ものまね

TATSUYA HIROSHIMA

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第5話 伝えたいこと

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 自宅に帰ると佐々木がまだ起きていた。「おお、今日も接待?ハハハ、お前も毎晩大変だな」
「これも芸人の仕事の一つだからな」さも仕事をしてきたかのように奥村は答える。
「で、今日は誰と飲んだの?」佐々木は興味津々だ。
「マチケンだよ…」決して楽しいものではなかったかのようにうつむき加減で奥村は言った。
「すげえじゃん!お前もマチケンと飲めるまでになったか!」佐々木は嬉しそうだった。佐々木とは苦楽を共にしてきた仲だ。一時期はコンビ結成の話もあったが、結局のところ立ち消えになってしまい、お互いピンで活動していくと決めた。だからこそ、奥村もまた佐々木が売れたら同じような反応をするだろう。
「それよりさ、これ見てくれよ」奥村はジャケットのポケットからスマホを取り出して、町田の家で撮影してきた‘‘素材’’の数々を見せた。
「なにこれ?」
「マチケンの家で撮影してきた私物だよ」奥村は自信満々だ。
「お前、マチケンの家いったの?」佐々木は不思議そうな顔で奥村を見つめている。
「その…あの人酒癖悪くてよ…結局つぶれちまってさ、家まで送り届けたんだよ」佐々木が訝し気な表情を浮かべていることに混乱した奥村は困惑しながら答える。
「それにしてもよく家、知ってたな」決して詮索する気はないだろうが、佐々木の一言に奥村はカチンときた。
「なんだよ!さっきからマチケンの家に行ったのか?なんで家を知ってるんだ?帰ってきた時からそうだ!‘‘お前も大変だな’’って嫌味ったらしく言いやがって」今にも大暴れしたい気持ちを奥村は抑えた。
「おいおい、どうしたんだよ?急に。なんか気に障ること言ったか?」
「もうウンザリだ。毎日毎日、家でゲームばかりしているお前の面倒を何故俺が見なきゃならない!お前も少しは先輩とかプロデューサーと接待して仕事もらえよ!」つい思ってもいないことが口から出てしまう。しまった。と思った時にはもう遅かった。
「なんだよ、それ…俺はお前に面倒を見てもらう気なんてないぞ!俺だってな…もういい!」佐々木は居間のドアをガラガラとたたき開け、玄関のドアも乱暴に開け放った。佐々木は家を飛び出した。奥村はたった一人取り残された居間で立ち尽くしながら、ひどい罪悪感にさいなまれた。

 その夜、佐々木は帰ってこなかった。翌日も。そのまた翌日も。どこかに転がり込んだのだろう。一体誰のところに行ったのだろうか。だが、奥村にそんなことを気にしている時間はない。町田の家で集めてきたネタの数々を奥村は食い入るように何度も何度も見返した。撮影してきた日記には、町田がどのような感覚でお笑いをやっているかということも事細かに記されており、一種のネタ帳のような役割も果たしていた。今までは外見だけを真似する形で進めてきたモノマネ芸が、これで内面から深く作り込むことができるようになり、よりリアリティが増すといったものだ。
 奥村は来る日も来る日も、収録の合間や移動時間に日記を読み続け、さらには澪との食事中も常に町田ならどういう気持ちになるかということを念頭に置いて意識し続けた。
「タケちゃん、最近なんか変わったね」高級フレンチのディナーの席で向かいに座った澪がフォークとナイフを手に言った。奥村はその言葉さえ聞き逃すほど、町田のことを考えていた。
 澪から「伝えたいことがある」と連絡をもらい、食事に出かけることになったのだ。
「最近仕事はどう?」澪が再び口を開く。
 ここでようやく澪が話していることに気づいた奥村は「ん?順調だよ」とだけ答える。
「そう…」澪が寂しそうな表情を浮かべていることにも気づかず、奥村は「町田ならいまどう答えただろうか?」と考えている。
「絶好調だよ!」「まぁまぁだな」町田の性格からしたら恐らくは前者だろう。
 食事を終え会計を済ませようとした奥村と澪に、一人の女性が声をかけてきた。
「水無月さんですよね!?」
 自分の芸名を呼ばれていることに奥村は最初気がつかなかったが、満面の笑みを浮かべながらこちらを見ている女性を見て、奥村はすぐに自分のことだと思った。
「そうですが…」街中で声をかけられる経験などない奥村はどう対応してよいのかわからなかった。
「あの、写真撮ってもらえますか?」女性はスマホを差し出す。
「ああ、いいですよ」奥村は快く応じる。
「じゃあお願いします!」女性は隣にいた澪にスマホを手渡した。澪は困惑した表情を浮かべながらも、スマホを手に取った。
「ハイ、チーズ!」パシャッ!
「ありがとうございました」という一言だけ残して女性は立ち去っていった。ものすごくうれしそうだったのが印象深い。奥村は写真撮影をお願いされた状況に感無量だった。俺もついに売れた。と自信がみなぎるように湧き上がってくる。
「じゃあ帰るね」隣で澪がどこか悲しげなことにも気づかずに……。
「おう、じゃあまた連絡するから」と手を挙げ、奥村は澪とは逆方向に歩み始めた。
 澪は奥村を見送り、結局、「伝えたいこと」を言えなかったことを後悔した。奥村とは逆方向に歩み出し、奥村が全く自分の話を聞いていなかったことだけを考えていた。
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