ものまね

TATSUYA HIROSHIMA

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第7話 ホクロ

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 自宅に帰ると奥村はすぐさま手鏡を持ち、マチケンの顔に近づけるための練習を開始した。まずはスマホでマチケンの宣材写真を検索し、その画像を画面に出したままスマホスタンドにスマホを立てた。そして、鏡の中に映る自分の顔とを交互に見ていく。やはり目の上の鼻くそのようなホクロが無いというのが痛い。これがあればイッキに近づくような気がした。
 ホクロを作る方法…ホクロを再現する方法…奥村は頭の中で思案した。ふと、キッチンの方に目をやった。すると、緑色の豆菓子の入った「でん六」の袋が見えた。奥村は立ち上がり、「でん六」の袋を手に取ると、中から一粒取り出してじっくりと見た。これだ。これをマジックか何かで黒く塗り、目の上につければ…早速試してみた。目の上に貼り付ける際は、とりあえず接着剤を使った。見事、くっ付いた。鏡の中に映る奥村は少しだけマチケンに近づいていた。あの太い眉毛は何とかなる…あとは鼻と輪郭だが、これは自分一人でどうこうできるものではないな。とりあえず表情のバリエーションを増やしてカバーしていくしかないか。奥村はその夜、日が昇るまでの間、ずっと鏡の中に映る自分を研究し続けた。
 その甲斐あってか、翌日の収録で見せたモノマネ芸に対する反響がいつも以上のものであった。特に、目の上のホクロが好評を博し、その後の「これでん六です」というボケも笑いを掻っ攫った。
 いつになく、上機嫌になった奥村は、さらにマチケンの観察に勤しむことを決め、収録後、マチケンにLINEでメッセージを送った。
「マチケンさんのモノマネがすごい反響です」
「もっと研究させてください」
「この後、呑みでもどうですか?」立て続けに三件送った。
 すると、送信したとほぼ同時に「じゃあ迎え頼むな」と返事が来た。マチケンは後輩から誘われるのを手ぐすね引いて待っていると言う噂があったが、どうやら本当のようだ。奥村はハイヤーを呼び、マチケン宅のエントランスへと向かった。
 奥村はエントランスでオートロックのインターホンを押した。「上がってきなよ」上機嫌のマチケンが自動ドアのロックを解除した。奥村はマチケンの部屋がある34階へエレベーターで向かった。エレベーターを降り、343号室へと向かう。ドアベルを鳴らすとマチケンが出てきた。
「入りな」部屋の中に入り、リビングに足を踏み入れると、テレビの前の小さなローテーブルの上に、「吉野家」の袋が置いてあった。
「飲みに行く前にさ、お腹すいちゃって」マチケンが袋を広げると、牛丼の並盛が二つ重なっていた。
「はあ…」奥村はハッとした。マチケンは若手を飲みにつれていく直前に、牛丼を食わせることがあると噂で聞いたことがある。ひとえに節約目的だというが、あれだけ稼いでいる人間でも、まさかここまでケチになれるとは。しかし、奥村はまたネタが増えたと思うと、なんだかうれしくなった。
「牛丼食ったら、あそこに呑みに行こうな」
「どこですか?」
「ほら、あそこたい!」
「だから、どこ?」
「お前がバイトしてる、あそこ!」
「銀杏ですか?」
「そうそう!あそこの大将なら気前イイからまけてくれるだろ?お前がいればサービスも期待できるしな」
 この人はどこまでせこいんだ…奥村はため息をついた。

「銀杏」につくと、マチケンの予想した通り、大将が刺身の盛り合わせや日本酒の「佐藤」をサービスする気前の良さを見せつけた。
 奥村がトイレに立った際には「タケちゃん、最近調子いいね。このまま頑張りなよ」と一言かけてくれた。なんだか、大将にはお世話になりっぱなしで、有難さと同時に罪悪感さえ覚えてしまった。席に戻ると、すでにマチケンは酔っぱらっていた。奥村よりも一段階上のステージに上がっているようにさえ見えた。
「なんだ?その目の上の豆は?」マチケンが奥村の左目元を指さした。今日の収録で付けた「でん六」をそのままつけたままにしていた。奥村はヤバいとも思ったが、すぐさま答えた。
「マチケンさんのホクロですよ!」
「俺のホクロ?」一瞬、空気がぴりついた。
「よくできてるなあ」すぐさま感心した表情を見せる。
「これのおかげでまた少しマチケンさんに近づけたような気がします」奥村は自信たっぷりに返事をした。
「おう!頑張れよ!」マチケンが親指を立てた。すると、そのまま倒れ込んで寝てしまった。
 マチケンがお猪口を片手に、テーブルの上で自身の腕に顔をうずめてしまった今、奥村は呑み相手を失い、この後どうすべきなのかを思案した。その時、奥村は突然、尿意を催した。
 スヤスヤと眠っているマチケンを一人、個室に残して、奥村はトイレへと向かった。店内は活気に満ちており、そこかしこから盛り上がる声が聞こえてくる。その間を縫って、奥村は店の奥へと進み、トイレで用を足そうとした。すでに先客がおり、二つある小便器の左側に若い男が立っていた。特に意に介さず奥村は男の右側に立つ。ズボンのチャックを下ろそうと指をかけたとほぼ同時に奥村は何やら視線を感じて右側を見た。
「あれ?マチケンさんですよね!?」若い男が調子よく奥村に声をかけた。
 マチケン?もしやこのホクロのせいで本人と勘違いされたか?奥村はどう反応していいのかわからず、一瞬固まってしまった。そんな中、苦し紛れに出た答えが「あ…どうも」だった。
 奥村は男に向かって会釈をし、さっさと出し切ってしまおうといきんだ。しかし、皮肉なことに、こんな時に限って、勢いよく出てくれないのが人間の身体の七不思議である。
「やっぱりそうですよね!え!マチケンじゃん!」まくしたてるように男が声をかけてくる。その顔は紅潮していることから相当酔っぱらっている。
 早く出ろ…早く出ろ。その間も奥村は一生懸命に小便を出そうといきんだ。
「いや、マチケンのファンの子が俺の連れにいるんすよ!だからちょっと俺らの席に来てくださいよ!ね!ね!」若い男は急かすように奥村の背中を叩いた。
「あ…いや…その…」必死で小便をする奥村をよそ眼に男は奥村の腕を引っ張った。
「あ!ちょっと!?」奥村はすかさずズボンのチャックを締め、男に引かれる形でトイレを後にした。

「いま、トイレで誰に会ったと思う?あのマチケンだよ」若い男が襖を開け、奥村を紹介する。
「ああ…どうも」申し訳なさそうに奥村は会釈をして、顔を見せた。
「えー!?すごーい!本物じゃん!」金髪の女性が声を上げた。そのグループは計5人ほどの集まりで、見たところ合同コンパの最中のようであった。
「何か面白いことしてくださいよ」今度は黒髪でショートカットの女性が声を上げた。ここはもう腹をくくるしかない。
「わたくし、面白いことが一番苦手でございます!」身も心もマチケンになり切った奥村は右手でペシッと頭を叩いた。大爆笑だった。
 その後も渾身のギャグを三つほど放ち、周囲を大爆笑の渦に包み込んだ。奥村は得意げになった。もはや自分は‘‘マチケン’’そのものだ、と。
 
 その後、奥村は本家本元のマチケンを自宅へ送り届けるためハイヤーを呼び、マチケンを抱えながら店を後にした。
「マチケンさんも大変ですね!先輩の面倒見なくちゃいけなくて!」さきほどの若い男が襖から顔をのぞかせ声をかけてきた。
 奥村は恐縮した表情を見せたが、内心ではとんでもない自信に満ち溢れていた。本物のマチケンがすぐ隣にいるにもかかわらず、自分がマチケンだと未だに勘違いされている。ハイヤーに乗り込んだ奥村はすっかりマチケンの仮面をかぶった‘‘お笑いのカリスマ’’となっていた。
ハイヤーの中で熟睡する町田の姿を見て、奥村は笑いをこらえるのに必死だった。もはや赤ん坊が寝ているのかと思うほどに首がない。Tシャツの襟もとから顔だけが生えてきているようなそんな出で立ちだった。あまりの面白さに奥村はスマホを取り出し、シャッターを押した。ふと、町田のポケットから鍵のついたキーホルダーが飛び出しているのが目に入った。年季の入った「キン肉ハウス」のキーホルダーにカギが三本ぶら下がっている。すべて同じ形だった。奥村はそのキーホルダーを手に取り、カギを一本外した。そして、ポケットにそっとしまうのだった。

 町田を無事に部屋へ送り届けた後、奥村は自宅の洗面所で鏡の前に立っていた。呑みの席で起こった一連の出来事を回想しながら、思わず笑みがこぼれた。マチケン本人と勘違いされた……。
「もっと似せなくては。この…ホクロを…取れないように…もっと、もっと、もっと……」
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