上 下
22 / 28

第二十二話 襲撃

しおりを挟む
 俺達は、ホワイト先生、ミリオン編集者、デンゼル先生、中央大劇場のオーナー、それぞれに挨拶をしてサロンを出て馬車に乗り込んだ。

 デンゼル先生はマライアと同じくほろ酔い加減だったけど。

 俺は長編を改稿しつつ、ミリオン編集者からの連絡を待つことになった。

 今は馬車の中。

 ダリルは自分の馬に乗って来てたから、馬車の後ろを馬で追走している。

「……ん~? ここどこぉ~?」

 あ、馬車の中に入るなり寝てしまっていたマライアが目を覚ました。

「マライア、ここは馬車の中よ。眠いのならそのまま寝てていのよ?」

 俺は優しくマライアに語り掛ける。

「ううん。このまま起きてるわ。エルシー、さっきはごめんなさいね。私、嬉しくて嬉しくて。我慢が効かなくなっちゃったの……」

 酔いは覚めてるみたいだけど、眠そうなマライアは、軽く頭を振って目を覚まそうとしている。

「私も嬉しかったわ。前回サロンへ行って、マライアがかよっているのが、演劇の専門学校だと分かったから」

 単行本本編にもあとがきにも書かれていなかった情報だったからな。余計に嬉しかったよ。

「しかも今回はデンゼル先生に実力を認められて、中央大劇場のオーナーにも気に入られてるから、新しいパンジー役に決まったみたいなものよね?」

 マライア本来の願いが叶って行くのは素直に嬉しい。本当に嬉しい。

 今頃、ロウフェルしんも喜んでいるんだろうな。

「ジュリア! どうした!?」

 馬車の後ろからダリルの声が聞こえた。
 
 「ジュリア」はダリルの愛馬の名前。賢い雌の駿馬しゅんめなんだ。

 と言うか、ジュリアに何かあったのか?

「トニー! 少し止まってちょうだい! ダリル……いえ、ジュリアに何かあったみたいなの!」

 俺が呼び掛けると、すぐに馬車が止まり、トニーが御者席から降りて、ダリル達の様子を見に行く。

「何があったのかしらね」

 マライアも気になったらしく、馬車から降りる。

 一人で待ってるのは嫌だし俺もダリル達が気になったから、護身用の杖を持って馬車から降りた。

 外に出ると街灯なんて無いのに、月明りと星明りの光で、辺りの様子がく見えた。
 
 ここは大踊りに通じる十字路に近い道。前回神殿に行った帰りに襲われた道から近い場所だ。

 辺りを軽く見回してから、馬車の後ろに向かう。
 
 ……? そんなに遅い時間でもないのに人通りが全く無いなあ?

「ダリル! ジュリアに何かあったの!?」

 駆け足でダリルとジュリアのそばまで着くと、トニーが携帯用のランプを持って、ジュリアの様子をじっくり観察していた。

「エルシーまで来ちゃったのか……ジュリアが急に立ち止まっちゃったんだよ」
 
 ジュリアは立ち止まっているけど、何やら興奮しているようにも見える。

 時々、ブルルッと言う鳴き声を出している。

 「……むっ?」

 トニーがジュリアの足の一点を見つめて、そっと手を伸ばし、何かを掴んで、引っ張る仕草をした。

 「何か見付けたの?」

 マライアが問うと、トニーは顔を強張こわばらせて、

「針……です」

 と言った。

 ――その瞬間。
 
「みんな! 気を付けて! 誰かが僕達を狙ってる!」

 ダリルの大声が響いた!

 俺もマライアもトニーも、当然ダリルも臨戦態勢になる。

「殺気みたいなものを感じたんだ。相手がどこにいるかは分からないけど、気をつけて……!」

 ダリルも俺もトニーも、辺りに何かの気配がないか探る。

 でも、マライアは……、

「見えなくても分かるわよ! 馬車の影に隠れて近付いて来てるわね!」

 高らかに言い放った。

「……チッ」

 かすかに舌打ちが聞こえた。
 
 それも馬車が進行していた方向からだ。

 大通りに向かう十字路からこの道に入って来たんだな。

 多分だが、俺がエルシーに転生する切っ掛けになった、馬車の転倒を起こさせたヤツだろう。

 ダリルがジュリアから離れて腰に巻いていた剣ホルスターから小ぶりの剣を抜く。

 トニーはメリケンサックにも似た武器をポケットから出して両手にはめる。

 俺は杖を構える。マライアはなんだか良くわからない体術? らしき構えを取る。 

 更に口の中で何やらぶつぶつ唱えている。きっと呪文だと思う。

「針は……一度しか使えないと言うのに……」

 複数……三人……かな? の足音と共に低い女の声が聞こえた。

 こちらに向かっている。

 ダリルがトニーの隣に立ってマライアと俺に、

「あまり前へ出過ぎないで」

 と言って振り返りつつ軽く笑った。
 
 きっと俺とマライアを安心させる為に余裕ぶって見せたのだろう。

 ダリルはすぐに正面を向いて、足音の方向を見る。

「三人くらいなら、ダリルとトニーなら楽勝だと思うわよ」

 俺はマライアを安心させる為に言う。

 前回は昼間とは言え六人。
 
 今回は月と星明りで周囲がはっきり見えるとは言え、針を使った相手がいる。

 どうなるかは分からないけど、マライアに余計な心労は掛けたく無い。

 しかし、ついにご対面ってワケかな? 馬車を転倒させた相手本人と。

 見えてきた姿は――長く赤い髪をなびかせて、悠々とこちらに歩いて来る女の姿。顔は仮面で隠されていて見えない。

 その女に付き従うように、女の左右を歩く細身の男が二人。

 相手の出方を見るように、トニーとダリルは動かない。

「俺達に用があるんだろ? さっさとこっちに来い!」

 挑発するようにトニーが相手に呼び掛ける。

「恐れおののいているのか? 僕の馬を狙っため!」

 ダリルも相手を挑発する。

 ぴくり、と女の肩が震えたが、歩く速度は変わらない。

「エルシーお嬢様。マライア様の後ろに。あの者達の狙いはおそらくエルシーお嬢様です」

 トニーの冷静な言葉に応え、俺がマライアの後ろに隠れる。

 と――

「光の精霊よ。あの小娘の目に入ってやりなさい!」

 女が呪文らしきものを唱えた。

 あ、あの小娘。って俺だよな! 不味いぞ! 

 俺は両目をかばいつつまぶたを、ぎゅっと閉じると、

「光の精霊よ。エルシーを守って!」

 マライアの声が呪文を唱えた。

 マライアの魔法はしっかり発動したようで、俺の回りが光に包まれる。

 目を閉じていても分かる。瞼しにまで入って来るまばゆく優しい光だ。

 守られてる。って感じがする。

 続いて、

「月光の精霊よ。仮面の女の目に入って!」

 ま、マライア連続で呪文を! 
 よく分からないけど、大丈夫なのか!?

 しかし、少し遠くで「ぎゃっ」と女の、叫び声がした。

「上手く行ったぁ!! エルシー、もう目を開けていわよ!」

 その声に、恐る恐る目を開けると、男達はトニーとダリルとそれぞれ交戦を始めており、仮面の女はよろよろとした足取りで逃げようとしていた。

 「行くわよー!」

 マライアは俺を置いて女を追って駆け出した。

「あっ! マライア! 深追いは危険よ!」 

 俺もマライアを止めるべく走り出す。

 しかしマライアはフォーマル用の、かかとの高いハイヒールだからあんまり速度が出ていない……。

 トニーと交戦しているのは長剣を持った男だが、トニーのほうが動きは早く、剣が当たらず苦戦している。

 トニーはトニーで剣の間合いまで入れず、防戦気味だ。

 ダリルはと言うと……あっ! 短剣使ってる相手に苦戦してる!?

 俺は咄嗟とっさに護身用の杖のボタンを押し、先端から数本の釘を出した状態でダリル達とすれ違いざまに、短剣を持った男の尻を杖で思い切りぶっ叩いた。

「――ぐわゔっ!」

 短剣を持っている男の、汚い悲鳴が辺りに響き渡った。

 うん。そりゃ、痛かろうよ。
 釘バットで尻をぶっ叩かれたようなものだからな。

 で、俺は振り返らずにマライア追い駆ける。

「マライア! 深追いしちゃ――ってどうしたの!?」

 マライアが馬車から少し先まで走って、地面にへたり込む。

「足……ひねっちゃった……」

 あ~……ハイヒールで走ったりするから……。

 あ! 仮面の女は!?

 俺は仮面の女がいた場所を見るが、既に影も形も無い。

 逃げられてしまったか……。

「えっと……」

 振り返ると、

「……ぐ! ……ゔ!」

 あ、尻を抑えたまま、ダリルに縄で縛られて、地面に男がうめいている。 

 短剣を使っていた男だ。縄はジュリアのくらにでも、着けていたんだろうか。

 ダリルはトニーに加勢している。

 二対一だからすぐに勝負が着いて、トニーが男を抑え込むと、ダリルが俺とマライアのほうに走っ……いや、馬車の御者席に駆け上がって、縄を取り出しトニーのほうに取って返す。

 で、残りの男を縛り上げて、終わりだ。

 俺はマライアに肩を貸すと、馬車に乗り込ませ、トニーとダリルのほうに歩いて行く。

 ……あ、やっぱりあった。
 
 護身用の杖に仕込まれていた釘がまだ苦しげな表情の、縛り上げられた男の近くに落ちていた。

 ワイアット……改めて、こんな凶悪な武器をエルシーお嬢様に持たせるなよ。

 まあ、仕込まれていた釘は先端でなくてたいらな頭の部分が出て来るから、殺傷能力は低いだろうけど。

 釘バットは俺が以前生きていた世界の、むかぁ~しの不良とかが使ってた凶悪な武器だ。

 普通のバットのグリップの部分から上に何十本もの釘を打ち込んだ代物だ。

 しかし、釘バットを知らなくても、こんな凶悪な護身用の仕込み杖を思い付いて発注するなんて……ワイアットは本当にで有能だなあ。

 俺は杖から外れてしまった釘を拾って馬車に戻った。

 なんで、釘を回収したかと言うと、明日明るくなってから、誰かが釘を踏んで怪我をする可能性があるからだ。

 さて、ジュリアも平気みたいだし、ダリルはここから一番近い自警団の詰所に人を呼びに行くみたいだ。

 縛り上げた男達の見張りはトニーに任せてる。

 しかし、あの仮面の女……俺が知ってる人みたいに思えるけど、顔は仮面で見えないし、声も聞いたことないけど。

 う~ん。屋敷に帰ってたらゆっくり考えてみるかな……。

(続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ようこそ、悲劇のヒロインへ

一宮 沙耶
大衆娯楽
女性にとっては普通の毎日のことでも、男性にとっては知らないことばかりかも。 そんな世界を覗いてみてください。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...