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第二十五話 拉致

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 ……ここは小屋か?

 俺はキャラハン女史と共にサロンへ向かう途中、乗っていた馬車が何者かに襲撃されてしまった。
 
 御者兼護衛のトニーがいきなり倒れたかと思うと、馬車の中に仮面を着けた男二人が乗り込んで来て。

 キャラハン女史はアッと言う間に、頭を殴られ昏倒し、俺も薬の臭いがするハンカチで鼻と口を塞がれた直後、意識を失った。

 そして気付くと、どこかの小屋の中ってワケだ……。

 トニーがいつも使っている携帯用のランプが小屋の片隅に置かれているから、ここが小屋だと分かったんだが。

 どうやら俺達は拉致されてしまったようだ。

 しかし、どこの小屋なんだろう。
 
 あまり使われている様子の無い作業小屋。

 農家の作業小屋なのかな……?

 小さ過ぎも大き過ぎもない作業小屋だ。何かの作業に使われているらしき道具がある。

 が、なんの道具なのかまでは分からない。

 携帯用のランプだから小屋全体を照らすことは出来ず、道具のシルエットは闇に同化して見えない。

 今は夜だ。外から射し込む光が少な過ぎる。

 しかも縄で上半身を縛られているから立ち上がることが困難だ。

「……ん、んん? ここ……は?」

 一緒に拉致されてしまい、床へ倒れていたキャラハン女史が目を覚ます。

「キャラハン女史。気が付かれましたか?」

「え、エルシー……私達はどうしてこんな……?」

 キャラハン女史も上半身を縛られている。

「私にも分かりません。頭は痛くないですか? 馬車の中で頭を殴られていましたけれど……」

「少し……ズキズキするかしら?」

「痛みは少しだけなんですね?」

「ええ、そうね……」

 などと、俺達が話していると――

 ガタン、と小屋の扉が開かれた。

 扉から小屋に入ってきたのは、仮面を着けた男が二人。
 
 俺達を拉致した男達だ。一人がランプを持ち、もう一人が俺達のほうに向かって歩いてく――

「そっちの女は俺達と一緒に来るんだ」

「キャアッ!」
  
 じゃない! 真っ直ぐキャラハン女史のほうへ向かって来た。
 
 キャラハン女史は強引に立ち上がらせられる。

「嫌っ!! 何をする気なの!? やめて!!」

 キャラハン女史は体を揺さぶり抵抗するが、男は彼女の体に巻いた縄を引っつかみ、引きずるように外へ連れて行こうとする。

「嫌っ! 痛いわ! やめて! やめて!!」

「キャラハン女史をどこへ連れて行くの!? 何をする気なの!? 目的は私ではないの!?」

 俺は男達に叫ぶように問い掛けながら立ち上がろうとするけれど、縄で縛られている所為で、上手く立ち上がれない。
 
 俺の問い掛けは全て無視され、男達はキャラハン女史を連れて外へと出て行ってしまった。

 ガタン、と扉が閉められ俺は一人切りになる。

 上半身を縛られたままでは、やはり上手く立ち上がれない。なんとか縄を解かなければ。
 
 ここで何もできなければ、きっと事態は悪くなるばかりだろうから。
 
 俺が超接近戦の為にと、服のあちこちに隠し持っていた釘は袖口にも入れていた。

 もぞもぞと上半身と腕を動かし、袖口から釘の一本を掌に落とせたので。

 壁に上半身を擦り付けながら、少しでも縄が緩まないか、座ったままで体を動かす。

 同時に釘の先端で縄に切れ目が入るよう、縄の一点に何度も突き刺して行く。

 ……トニーはどうなったんだろうか?
 
 馬車で見た限りでは殺されてはいないと思うけど、トニーの携帯用ランプが、ここにあると言うことは……。

 俺達は馬車で連れて来られたのか?
 
 男達のどちらかが、トニーの代わりに馬車を操って。

 兎に角、今は縄を切らないとだ……むむ~……あ、ちょっとずつ縄に切れ目が……。

 俺は上半身を壁に擦りつけ動かすのをやめて、釘で縄を切ることに集中する。

 ……縄と格闘すること数分くらいだろうか?

 くぅ~……あ! 縄が一本切れた!

 縄はかなり緩んだ。まだ上半身をいましめている部分を、腕や手で解いて行く。

 ……解けたぁ~……。

 俺はその場に、ぱたりと横になってしばしの休憩を取る。

 いや、すぐに動き出したいんだけど、縛られてた上に縄を解くのに、変な腕や手指の力の使い方しちゃったしさ。

 縛られてた上半身もしびれ気味だし……多分血流がとどこおってたんだろうな。

「ふぅ……」

 とため息一つついて、俺は思考を巡らせる。

 今回俺達がサロンに向うことになったのは本当に急に決まった話だ。

 そのことを知っているのは俺、キャラハン女史、サーヤ、トニーの三人だけ。

 この中で怪しいとすればサーヤだが。
 
 サーヤが仮面の女で、俺達がサロンに行くことを仲間である馬車を襲撃した仮面の男達に知らせたとすれば納得も行く。

 ここ最近の様子をまえるとサーヤが一番怪しく感じる。

 が! ワイアットの調査ではサーヤは間違い無く『魔法使いの子孫』じゃないしなあ。
 
 次はトニー。 
 しかしトニーは男だ。体格もので女装は無理。彼が魔法使いの子孫を雇ったのだろうか?

 だが、彼にはのプライドがる。

 キャラハン女史は女性で、体格もあの仮面の女と似ている気がする。

 サロンへ行くのを提案したのもキャラハン女史。そして、ここにいる女性は俺を除けば彼女のみだ。

 しかし、キャラハン女史は男達に連れていかれてしまったし……でも、この状況を作り出すことができるのは彼女しか――……。

 サロンからの帰りに襲われた時、確信したんだが、あの仮面の女が主犯で間違いないと思うんだよなあ。

 あ、そろそろ体の痺れが取れてきたかな?

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 トニーがいつも使っている携帯用のランプのところまで慎重に歩いて行って、ランプを手に取ると。

 武器になりそうなものがないか、ぐるっと小屋を一周してみる。

 と……斧があった。くわもある。

 そのそばには、俺の護身用の杖が無造作に床に置かれていた。

 農機具は壁に立て掛けてあるのに、随分な扱いだな。

 杖を拾い上げると、ぶんぶんと軽く振り回してみる。

 うん。壊されてもいないし、異常もなし!

 他には何かないかな?

 あ! 小振りの鎌がある。

 かなりさびてるけど、女性用かな?

 錆てても、刃がむき出しなのは危ないかな? 杖と一緒に持って行こうかと思ったんだけど。 

 いや、ダメか……ランプ持ってなきゃならないし。小屋の入り口に移動させるだけにして置こう。

 他には何か無いかと物色していると――、

「キャアアアッ!」

 と女の――多分キャラハン女史の甲高い悲鳴が聞こえた。

 俺は鎌と杖とランプを持って、外へ――っと、扉が閉まってる!

 一度ランプを地面に起き、杖を壁に立て掛け、錆た鎌の刃を木造りのドアに何度も何度もガツガツと打ち付ける。

 何度目かにドアが壊れて外が見えた。が――

 …………ここは、森だ。

 郊外の……森だ。

 きっと……漫画のオープニングシーンでエルシーが殺されていた郊外の森で間違いない。

 俺は、ぶるりと体を震わせる。

 漫画では『誘拐された』と書かれていたが、おそらく今の状況は漫画のオープニングシーンの少し前の時間だ。
 
 オープニングシーンで殺されていたのはエルシーだけ。

 一緒に誘拐……今は拉致だが……されたキャラハン女史は助かっていた。

 ロウフェルしんが言ってたように、運命は既に変わり始めていて、誘拐では無く、拉致になったのだろう。

 しかし、キャラハン女史は助かる運命のはず……だが……。

 俺は鎌を小屋の入り口付近に置いて、杖とランプを持って歩き出す。

 昨日は月と星明りが空を明るく照らしてくれていたが、ここは森の中。

 真っ暗ではないが、昨夜より薄暗い。

 木々が光をさえぎっている。
 
 ……本来、エルシーは殺される運命。

 おそらくだがあの仮面の女に……。

 そして、この森の中にいる女は多分、キャラハン女史だけだろう。

 ならば、あの仮面の女の正体は……やはり……。

 ――でも、今の悲鳴がキャラハン女史のものだとすると……。
 
 仮面の女は別人かも知れない。と言う考えと、ここにいる女性は俺とキャラハン女史だけ。

 と言う相反した考えが頭のでぐるぐる回る。

 しかし、悲鳴が聞こえたであろう方向に歩いていたら――俺はついにキャラハン女史の姿を見つけてしまった……。

(続く
 
 
 
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