36 / 57
36話
しおりを挟む
「ヤシャさん、加勢に行ってください。ガジュマルさんの」ゆゆねは立ちあがった。
ヤシャは前を睨んだまま「まだ無理よ。もう少し敵が減らないと」と強く言った。
「攪乱します」ゆゆねは半ばどなった。「アンデッドを、怖がらせます」
ヤシャはやっと後ろを見た。
「考えがあるのね」
「はい」
「よく考えた? 無鉄砲じゃない?」
「はい、考えました」
「なら、信じる」
ヤシャはさっと、杖を地面から離す。
ベールが薄れていく。守りが消える。
ゆゆねは深く吸い、肺をいっぱいにする。
ヤシャの動きを見る必要はない。
彼女は前へ出る。伴侶を守るため。
私は、横だ。
走れ。
ベールがなくなるきわ、ゆゆねは駆けた。
低く、走る。
歩くのさえ、やっとの私だ。
みっともなく、不格好なフォーム。
手足が、上半身と下半身の連携が悪い。
でも、覚えろ。ここは死地だ、きっと経験値も多い。
駆けてすぐ、腕をさげた。
濡れたいまつで、地面を撫でる。
走る。
矢がかすめる。
死が、数センチ横を抜けていく。
怖い。
だから、お前たちも怖がらせてやる。
火のラインができる。
濡れたいまつが燃える線を描いていく。
ゆゆねは壁にぶつかった。
もっとだ。
ターンして、もっと燃やすんだ。
「ぐぅ!」
矢が刺さった。ゆゆねの左肩に。
ぶらぶらと異物の不快感、痛み。
ゆゆねは顔を歪ませる。
だが、下は見なかった。
幸いだ。肩はまだ防具が厚い。
それに左なら、これからの仕事に支障もない。
ぐっと、ゆゆねは歯を食いしばる。
抜け、これは邪魔だ。痛みより、重さが邪魔になる。
抜け。
左肩に刺さった矢を、左手で抜く。
脳が、スパークする。
経験のない電気信号、なんなら刺さった時より激しい。
だが、走るのだ。
その激痛を起爆剤に、ゆゆねはまた駆けた。
また横へ。炎のラインを走らせろ。
二重に、三重に。
部屋を燃やせ。輝かせろ。
「はぁはぁ」
気付けば、矢は止んでいた。
火炎の威嚇が効いたのか、それともガジュマルたちの戦いが終わりに入ったのか。
わからない。
ゆゆねはがくっと、せめて火炎の壁が目隠しになると祈って、倒れた。
―――――――――――――――――
「お前は無茶するな」
頬を叩かれる。
ゆゆねが目を開けると、ガジュマルとヤシャが見下ろしていた。
「済んだんですか」息を吸って吐いて。やっとゆゆねは言った。
「ああ、お前が無茶苦茶したからな。だいぶ倒しやすくなった」
「ふふっ。明るくなったでしょう」
「ええ」ヤシャが言った。「助かったわ。魔術は距離。こと暗闇では、効果が半減する」
「そこまでは考えませんでした」私はただ、とゆゆね。「びっくりさせてやろうって」
「アンデッドは火を恐れる。ステイタスで読んだの?」
「いえ。このたいまつを買ったときに、双子さんに」
ゆゆねは起き上がり、自分の武器を見る。
濡れたいまつはもう、か細くくすぶっているだけだった。
「効果切れ、ですね」
ゆゆねは濡れたいまつを捨てる。
うん、奮発したかいがあった。
ガジュマルの笑い声。
「ああ、ビビった。なにごとかって。オレもガイコツどももポカーンとしちまった」
「ガイコツ。敵はガイコツだったんですか」
「スケルトン兵だ。奴らはアンデッドの中では芸達者でな。剣、槍、弓。なんでも使う」
「弓」
すごいな、とゆゆねは思った。
私はどの武器も、まだ全然使えない。
剣もたいまつも、振り回しているだけだ。
弓なんて、とてもとても。
「私も飛び道具は欲しいです。まだ役立てそうです」
「人間は投擲に優れる。物を正しく遠くに投げれる」ただ、とガジュマルは言う。「お前の体躯だと、限界があるな」
「鍛えます」
「もちろんだ。だが、高い領域には至れない」
ガジュマルははっきりと言った。
ゆゆねは下を向きそうになるが、こらえ「考えます」と答えた。
「そうね」ヤシャが呟く。「あなたは指先は繊細だし……そうね」
「えっ。やっぱり魔術を」ゆゆねは希望を持って、ヤシャを見た。
「それは無理。前も言ったけど、魔石が体内にない」
魔石。魔術行使の核になるという臓器だ。
「うぅ、ファンタジー世界なのに」
「でも。考えておくわ。あなたの飛び道具については」
「は、はい」
軽く手当てをする。
ゆゆねは自分で気づいた以外にも、2本の矢を受けていた。
運よく、防具(ハードレザー)のおかげで軽傷だった。
ヤシャとガジュマルも傷を負っていたが、こちらも軽いものだった。
ゆゆねは作業しながら「ヒーラーが欲しいですね」と言った。「回復役ですよ」
ついでに、出来ればかわいくて優しい女の子がいいなと思った。
「祈り手か」ガジュマルは包帯を口で締める。「大半は聖会に属するからな。冒険者になる奴は少ない」
ヤシャがうなずく。「補助として修めている人は多いけど。専属は少ないわね」
しかし、ゆゆねは夢見てみた。
戦士のガジュマル、魔術師のヤシャ、まだ見ぬ聖職者の女の子、そして盗賊の私。
「うふふ」
まるで魔王に挑む勇者のパーティだ。
いつか、いずれ、きっと。
理想のパーティで、お姉ちゃんを。
妄想に近いものだったが、勇気が出た。
よし。
「行きましょう」
ゆゆねはガジュマルから、通常のたいまつを受け取った。
シーフはいつだって、先頭なのだ。
ヤシャは前を睨んだまま「まだ無理よ。もう少し敵が減らないと」と強く言った。
「攪乱します」ゆゆねは半ばどなった。「アンデッドを、怖がらせます」
ヤシャはやっと後ろを見た。
「考えがあるのね」
「はい」
「よく考えた? 無鉄砲じゃない?」
「はい、考えました」
「なら、信じる」
ヤシャはさっと、杖を地面から離す。
ベールが薄れていく。守りが消える。
ゆゆねは深く吸い、肺をいっぱいにする。
ヤシャの動きを見る必要はない。
彼女は前へ出る。伴侶を守るため。
私は、横だ。
走れ。
ベールがなくなるきわ、ゆゆねは駆けた。
低く、走る。
歩くのさえ、やっとの私だ。
みっともなく、不格好なフォーム。
手足が、上半身と下半身の連携が悪い。
でも、覚えろ。ここは死地だ、きっと経験値も多い。
駆けてすぐ、腕をさげた。
濡れたいまつで、地面を撫でる。
走る。
矢がかすめる。
死が、数センチ横を抜けていく。
怖い。
だから、お前たちも怖がらせてやる。
火のラインができる。
濡れたいまつが燃える線を描いていく。
ゆゆねは壁にぶつかった。
もっとだ。
ターンして、もっと燃やすんだ。
「ぐぅ!」
矢が刺さった。ゆゆねの左肩に。
ぶらぶらと異物の不快感、痛み。
ゆゆねは顔を歪ませる。
だが、下は見なかった。
幸いだ。肩はまだ防具が厚い。
それに左なら、これからの仕事に支障もない。
ぐっと、ゆゆねは歯を食いしばる。
抜け、これは邪魔だ。痛みより、重さが邪魔になる。
抜け。
左肩に刺さった矢を、左手で抜く。
脳が、スパークする。
経験のない電気信号、なんなら刺さった時より激しい。
だが、走るのだ。
その激痛を起爆剤に、ゆゆねはまた駆けた。
また横へ。炎のラインを走らせろ。
二重に、三重に。
部屋を燃やせ。輝かせろ。
「はぁはぁ」
気付けば、矢は止んでいた。
火炎の威嚇が効いたのか、それともガジュマルたちの戦いが終わりに入ったのか。
わからない。
ゆゆねはがくっと、せめて火炎の壁が目隠しになると祈って、倒れた。
―――――――――――――――――
「お前は無茶するな」
頬を叩かれる。
ゆゆねが目を開けると、ガジュマルとヤシャが見下ろしていた。
「済んだんですか」息を吸って吐いて。やっとゆゆねは言った。
「ああ、お前が無茶苦茶したからな。だいぶ倒しやすくなった」
「ふふっ。明るくなったでしょう」
「ええ」ヤシャが言った。「助かったわ。魔術は距離。こと暗闇では、効果が半減する」
「そこまでは考えませんでした」私はただ、とゆゆね。「びっくりさせてやろうって」
「アンデッドは火を恐れる。ステイタスで読んだの?」
「いえ。このたいまつを買ったときに、双子さんに」
ゆゆねは起き上がり、自分の武器を見る。
濡れたいまつはもう、か細くくすぶっているだけだった。
「効果切れ、ですね」
ゆゆねは濡れたいまつを捨てる。
うん、奮発したかいがあった。
ガジュマルの笑い声。
「ああ、ビビった。なにごとかって。オレもガイコツどももポカーンとしちまった」
「ガイコツ。敵はガイコツだったんですか」
「スケルトン兵だ。奴らはアンデッドの中では芸達者でな。剣、槍、弓。なんでも使う」
「弓」
すごいな、とゆゆねは思った。
私はどの武器も、まだ全然使えない。
剣もたいまつも、振り回しているだけだ。
弓なんて、とてもとても。
「私も飛び道具は欲しいです。まだ役立てそうです」
「人間は投擲に優れる。物を正しく遠くに投げれる」ただ、とガジュマルは言う。「お前の体躯だと、限界があるな」
「鍛えます」
「もちろんだ。だが、高い領域には至れない」
ガジュマルははっきりと言った。
ゆゆねは下を向きそうになるが、こらえ「考えます」と答えた。
「そうね」ヤシャが呟く。「あなたは指先は繊細だし……そうね」
「えっ。やっぱり魔術を」ゆゆねは希望を持って、ヤシャを見た。
「それは無理。前も言ったけど、魔石が体内にない」
魔石。魔術行使の核になるという臓器だ。
「うぅ、ファンタジー世界なのに」
「でも。考えておくわ。あなたの飛び道具については」
「は、はい」
軽く手当てをする。
ゆゆねは自分で気づいた以外にも、2本の矢を受けていた。
運よく、防具(ハードレザー)のおかげで軽傷だった。
ヤシャとガジュマルも傷を負っていたが、こちらも軽いものだった。
ゆゆねは作業しながら「ヒーラーが欲しいですね」と言った。「回復役ですよ」
ついでに、出来ればかわいくて優しい女の子がいいなと思った。
「祈り手か」ガジュマルは包帯を口で締める。「大半は聖会に属するからな。冒険者になる奴は少ない」
ヤシャがうなずく。「補助として修めている人は多いけど。専属は少ないわね」
しかし、ゆゆねは夢見てみた。
戦士のガジュマル、魔術師のヤシャ、まだ見ぬ聖職者の女の子、そして盗賊の私。
「うふふ」
まるで魔王に挑む勇者のパーティだ。
いつか、いずれ、きっと。
理想のパーティで、お姉ちゃんを。
妄想に近いものだったが、勇気が出た。
よし。
「行きましょう」
ゆゆねはガジュマルから、通常のたいまつを受け取った。
シーフはいつだって、先頭なのだ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!
青空一夏
ファンタジー
婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。
私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。
ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、
「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」
と、言い出した。
さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。
怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?
さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定)
※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です)
※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。
※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる