TS異世界小説家〜異世界転生したおっさんが美少女文豪になる話〜

水護風火・(投稿は暫し休んでます)

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第三十六話 対決? いや説得かな?

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「やっぱりあなたが仮面の女だったんですね……キャラハン女史」

 俺は片手で護身用の杖を構えながら、キャラハン女史にじりじりと近付いて行く。

 キャラハン女史は、怒気を放ちながら立っていた。

 足元には、仮面の男達らしき二人が倒れている。 

「あら……エルシー」

 キャラハン女史は仮面の女と同じ低い声で俺に向かって言った。

「自力で縄を解いたの? そんなことまでできるなんて、思ってもみなかったわ」

 キャラハン女史は本当に驚いているようだ。

「うふふ……私よりちょっとの階級が高いからって、裏切って乱暴しようだなんて馬鹿な男達よねぇ」

 今度は足元に倒れ伏した男達を見やってわらい、さげすんだ口調で言う。

「こいつらも落ちぶれ貴族には変わりないのに……力が弱いとは言え一応、使である私に逆らおうなんて愚かよね……」

 冷たい眼差しで男達を見下ろし、

わずかなりとも魔法が使えるから、あの厄介な御者を倒す為に雇ったのに、私を裏切ろうなんて愚か過ぎるわよっ!」

 倒れた男の一人を頭から思い切り蹴飛ばして、

「お前達の所為で余計な力を使ってしまったじゃない! 私の計画が狂ったらどう責任取るつもりよ!」

 もう一人はヒールのかかとでぐりぐりと背中を踏みにじる。

「ぐ……っ」

 背中を踏まれた男がうめくがキャラハン女史の怒りはヒートアップして行くだけだ。

「大体……エルシー。馬車があれだけ派手に横転したのに、何故、生きてるの!!」

 キャラハン女史の怒りに満ちた視線が俺に向けられる。

 ……こ、怖っ! なるほど、こりゃ本来のエルシーじゃ、どう頑張っても気迫負けするよ……。
 
 俺ですら怖いと感じるんだもんな。

「昨夜の襲撃にも失敗したからっ! 今度は多少なりとも魔法を使える者を雇ったのにっ!」

 あ、トニーがいきなり倒されたのは魔法を使われたのか。

 なんの魔法かは分からないけど。

 眠りの魔法かなんかかな?

 しかし……、

「何故……私を狙うんですか? しかも殺そうとまでするなんて。私はそこまでキャラハン女史を怒らせるようなことをしましたか?」

 ……あ、魔法を使わせるすきを与えちゃダメだよな。
 
 近付く速度を少し早めよう。

「エルシー! 私はあなたの小説を見せられた時からその才能に気付いていたわ! でも! あなたには才能があり過ぎた!」

 キャラハン女史が話すことに集中しているうちに……って、「才能があり過ぎた」ってそれが動機か?

「私がどう足掻いても届かない遥かな高みに行ってしまうと分かっていた! だから! だから才能が開花させないうちに殺そうとしたのに……!」

 ギリッとキャラハン女史が一瞬、唇を噛みしめて、

「馬車を横転させても生き延びて! 屋敷にもっていると思ったら! 杖の護身術まで見に付けて! ……の精霊よ矢と――」

 キャラハン女史が、何かの呪文を唱え始める。

 ――不味い!  

 俺は全速力でキャラハン女史に向かって走り出す。 
 
 ――間に合え!

「エルシーの心臓を貫いて!」

 俺の目の前に、月の光で作られたような色の細い矢が現れる。
 
 その矢が俺の心臓を撃ち抜く――!

 かと、思いきや。

 パキン! と耳元で音を立てて、両耳に着けていた魔法の道具マジックアイテムである青いイヤリングが砕け散る。

 と、魔法らしき青い光に俺の体が包まれて、キャラハン女史の放った魔法は、青い光にはばまれ消えた。

「ちっ! 守護の魔法か!!」

 キャラハン女史が、苛立たしげに眉間にしわをよせながら言った。

 俺ことエルシーに対する悪意と殺意を隠さず全力でこちらに向けて来てる。

 ……俺を殺そうとしてる相手だが、気持ちは分からなくはない。

 俺だって苦節十七年(転生後込み)だ。

 何人目かの友人がプロ小説家としてデビューした時は、嫉妬と情けなさと悔しさでどうにかなりそうだったよ。

 けどな! 友人達がどれだけ妬ましくても殺そうなんて思わなかった!

 それは人としても小説家を目指す者としてもやってはならないことだ!

「キャラハン女史! 私はあなたを尊敬しているのに! 【サンドラ・G・ローリー】の著書が私の本棚に全冊置かれているは知ってるでしょうに!」

 ぴたり、とキャラハン女史の動がとまり、目を見張る。

 あ! ヤバっ! これは本来のエルシーが知らない情報だった!

「エルシー、あなた私が【サンドラ・G・ローリー】だと知って……」 

 なんとかごまかせ! 俺!

「気づいたのは今です! 今朝けさ複製のサインが入った『月灯つきあかり』を見ていてキャラハン女史の字と似てるかな? って思ったんです!」 

 『月灯』は【サンドラ・G・ローリー】の最新刊だが、発売されたのは一年前だ。

「私はあなたを心から尊敬しているのに!」

 キャラハン女史に呪文は唱えさせない。かと言って、隠し持っているだろうナイフも使わせない!

「尊敬するあなたのサインだって本物が欲しかったのに! ファンレターも出したのに! 読んでくれてなかったんですか!?」

 サンドラ女史を動揺させろ!

「私はあなたの作品が好き! あなたの新作を心待ちにしているのに!」

 訴えかけろ! キャラハン女史の小説家としての心に!

 今、キャラハン女史は仮面の男達相手に、既に魔法を使っている。

 おそらく、魔法を使える回数がもう少ないはずだ。

 だから油断はせずに杖は構えたままで、上手く説得を続けなければ……。

「私と言うファンを……いえ! 私だけじゃなく! 【サンドラ・G・ローリー】先生のファンの心を踏みにじらないで下さい!」

「……っ」

 キャラハン女史が言葉に詰まっている。

「キャラハン女史……いえ! ローリー先生のファンの中にはローリー先生に憧れて小説家を目指してる人だっているんですよ!」

 これは間違いないはずだ! 
 
 【サンドラ・G・ローリー】にはコアなファンが多い。
 
 ホワイト先生のような多くのファンではないけれど、信者のように熱狂的なファンがいると聞く。

 本屋の店主に聞いた話だから間違いない!

「『いつか【サンドラ・G・ローリー】先生のような作品を書くんだ! ってファンもいるねぇ』って本屋さんのご主人が言ってました!」

 キャラハン女史が、何かに気づいたようにハッと俺の目を見つめる。

「それに私は……私は遅筆で……短編はともかく長編を書くのが遅くて……」

 俺は軽く肩を落として見せる。だからって視線は外さないし、臨戦態勢は崩さないがな。

「今までも短編作品や短編のプロットしか見――いえ一度だけ長編の構想を聞いて貰いましたね。でもあの構想はまだプロットにも出来てないんです」

 キャラハン女史は何かを考えているようだ。

「きっと私以上の才能を持っている人が、ローリー先生のファンの中から現れると思います。そして私以上に多くの作品を書いて――」

「……そうね」

 俺の言葉をさえぎって、キャラハン女史は話し始めた。

「私が今エルシーを殺してしまったら、私に憧れてこれから小説家になる……私より才能ある人達も殺さなければならないわね……」 

 あ、キャラハン女史が何か諦めたような表情になった。

「エルシーが馬車の横転で死ななかったのは……ロウフェルしんの思し召しなのかも知れないわね。私に間違いを気付かせる為に……」

 いや、それは違うんだが。まあ、納得してくれたっぽいからしとしようか。うん。

「そこまでだ、女。エルシーお嬢様をたばかっていた挙げ句に殺そうとしたとはな。改心したようだが。マライア様やダリル様が許すとは思うな」

「――ぐっ!」

 俺がキャラハン女史を説得しているあいだに、トニーが気配を消して近付いて来ていたらしい。

 キャラハン女史は、トニーの言葉と同時に片腕で首を絞められ……えーと、チョークスリーパーだっけかな? 

 この技……確か危険な技だったんじゃ……。

「エルシー!!」
「探したよ!! エルシー!!」

 とか考えていたら、マライアとダリルの声が聞こえた。

 声のほうを見ると、マライアとダリルだけじゃなく、ワイアットと独立騎士団の姿まであった……。

(続く
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