら言いたい、
「お前はそんなに簡単に妊娠しない。なんなら40歳近くになっても妊活をしている、と。」
そんなことない?
若ければ大丈夫?
たしかに統計データ上は、そうだと思います。
けれど【妊孕性にはものすごく個人差がある】ということを、自分自身が妊活する段階になって初めて実感しました。
子どもを持てるかどうか、何人持てるかというのは、運命なのではないかと今は思っています。
社会人になり結婚した私の願いは、なるべく早く子どもを産むこと。
でも、なかなか授かりませんでした。私より後から結婚した友人たちが、どんどん妊娠出産していきます。
焦った私は本格的に妊活を開始。通販で海外製の排卵検査薬と毎朝の基礎体温検温を併用し、排卵日を予測しながら自己流のタイミング法を実施しました。
数年の月日が過ぎて、ようやく妊娠出産に至りました。
ただ、その道のりも多難でした。
まず、無事に生まれた子を妊娠するまでに、
・良性の卵巣嚢腫手術(腹腔鏡、4泊5日入院)
・稽留流産手術(1泊2日入院)
を経験し、妊娠から出産までに、
・切迫早産(妊娠後期の入院)
・計画無痛分娩(38週)
・緊急帝王切開(38週)
を経験しています。
このあたりの記録は、実は以前、作家アカウントではないブログでまとめています。
かなりややこしく、長い話になるのですが、計画無痛分娩は興味のある方も多いトピックかと思いますので、いつか公開したいです。
さてさて、そんな流れで、なんとか無事に第一子を出産。
その後は育児に追われ、仕事復帰をしてからは毎日が嵐のように過ぎていきました。
また、ありがたいことにティーンズラブ小説で商業デビューを果たし、そちらの活動も隙間時間で続けました。
帝王切開だったこともあり、第二子妊活を意識したのは出産から2年後くらいだったと思います。
妊活の方法は前回と同じ。基礎体温と排卵検査薬を併用したタイミング法です。
が、これがもう、さっぱり駄目でした。陽性にすらならないのです。
私は最初の妊娠が稽留流産(胎嚢確認後、心拍確認前の初期の流産)に終わりとても大変だったため「もう一人っ子でもいいかな」なんて思い始めました。
世間の多くの人にとっては適度に頑張れば妊娠、出産できるのが当たり前かもしれないけれど、私にとってはそうではないのです。
当たると評判の占い師さんにも「あなたには子どもの相は一人もでていない」と言われました。そういう人は、子ども以外に課せられた運命があるのだそうです。
だから、今後も妊活は続けるけれども、無理はせず、流れや「運命」に任せてみようかな、なんて考えました。
それに、何より日頃の家事と育児、仕事、そして執筆活動で手いっぱいでした。
生まれた子どもは可愛いくて、すくすく育っていきます。
周囲には二人目や三人目を産む人も多いですが、一人っ子の家庭ももちろんあります。
一人目が無事に産まれるまで、ものすごく大変だった私は「別に無理をしなくても」と思うようになりました。
……が、結局諦めきれませんでした。
大きな転機は、2022年4月より不妊治療が保険適用になったことです。
これまでは自費で1回50万円ほどかかると聞いていた体外受精・顕微授精も、保険適用なら手が届きそうです。
また、無理なく通える範囲に、自分に合いそうな不妊治療クリニックを見つけました。初診の予約も、頑張れば取れそうです。
そこで私は、職場や家族に説明して不妊治療に挑戦することにしました。
うっかりしていたら40歳になる、という年齢的な制約も、私の背中を押しました。
(不妊治療では、39歳までと40歳以上で保険適用の条件が異なるというのは前述の通りです)
すでに自己流のタイミング法は、試し始めてから100周期(100ヶ月)以上。
いわば30代のほとんどを妊活に費やしてきたわけで、そろそろケリをつけるためにも、不妊治療に挑戦したいなと思ったのです。
子ども時代に自分の将来を想像して、三人の元気すぎる子どもに囲まれ困っている母親の自分を想像したとき。
生理が数日遅れて、妊娠したかと不安になった二十代の頃。
子育て支援について質問した就職活動の企業セミナー。
過去の自分に会えたら言いたい、
「お前はそんなに簡単に妊娠しない。なんなら40歳近くになっても妊活をしている、と。」
そんなことない?
若ければ大丈夫?
たしかに統計データ上は、そうだと思います。
けれど【妊孕性にはものすごく個人差がある】ということを、自分自身が妊活する段階になって初めて実感しました。
子どもを持てるかどうか、何人持てるかというのは、運命なのではないかと今は思っています。
社会人になり結婚した私の願いは、なるべく早く子どもを産むこと。
でも、なかなか授かりませんでした。私より後から結婚した友人たちが、どんどん妊娠出産していきます。
焦った私は本格的に妊活を開始。通販で海外製の排卵検査薬と毎朝の基礎体温検温を併用し、排卵日を予測しながら自己流のタイミング法を実施しました。
数年の月日が過ぎて、ようやく妊娠出産に至りました。
ただ、その道のりも多難でした。
まず、無事に生まれた子を妊娠するまでに、
・良性の卵巣嚢腫手術(腹腔鏡、4泊5日入院)
・稽留流産手術(1泊2日入院)
を経験し、妊娠から出産までに、
・切迫早産(妊娠後期の入院)
・計画無痛分娩(38週)
・緊急帝王切開(38週)
を経験しています。
このあたりの記録は、実は以前、作家アカウントではないブログでまとめています。
かなりややこしく、長い話になるのですが、計画無痛分娩は興味のある方も多いトピックかと思いますので、いつか公開したいです。
さてさて、そんな流れで、なんとか無事に第一子を出産。
その後は育児に追われ、仕事復帰をしてからは毎日が嵐のように過ぎていきました。
また、ありがたいことにティーンズラブ小説で商業デビューを果たし、そちらの活動も隙間時間で続けました。
帝王切開だったこともあり、第二子妊活を意識したのは出産から2年後くらいだったと思います。
妊活の方法は前回と同じ。基礎体温と排卵検査薬を併用したタイミング法です。
が、これがもう、さっぱり駄目でした。陽性にすらならないのです。
私は最初の妊娠が稽留流産(胎嚢確認後、心拍確認前の初期の流産)に終わりとても大変だったため「もう一人っ子でもいいかな」なんて思い始めました。
世間の多くの人にとっては適度に頑張れば妊娠、出産できるのが当たり前かもしれないけれど、私にとってはそうではないのです。
当たると評判の占い師さんにも「あなたには子どもの相は一人もでていない」と言われました。そういう人は、子ども以外に課せられた運命があるのだそうです。
だから、今後も妊活は続けるけれども、無理はせず、流れや「運命」に任せてみようかな、なんて考えました。
それに、何より日頃の家事と育児、仕事、そして執筆活動で手いっぱいでした。
生まれた子どもは可愛いくて、すくすく育っていきます。
周囲には二人目や三人目を産む人も多いですが、一人っ子の家庭ももちろんあります。
一人目が無事に産まれるまで、ものすごく大変だった私は「別に無理をしなくても」と思うようになりました。
……が、結局諦めきれませんでした。
大きな転機は、2022年4月より不妊治療が保険適用になったことです。
これまでは自費で1回50万円ほどかかると聞いていた体外受精・顕微授精も、保険適用なら手が届きそうです。
また、無理なく通える範囲に、自分に合いそうな不妊治療クリニックを見つけました。初診の予約も、頑張れば取れそうです。
そこで私は、職場や家族に説明して不妊治療に挑戦することにしました。
うっかりしていたら40歳になる、という年齢的な制約も、私の背中を押しました。
(不妊治療では、39歳までと40歳以上で保険適用の条件が異なるというのは前述の通りです)
すでに自己流のタイミング法は、試し始めてから100周期(100ヶ月)以上。
いわば30代のほとんどを妊活に費やしてきたわけで、そろそろケリをつけるためにも、不妊治療に挑戦したいなと思ったのです。
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